第37話 『黒の使徒』の宣教師
帝国への旅は順調に進み、ヴィーナヴァルトを出て四日目の夕方に、ミーナちゃんの故郷であるノイエシュタットに到着した。
今日、明日とここに二泊して食料等の購入を始め野営に必要な準備を整えることにしている。
もちろん泊まる宿は、前回この街に立ち寄ったときに宿泊したこの街一番の宿だ。
今日、明日と美味しいものを食べて、ゆっくり休んで、これからの辺境の旅に備えて疲れを回復ことにする。
***********
朝、市が立つ時間を待って、食料品の購入に向かう。
買いたいのは、焼きたての柔らかいパン、お肉、新鮮な野菜だ。
お肉と新鮮な野菜は、三台の魔導車に備え付けの冷蔵庫に入るだけ購入する。
必要な買出しが済んだら、花束を買ってミーナちゃんのご両親のお墓参りに行った。
「お父さん、お母さん、ミーナは今、王都の学園に通っています。
お貴族様には少し気を使うけど学園は楽しいです。
お友達も出来たんだよ。
幸せな毎日を送っていますので、安心して眠ってください。」
ミーナちゃんがお墓に手を合わせて呟いていた。
本当に、そう思ってくれているのなら良いな。
ミーナちゃんの家を見に行くと新しい住人が住んでいたので、役場に寄ってみる事にした。
前に担当だった女性が出てきて、ミーナちゃんの家の借り手が見つかったことを報告してくれた。
ミーナちゃんへの支払い分は、毎年の二の月の一日以降、前年の分を一括して国内のどこの役場でも受け取れるらしい。
ミーナちゃんは、契約のときに渡された証明書を絶対になくさないように念押しされていた。
**********
一通り、やるべき事が済んだので、宿に戻り休息を取っているハイジさんたちと合流した。
これから、街へお昼を食べに行くのだ。
中央広場に面したしゃれたカフェテラスで食事をしていると。
「神は、戦乱に明け暮れる大陸を見て嘆き悲しみ、強き力で大陸を統一し戦乱を収めよと、神の子を使わしたのです。
神の子は、尊き黒髪に、黒い瞳を持つ褐色の肌の御子でした。
その御子は、強き魔力を持って民に畏怖され、民を従えて戦乱を鎮めて行ったのです。
黒き髪、黒き瞳、褐色の肌こそは、神の恩寵の証です。
しかし、この国では外見で人を差別してはいけないという精霊神殿の教えを国是とし、神に見捨てられた『色なし』すら平等に扱えと法に定めています。
このような悪法を許しておいて良いのですか?
精霊などという空想の産物の教えよりも、目に見える強き力こそ民を導くのに相応しいのではありませんか。
いまこそ、『黒の使徒』の教えをこの国の広めるべきだと私は思ってこの国に参りました。」
どうやら、『黒の使徒』の宣教師が宣教活動をしているらしい。
西の方を中心に活動が盛んだと聞いたけど、本当だったんだ。
あ、ハイジさんが顔を真っ赤にして、カフェテラスを出て行った。
「そこの者、誰の許可を得てここで宣教活動を行っているのですか。」
「何だ、小娘。
この国では、信仰の自由というものが保証されていて、宣教活動を行うのに誰の許可もいらんのだ。
むしろ、小娘よ、お前の方が信仰の自由を害する者として問題になるぞ。」
あの宣教師、自国の姫を小娘呼ばわりか。
帝国って無礼打ちの制度があったよね、確かザイヒト殿下が言ってたよ。
「ああ、この国ではそうですね。でも、あなたは勘違いをしています。
わたくしは、ヴェストランテ帝国皇帝が第一皇女アーデデルハイトです。
あなたは、皇帝の命に二つ背いています。
一つは、『黒の使徒』の活動は友好国であるオストマルク王国には持ち込んではならないということ。
もう一つは、皇族には不敬を働いてはならないということ。
あなた、わたくしを小娘といいましたね。立派な不敬罪ですよ。
トワイエ、この者を捕らえなさい。
公衆の面前では差し支えますので人目につかない場所で無礼打ちにします。」
「ひえええ、知らぬこととはいえご無礼を働き申し訳ございません。
どうか、命だけはお助けを!!」
やっぱり無礼打ちってあるのか。まあ、小娘と言われたくらいで無礼打ちはないでょう。
どうせ、脅しだよね。でも、あの宣教師、いきなり土下座したよ、清々しいくらいに潔いね。
「いいえ、先程のあなたの宣教はわたくしの友人を侮辱するものです。絶対に許しません。」
「アーデルハイト殿下、流石にあのくらいのことで無礼打ちをやったら、こちらの寝覚めが悪くなりますんでやめて下さい。」
「何だ、お前は、『色なし』風情が殿下に馴れ馴れしく口を開くな。
殿下、その女こそ不敬ではありませんか。」
お、いきなり宣教師が強気になった。一応わたしは、あなたの助命を頼んであげたんだけど…。
「もういい加減、その汚い口を閉じなさい。
この国一番の治癒術師に向かって、何て失礼なことを言うのですか。
トワイエ、その宣教師の腕をこの場でへし折りなさい。」
バキッ!!!
「ぎゃあああああ!!!」
トワイエさんたら、本当に宣教師の腕をへし折ったよ。
骨が折れる音と共に、宣教師の聞き苦しい悲鳴が響き渡る。
周囲に集まった野次馬もドン引きだ。
「ティターニア様、お手数をおかけして恐縮ですが、この者の腕を治して頂けませんか。」
そういうことですか、なにこの茶番。
「トワイエさん、骨をまっすぐ伸ばして固定していてもらえませんか。
ちゃんと骨の位置があってないと変な風に着いちゃいますから。
じゃあ、いきますよ。『癒しの水』(おチビちゃんお願い)。」
わたしの掛け声と共に、宣教師の患部がぼんやりと青く光った。
光が消える頃には腕は元通りに戻っているはず。
「痛くない?私の腕が元に戻っている。
その、『色なし』が私を治したのか?」
「さっきから言っているでしょう。この方は、この国一番の治癒術師だと。
あなたは、わが国の犯罪者として、この国の官憲に依頼して帝国へ送還してもらいます。
罪状をしたためた文書も官憲に預けますので、相応の刑は覚悟なさい。
それと、しっかりと覚えておきなさい、あなたが馬鹿にした『色なし』の方が奇跡の担い手かもしれないということを。」
宣教師はうな垂れてしまった。
その後、ハイジさんの言葉通り、駆けつけた衛兵さんに宣教師を預け、帝国法に違反した帝国民犯罪者として、帝国へ送還してもらうことになった。
読んでいただき有り難うございます。
ブクマしてくださった方、本当に有り難うございます。
凄く嬉しいです。
おかげさまで、ブクマ件数が100件に届きました。




