第39話 辺境の村
森を抜ける寸前で魔獣との遭遇はあったものの、予定通り九日目の終わりには瘴気の森を抜ける事ができた。
今日の野営場所を求めて街道を西に進んでいたが、ふいにソールさんが魔導車を停車させた。
「お嬢様、道に何か落ちているのかと思いましたが、どうやら人が倒れているようです。」
ソールさんに言われて、魔導車を降りると確かに人と思しきモノが蹲っている。
近くによってよく見ると子供のようだ。
抱き起こしてみると呼吸はしており、まだ命はあるようだ。
熱があるようで病気を患っているようだが、それ以上に痩せ細っていて栄養状態が悪いようだ。
わたしは、例によって光と水のおチビちゃんに頼んで、病気の治療と体力の回復をしてもらう。
光のおチビちゃんには少し強めに浄化してもらい、病気のもとの浄化だけではなく、薄汚れた服と体を綺麗にしてもらった。
だって、凄く臭かったんだもん。
ついでに、わたしも浄化してもらった、病気がうつったら嫌だもんね。
「呼吸は安定したようですが、意識が戻りませんね。」
ミーナちゃんが横から覗き込んで呟いた。
「この子何処から来たんだろうね。こんな瘴気の森に近い所に住んでいるのかな?」
わたしは、誰に言うでもなく、疑問の声を口にした。
「この近くに村があるかは知りませんが、帝国では瘴気の森のすぐ近くまで村がありますよ。」
いつの間にか、わたしの後ろにいたハイジさんが教えてくれた。
帝国では、積極的に瘴気の森付近の開発を行っているそうだ。
わたしは、瘴気の森付近では農産物の収穫は見込めないのではないかと、ハイジさんに尋ねた。
ハイジさんが言うには、村を支えているのは魔晶石と瘴気の森の木材らしい。
瘴気の森の外縁部にある村には、魔獣退治を専門とする人たちがいて、魔獣から魔晶石を採集することを生業としているそうだ。
そこで取れた魔晶石が、魔導具の動力源として帝国全土に流通するらしい。
また、平地に森が殆ど無くなってしまったため、瘴気の森の木を伐採して木材として利用しているとのこと。
瘴気の森の木は、いくら伐採してもすぐに生えてくるので都合が良いそうだ。
でも、瘴気の森の木は瘴気の塊みたいなものだよ、大丈夫なの?
少し水を口に含ませて見たところ、子供は目を覚ました。
「あれ、ここは?私はどうしてたの?」
この子、女の子だったんだ。
「あなたは、この道の真ん中で倒れていたのよ。
どうして倒れていたかは、わたしの方が知りたいわ。
あなたは、何処から来たの?」
この子は、ハイジさんの言うとおりこの近くにある魔晶石を生業とする村の子らしい。
近くの農村が大凶作で食料を売ってもらえず、村の食料が底をついたらしい。
普段なら、帝都から魔晶石を買付けに来る商人が、食料を持って来るのだがここしばらく商人が村に来ていないようだ。
この子は、何でもいいから食べられるものがないかと、瘴気の森に入ろうとして倒れたようだ。
瘴気の森のものは、人には毒なモノしかないから、食べちゃダメだよ。
「大丈夫だよ。わたしが、食べ物を分けてあげるから。
だから、あなたの村まで案内してもらえるかな。」
「本当?お姉ちゃん、私達を助けてくれるの?」
「ええ、大丈夫よ。」
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わたし達は、少女の案内で辺境の村の一つに来た。
少女を魔導車から降ろすと、少女を探していたと見られる男女二人が駆け寄ってきた。
どうやら少女の両親らしい。
わたしが、少女を保護した経緯を説明し、食糧支援を申し出ると村長という人物が出てきた。
「あなたが食料を支援してくださるという御仁か?
見返りになにを要求するつもりだ。
もうこの村には、見返りになるものは何も残ってないぞ。」
「わたしは、何も見返りなど求めません。
わたしのような子供が何を要求するというのですか。
わたしは同じ年頃の子供が十分な食事も出来ずに痩せ細っていくのを見たくないだけです。
わたしが要求することは唯一つ。
これからお渡しする食料を、男女、大人子供、身分に関係なく等しく平等に分けることです。」
「それさえ守れば、食料をいただけるというのですか?」
「はい、証人になっていただけますよね?ハイジさん。」
「わたくし、ヴェストランテ帝国第一皇女アーデルハイトの名にかけて、ティターニアさんの言葉に嘘がないことを保証しましょう。
本来は、わたくし達帝室が行わなければならないことを他国の者にしてもらうのは忸怩たる思いがあるのですが、仕方がありません。 」
「皇女殿下……。」
「では、平等に分配するところを皇女殿下に監督してもらいましょう。
村の方を全員集めてください。」
このあと、堅焼きパンと干し肉の入った木箱をそれぞれ五箱ずつ提供した。
堅焼きパンは、一つの木箱に千個ほど入っている。
一見すると一つが小さいが、これはもの凄く焼き締めてあり、普通では歯が立たない。
もっぱらスープに入れて柔らかくして食べるのだが、そのときは五倍くらいの大きさになり、大人の一食分に十分な大きさになる。
干し肉のスープにいれて食べれば、栄養的にも十分だろう。
「今お渡しした食料は、当座を凌ぐもので一月分もありません。
明日の朝、ここを出発する前に畑を作りますので、夜明け頃ここに集まってください。」
食糧の配給が終わったら、この場は解散することにした。
みんな、お腹が空いているだろうからね。
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「ターニャちゃんは、この状況を予想して大量の保存食を買い集めたのですね。
皇帝の娘として身につまされる思いです。」
「この前、ハイジさんから話を聞いておおよそ何が起きているか予想できましたから。
でも、ハイジさんが悪いわけじゃないと思います。
ハイジさんはまだ勉強中なんだもの。
ハイジさんはこの旅の間、帝国の実情を良く見ておくといいと思います。」
「ターニャちゃんは、本当に八歳児なんですか?
わたくしより、年上のように感じるのですけど。」
「わたし?わたしは見た目どおりの子供だよ。
知らないことの方が多いし、ついこの間までお金を見た事がなかったし、使い方も知らなかったよ。
ただ、二千五百年前にヴァイスハイト女王が仕込まれたことと同じ教育を受けて育ってきたから少しだけ普通の八歳児とは考え方が違うかな。」
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まだ、夜明け前で薄暗い中、村人全員が集まってくれた。
最初に、わたしとミーナちゃんが力をあわせてここに農地を作る。
わたしが、光の精霊の力で瘴気に汚染されて荒地を浄化する。
浄化の済んだ土地をミーナちゃんが土の精霊と水の精霊にお願いしてどんどん耕していく。
「信じられん……。」
「この土地を農地に変えるなんて。」
「本当にこの場所で作物が育つのか?」
あっという間に出来上がった農地をみた村人が口々に驚きの声を上げている。
「畑を二面用意しました。一つの畑にアマ芋の苗を、もう一つの畑に大豆を蒔いてください。
畝を作っておきましたので、畝に一列に植えてくださいね。」
村人全員で植付を行ったら、一時間ほどで終える事が出来た。
「じゃあ、少し早く収穫できるようにしますね。
(木のおチビちゃん達、作物の成長促進をお願い。)」
わたしがそう言うと、今植えつけたばかりのアマ芋のつるがあっという間に伸びて、畑全体に繁茂した。
横の畑では大豆が発芽し、どんどん成長して行き緑の葉が茂り花をつけている。
これなら、一月も掛からずにで収穫ができるだろう。
今年は何とか凌げるかな。
一面緑に覆われた畑を見て村人達が呆然としている。
「植物魔法?今は途絶えてしまったといわれている奇跡の魔法ですか?」
ハイジさんが、驚愕交じりに呟いた。
わたしは、呆然と畑を眺めている村人にハッパをかけて、村の周りにハリエンジュの苗を植えてもらった。
もちろんわたしが、木のおチビちゃん達にお願いして成長を促進したよ。
ハリエンジュは、どんな荒地でも育つし、ミツバチを呼べれば蜂蜜が取れる。
ほんの気休めだが、少しでも村の瘴気を吸収してくれればいいと思って植えたんだ。
さて、帝都を目指して出発だ。
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