第40話 皇帝の怒り
最初に立ち寄った村を出てからも街道沿いに村に立ち寄ってみたが、瘴気の森に近い辺境の村では多かれ少なかれ食料が不足しているようで、辺境を抜け最初の街に着くころには用意した堅焼きパンと干し肉は全て配り終えてしまった。
食糧の配給と臨時の農地開拓に余分な時間をとったため、辺境を抜けたときにはヴィーナヴァルトを出発してから十二日を経過していた。予定より二日遅れであった。
そして、十五日目の今日、城壁に囲まれた壮大な都市、帝都カイザーシュタットを見渡せる丘の上に到着した。
「辺境で少し道草を食いましたけど、だいたい予定通りにここまで着きました。
ここまで来れば、今日中に無事カイザーシュタットまで着きますね。」
「信じられません、本当に十五日で帝都まで帰ってきてしまうなんて。
しかも、強行軍で来たという様な疲れが全くありません。」
わたしの説明に、ハイジさんは驚きを隠せなかったようだ。
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帝都を目前に往来の人の数が増えたため、速度を落として走ったものの日の入りには十分な余裕を持って帝都の正門に着く事が出来た。
城郭都市の常として、帝都でも街に入る前に検査があるらしく、門前には長い行列ができている。
「行列にはつかず、このまま門へ進んでください。」
ハイジさんの指示に従い道の真ん中付近を門に向かって進んでいくと、衛兵が道を塞いだ。
車を停めると、トワイエさんが下車し衛兵と話し始めた。
話はすぐに終わり衛兵は、ついて来るようにと、運転するソールさんを手招きした。
誘導に従い衛兵の詰所に行き停車していると騎士を乗せた騎馬が三騎あらわれた。
どうやら、宮殿まで先導してくれるらしい。
わたし達の魔導車は、帝都の目抜き通りを三騎の騎士に先導されてゆっくり進む。
「城の入り口から、三騎の騎士が先導するのは他国から国賓が来たときか、帝室の者が何らかの理由で供回りの者を付けずに外から戻った場合に限られるのです。」
ハイジさんの説明を裏付けるように、往来の人が左右に分かれ、馬車が道の端に寄ってわたし達が通る道が開けられた。
これって、わたし達が周りに迷惑を掛けているのではないかと心配になるが、トワイエさんによればこの方が親切だとのこと。
どのような地位にいる人間が乗っているのか分からないと進路を妨害してしまう者が現れる恐れがあり、進路を妨害された人によっては不敬罪だど騒ぐ者がいるので、あらかじめ警告して道を開けさせた方がトラブルが少なくて済むとのことだ。
本当に面倒くさいね、身分社会って。
帝都は本当に広くて、外壁の門をくぐってから宮殿まで一時間近くを要した。
わたし達を乗せた魔導車は、正面の宮殿の横を通り更に奥へ進む。
正面の宮殿は、帝国の行政府になっており外宮と呼ぶらしい。
わたし達が向かうのは帝室の居住区画である内宮だそうだ。
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内宮の正面エントランス、車寄せに魔導車を停めると黒のテールコートを着た老人が数人の侍女を従えて出てきた。
「あれは、内宮の侍従長です。」
ハイジさんが教えてくれた。
最初にトワイエさんが魔導車から下車し、続いて車を降りるハイジさんに手を貸した。
トワイエさんの手を取り下車したハイジさんを見た侍従長は驚いた様子で尋ねた。
「これは、アーデルハイト殿下、急なお帰りで何か不都合でもございましたか?」
「いえ、学園が夏休みになりましたので戻りました。
大切なお客様をお連れしたので、くれぐれもご無礼がないようにお願いします。
客間は国賓をもてなすお部屋を使っていただきますのでそのように手配してください。」
トワイエさんに促されて、わたしとミーナちゃんが車を降りた。
「姫様、こちらのお二方が、お客様で間違いございませんか?」
「ええそうです。ティターニアさんとミーナさん。
王国で、群を抜いて優秀な治癒術師のお二人です。
特に、ティターニアさんには、魔導車を三台も用立ていただいたおかげで、こんなに早く帰国する事が出来ました。
くれぐれも、粗相の無いようお願いします。」
怪訝な顔をする侍従長に、ハイジさんが釘をさした。
ハイジさんは、一旦私室に行って旅の汚れを落とし着替えを済ませて皇帝に帰国の挨拶をするそうだ。
そのとき、わたし達の説明をして治療の日程を決めるらしい。
わたし達は、内宮の侍女に貴賓室に案内されたが、侍女は帝国で差別の対象である『色なし』の接遇を命じられて戸惑った様子だ。
そもそも、侍従長が、わたし達を貴賓室に通すのを躊躇った様子で、ハイジさんに念押しされて渋々従った感があるので、仕方がないことだと思う。
貴賓室は、メインベッドルームが三つ、従者部屋が五つ、リビングルーム、浴室、トイレ、洗面からなり、調度品も豪華だ。
ただ、調度品なんか金ピカであまり良い趣味とはいえないし、ベッドもソファーもわたしの物の方が寝心地、座り心地が良い。
侍女さんにお茶を入れてもらい寛いでいると、ハイジさんがやって来た。
皇帝に面会できるらしい。
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ハイジさんに案内されたのは、皇帝の私的な応接室だそうだ。
ハイジさんが応接室の扉を開けると、中にはザイヒト王子を大人にしたような風貌の中年男性がいた。
いかにも高級そうな服に身を包んでおり、顔つきから見てもあの人が皇帝だろう。
応接室に入ったわたしとミーナちゃんを見た中年男性は開口一番、
「アーデルハイト、お前が連れてきた客人とはその二人か?
おまえは、王国で最も優れた治癒術師と申していたが、まだ子供ではないか。
しかも、汚らわしい『色なし』だと、何の冗談だ。
治癒術など使えないではないか。」
とハイジさんを怒鳴りつけた。
ああ、やっぱりザイヒト王子の父親だね。人の話を聞かないタイプだ。
「父上、お気を静めてください。
ティターニアさんとミーナさんに失礼ですよ。
このお二方は、紛れもなく王国で一、二の治癒術師です。
ティターニアさんは瀕死の患者を救っていますし、ミーナさんは神殿のご奉仕で一日中患者の治療を行っても魔力切れしないのです。
この国にそれだけの治癒術師がおりますか?」
「ええい、そんなもの何かいかさまをしたに違いないわ。おまえは謀られたのだ。」
「いいえ、お父様、お二人はここへ来る迄の旅の途中でも、病人や怪我人を癒してくれたのです。
特に瘴気の森で魔獣に襲われたキャラバンの護衛の怪我を癒してもらえなければ、キャラバンに大きな被害が出る恐れがあったのですよ。」
「まだ、そんな戯言を申すか。」
「戯言ではございません、事実です。」
うん、水掛け論だね。
人は信じたいことだけを信じるものだとおかあさん達が言っていたけど、この人はその典型だね。
本当に、ザイヒト王子そっくりだ。
「そんなに言うなら、この場でその力を見せてみろ。われがそのいかさまを見破ってやろう。」
そう言って、いきなり皇帝は後ろに控える侍女の腕に懐剣を突き刺した。
うわ、何て酷いことするんだ。若い女の人に傷が残ったらどうするつもりなの。
暴君ここに極まれりだよ。
ここは、魔法使いらしくそれらしい事を言って治した方が分かりやすいかな。
「水の精霊たちよ、我が意に従い傷つきし乙女の腕を癒せ、『癒しの水』。」
(水のおチビちゃん達お願いね)
ほのかに青い光が薄く剣で刺された侍女の傷を包み込む。
しばらくすると、光は傷口に吸い込まれるように消え去り、そこにあった懐剣で刺された傷は綺麗に治っていた。
「まだ痛みますか?腕はちゃんと動きますか?」
「いいえ、もう何処も痛くありませんし、腕も普通に動かせます。
有り難うございました。」
わたしの問いに、侍女さんは腕を動かしながら答えた。
「これでもまだ、ティターニアさんの治癒術をいかさまと申しますか、父上?」
「信じられない……。『色なし』が魔法を使うなどあってはならないことだ。
そうでないと、今まで行ってきた支配政策が揺らぐではないか。」
「父上、あなたは何を言っているのですか。
目で見たものすら信じられないというのですか。
それより、早く母上を診察する許可をいただきたいのです。」
「馬鹿者!これは重大なことだ。
『色なし』がこんな強力な魔法を使えることが世間に知られてみろ、『黒の使徒』を使って刷り込んできた民への支配の根拠が揺らいでしまうではないか。」
「父上、それはもう手遅れです。
ティターニアさんたちは、辺境で民に治療を施すだけではなく、『浄化魔法』で瘴気を払い、『植物魔法』で農産物の成長を促進させ辺境にたくさんの農地を作りながらここまで来たのです。
辺境では、さぞかし『色なし』の聖女の話が広がっていることでしょう。」
「アーデルハイト、おまえはなんと言うことをしでかしてくれたんだ。
ええい、これ以上の話は無用だ、下がれ。」
結局、皇帝は聞く耳を持たないようだ。
ハイジさんのお母さんの容態が悪くなる前に治療をしたいのだけど大丈夫かな。
それと、夏休み中にヴィーナヴァルトへ帰れるように早く着手しないと不味いよね。




