第26話 精霊神殿の奉仕活動
今、私は精霊神殿の前に立っている。今日は精霊神殿で奉仕活動をする日だ。
ウンディーネおかあさんの無茶振りからこっち、フローラちゃんに治癒と浄化の術をスパルタで仕込んだ。
フローラちゃん、途中から涙目だった。
なんとか、重篤な患者でなければ対応できるようになってここに至った。
フローラちゃんなんか始める前からもう疲れた顔をしている。
「さあ、今日は頑張っちゃうわよ!いいとこ見せるんだから!!」
一人気を吐く年長者がいる、ミルト皇太子妃だ。
「あの、ミルトおばさま、何でここにいらしゃるのでしょうか?」
ミーナちゃんが遠慮がちに聞いてみた。
そう、今日ここに来るのは、フローラちゃん、ミーナちゃん、わたしの三人の予定だった。
「だって、王室が祀っている精霊神殿での奉仕活動でしょう。
王室の者が参加するのは当たり前ですわ。
わたしも治癒術が使えるようになったのだから、小さな子供達だけにさせる訳には参りませんもの。
せっかくいいところ見せるチャンスなんですから。」
なんか、最後に本音が漏れていたような気がするんですけど。
まあ、ミルト皇太子妃も、おチビちゃんが懐くところを見ると魔法が使えなかったのだろう。
薄い金髪、深みのある碧眼、白っぽい肌と魔法が使えるかどうか微妙な見た目なんだけど。
きっと、魔法が使えないことで色々あったんだね。
私たちの後ろでは、この間の神官さんが心配そうにわたし達を見つめている。
それはそうだよね、よりによって『色なし』が集まって神殿の奉仕作業として治癒を施すのだから。
患者を集めておいて出来ませんでしたでは、精霊神殿の威光が更に落ちるもんね。
ちなみに神官さんの名前は、テアさんと言うんだって。さっき挨拶したとき聞いたんだ。
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神殿前の広場に、近衛兵さんが天幕を二つ立ててくれた。
男性患者用と女性患者用だ。やっぱり、別々の方がいいよね。患部を見る場合もあるし。
『色なし』と言われているわたし達が治癒術を使っているところを広めるため、男性の治療の様子は原則公開し、女性に治療の様子は着衣のままで済む場合のみを公開することとした。
もちろん、男性担当がわたしとミーナちゃん、女性担当がミルト皇太子妃とフローラちゃんだ。
王族に対し不用意に男性を近づけさせるわけには行かないからね。
わたし達は、それぞれの天幕に精霊神殿の神官服を着て配置についた。
子供用の神官服がなくて特急で作らせたらしい。
基本治療は、『浄化の光』と『癒しの水』で事足りる。
他人にうつる病気は『浄化の光』で完全に治るし、怪我や他人にうつらない病気は『癒しの水』で対応できる。
わたし達には、医者のような知識はないのでうつる病気かどうかわからない。
それで、わたし達は、最初に『浄化の光』をかけてから『癒しの水』をかけるというセットで治療する。
うつる病気でなくても『浄化の光』をかけておけば患者が綺麗になるし、うつる病気の人も病気で衰弱しているだろうから『癒しの水』で体力の回復ができる。セットにしておけば問題ない。
天幕の前には、『本日、病気、怪我の治療を精霊神殿が無償で行います』と大きな看板を立てた。
王族が二人も来ていることもあって、天幕の後ろには近衛兵がずらりと控えている。
休日で賑わう神殿前の広場にあって近衛兵がずらりと控える天幕は完全に浮いており、周りの人は怪訝な目で私たちを見ている。
天幕が異様なこともさることながら、中にいるのが全員『色なし』なのだから、治療しますというのが何の冗談かと思っているのであろう。
この催しは失敗かなと思っていると、子供を抱えた若い母親が天幕に飛び込んできた。
抱えている子供の顔は土気色をしており、呼吸も細く、子供のわたしから見ても命の灯火が消えかけているように見えた。
「どうか、うちの子を助けてください。お医者様にはもう駄目だといわれ、創世教の治癒術師に治してもらうお金はないんです。」
どうやら藁にも縋る思いで、ここに来たようだ。
「早く、この寝台に乗せてください。」
わたしが、母親に指示すると、母親は戸惑い周囲を見回した。
縋る藁が見当たらなかったのだろう。
『色なし』のしかも子供が、縋る藁だったことに落胆したようだった。
「いいから、早く!!」
わたしの催促に、母親は渋々子供をベッドに寝かす。
一刻も無駄に出来ないと思い、わたしは即座におチビちゃん達に指示を出す。
(おチビちゃん達、連続で行くよ最初に『浄化の光』、次に『癒しの水』、両方とも全力でお願い。)
わたしの体から、大量のマナが抜かれた、それと同時に子供が強い光に包まれる。
それが収まると子供は淡い青の光に包まれた。
青い光はゆっくりと子供の体に浸透していき、やがて消えてなくなった。
わたしは、子供の様子を確認する、顔色はよくなって頬が薄紅色になった、呼吸も安定している、やつれも取れている。どうやら間に合ったようだ。
「もう大丈夫です。大分消耗しているので、数日安静にしてください。
あと、何日も食事をしてないようですので、最初は薄い粥みたいな食事を与えてください。
消化に悪いものは体が受け付けないと思います。」
呆然としていた母親が、わたしが話しかけたことで我にかえった。
そして、
「有り難うございます。お医者様に見せてももう駄目だといわれて、諦めていたんです。
せめて王祖様の奇跡にあやかりたいと思い、精霊神殿に参拝に来たのですが。
まさか、本当に奇跡にあやかれるなんて思いもしませんでした。」
と涙汲みながらお礼を言ってくれた。
お願いだからわたしに跪いて祈るのは止めて、祈るのなら神殿に行ってやって。
当然この様子は、精霊神殿前の広場にいる人の目に晒されていた。
人々の間でざわめきが起こり、一人、また一人と天幕の方へ足を向ける人が現れた。
最初は、ちょっと怪我をしたとか少し体調が悪いとか、軽い症状の人たちだった。
症状の軽い人たちの病気や怪我が治るとその口コミで、あっという間に天幕の前に行列ができた。
特に、女性患者の担当は皇太子妃様とその王女様だということも併せて伝わり女性の方は大盛況となった。
「具合の悪い人がいたら治療しますので、気軽に寄って行ってください!!」
天幕の前で、ミルト皇太子妃が呼び込みを始めた。まだやるつもりですか?
ミルト皇太子妃は、朝から張り切っていただけあって大活躍だった。
協力してくれる精霊が少ないので女性患者の中でも軽症の人を診てもらったが、患者さんに気さくに話かけつつ、てきぱきと治療していくので、ミルト皇太子妃は患者さんに大人気だ。
反面、重症患者は男女問わず、一番手馴れているわたしが担当しているので、ミルト皇太子妃が呼び込みを始める頃にはへとへとになっていた。
腕が取れかけている怪我なんて八歳児に見せないで欲しい。軽くトラウマになるよ、まったく。
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一時はどうなることかと思うほどいた患者さんも何とかはけて、そろそろ撤収しようかと思っていたら、
「ここで精霊神殿が、臨時の施療院を開いていると聞きましたが、誰の許可をとってしているのですかな。」
とわたしに声をかけてきたハゲのおじさんがいた。
立派なローブを着てなんか偉そうな態度で、わたしに問いかけてきた。
「これはこれは、創世教の司祭ではないですか。
誰の許可も何も、王家が神殿で奉仕活動を行うのに誰の許可が要るというのです。
そもそも、治癒術の使用は創世教の専売特許ではございませんことよ。」
いきなり現れたミルト皇太子妃に、創世教の司祭は泡を食ったような表情になった。
「いえ、精霊神殿で治癒術と聞いたものですから、どのようないかさまかと思い確かめに参ったのです。」
「あら、いかさまとは失礼な。王祖様が治癒術で民を癒して回ったというのは有名な話ですわ。」
「王家から、奇跡が失われてもう二千年、奇跡の継承者がいるとは寡聞に存じませんのですが。
現に、皇太子妃様も魔法はお使いにならなかったと聞いておりますが。」
何かミルト皇太子妃が悪い笑みを浮かべている。
ミルト皇太子妃に懐いている三体の精霊と何か相談している。
「そうですか、それでは司祭様に王祖様より受け継ぎし奇跡をぜひ見ていただきましょう。
わたしを見守りし精霊様に願い奉る。
枯れし頭皮よ目覚めよ『活性化』、目覚めし頭皮に豊かな息吹を育め『癒しの水』」
木の精霊の使う『活性化』は、枯れかけた植物を再生する術だが、力が落ちるが植物以外の再生もできる。力が落ちる分を『癒しの水』で補ったんだね。
なんという力技。
ミルト皇太子妃が放った術は、司祭のハゲ頭に作用し、ハゲ頭が淡く光った次の瞬間、司祭の頭皮から髪の毛が生え、あっという間に肩にかかるくらいに伸びて止まった。
「髪が…、奇跡だ。王家の精霊の加護は作り話ではなかったのですか……。なんということだ。」
ああ、司祭さんが感激のあまり跪いて祈りだしてしまった。
この日の奉仕活動は、非常に評判がよくまたやって欲しいという声が強かった。
そのため、不定期だが今後も続けることになった。
だってミルト皇太子妃がノリノリだから。
この日、精霊神殿は、久し振りに多くの参拝者を迎えることになったそうだ。
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