第22話 精霊神殿
ヴァイスハイト女王の話を聞いた次の休日、わたし達はさっそく精霊神殿へやって来た。
精霊神殿は中央広場に面する大きな建物だった。
王都に来て最初に泊まったヴィーナヴァルトホテルの目と鼻の先にあったんだ。
あの時は、人の多さに目を奪われて周りの建物を良く見てなかったんで気が付かなかったよ。
神殿は大理石で作られた荘厳な建物で、中央広場に面したエントランスは十段ほどの階段になっている。
神殿に足を踏み入れると、空気の質が変わった、神殿の中は清浄なマナで満たされていた。
まるで、精霊の森の中にいるようだ。
「精霊神殿にようこそお越しくださいました。今日は礼拝でございますか?」
神殿の奥から白いベールを被った神官らしき女性が現れた。
神官さんには見えていないようだが、彼女の後ろには水の上位精霊が控えている。
この精霊さんが神殿に入り込む瘴気を浄化しているのだろう。
(ようこそ、愛し子よ、わたしはアクア、ウンディーネ様よりこの神殿の守護を任せられている。)
(ターニャです。よろしくお願いします。)
(初めまして、ミーナと申します。)
(うむ、ウンディーネ様の加護を持つ者も二千年振りにおうたぞ。)
「ええ、このお嬢様お二人に精霊神殿をぜひ参拝して欲しくてご案内しました。
参拝のあと神殿を見学させていただいてもよろしいですか。」
わたしとミーナちゃんがアクアさんに挨拶している間に、ソールさんが神官さんに返答してくれた。
「ええ、もちろんです。精霊神殿はあまねく人々に開かれております。どうぞ、ごゆるりと見学していってください。」
神殿の外壁には、幾枚もの大きなステンドグラスがはめ込まれており、その一枚一枚に精霊の姿が描かれている。
ステンドグラスが、外の陽射しを取り込んできらきらと輝いているのが、より神秘さを増している。
「窓ガラスが絵になっている。凄い…綺麗…。」
ミーナちゃんがステンドグラスを見てため息混じりに、賞賛の言葉を漏らした。
「気に入ってもらえたようで何よりです。
このステンドグラスは、まだ精霊の加護があった時代に精霊が見えたという者が残した絵を基に作られているのですよ。」
神官さんの案内で、礼拝堂の奥へ進むと、そこには実際の二倍はあろうかという大きさのウンディーネかあさんの彫像が祀られていた。
細部まで作り込まれた彫像は非常にリアルで、神殿内の清浄な空気と相俟って非常に神々しく見える。
「凄い、ウンディーネかあさんそっくり…。」
思わず呟きを漏らしてしまい、慌てて神官さんを見る、聞こえてないみたいだ。よかった。
「こちらは、王祖ヴァイスハイト様をお育てになった水の精霊様を象ったものと言われています。」
神官さんが説明してくれた。うん、よく知ってます。
広い礼拝堂を見渡しながらソールさんが神官さんに尋ねた。
「今日は休日なのに礼拝に訪れる方が全然いないのですね?」
「ええ、大変残念なことなのですが、年々礼拝に訪れる方が減ってしまい。
最近は本当に少ないのです。
それでも、信心深いお年寄りの方は見えていたんですが……。」
神官さんは、なんとも歯切れの悪い物言いをした。
(どうかしたの?)
わたしは、アクアさんに聞いてみた。
(どうも、精霊神殿に礼拝に来ようとしている人にあからさまな嫌がらせをする輩がいるらしい。)
「悲しいことですが、精霊の加護がなくなって既に二千年の時が過ぎ、精霊に対する感謝の気持ちが薄れてきたのだと思います。
従来から、治癒魔法の使い手を集めて信徒に治療を施すことにより勢力を拡大してきた創世教に加え、最近は強い魔法こそ神の恩寵だとして黒髪、黒目の人間を神聖視する『黒の使徒』という教団が力をつけてきています。
『黒の使徒』の信者にとって、私達のような色の薄い者が中心となって運営している精霊神殿は気に障る存在のようです。」
そもそも、精霊神殿って、創世教や黒の使徒と違って宗教団体じゃないんだって。
精霊神殿は、王家が精霊に感謝すると共に建国の精神を忘れないように精霊を祀っているものであって、信者というものは募っていないそうだ。
また、精霊神殿が説くのはかつての精霊の教えである農業や森の保存のノウハウであって教条的なものじゃないんだって。
ちなみに、精霊に愛された王祖様が『色なし』だったことから、精霊神殿の神官は、『色なし』か、それに近い色の薄い女性がなるらしい。
神官さんに聞いたところによると、勢力が一番強いのは創世神を祀る創世教で、治癒魔法を創世神からの恩寵だとして、治癒魔法の使い手を囲い込むことにより勢力を増してきたらしい。
でも、人が魔法を使えるようになったのってここ二千年のことだよね。創世神関係なくない?
神官さんを見るアクアさんの目も悲しげである。
どうも、『黒の使徒』という人たちが、精霊神殿に来る人の邪魔をしているみたいだ。
黒髪に黒い瞳の人って、本当にろくでもない奴らばかりだな。
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精霊神殿の見学を終えて、エントランスでソールさんが魔導車をとって来るのを待ってた。
すると、こちらに向かってきたお婆ちゃんに、いかにも破落戸という感じの男達が寄って来て何か話しかけた。
そのまま口論になったようで、破落戸の一人がお婆ちゃんを突き飛ばした。
私が助けに入ろうとしたとき既にミーナちゃんが走り出していた。
「おばあちゃん、大丈夫ですか?お怪我はございませんか?」
ミーナちゃんが、お婆ちゃんを助け起こしながら声をかけた。そして、破落戸に向かって言った。
「あなた方は、何でこんなひどいことをするんですか?こんなご老人に乱暴するなんて信じられません。」
「なんだ、なんだ、余計な口挟むな。
俺たちは、この婆あが精霊神殿に礼拝に行くっていうから、そんなとこ行ってもご利益無いぜって親切に教えてやったのに無視するからちょっとコツいただけだろう。」
「そう、あんたたちが最近精霊神殿に来る人たちに嫌がらせしているのね。」
わたしは、ミーナちゃんとお婆ちゃんを庇うように前へ歩み出た。
「嫌がらせなんて人聞きが悪いな、お嬢ちゃん。
精霊なんていもしないものにすがっても何の特にもなんねえって教えてやっているだけだろう。
神官だって、『色なし』とろくに魔法も使えない『色なし』もどきばっかりじゃねえか。
神の恩寵も無い奴らが、王都のど真ん中にこんな立派な神殿構えやがって目障りなんだよ。」
この破落戸共が、最近嫌がらせをしていた連中で間違いなさそうね。
「ミーナちゃん、お婆ちゃんの膝の擦り傷治してあげて。
傷口が汚れているから『癒しの水』が良いわ。」
わたしは、ミーナちゃんにお婆ちゃんの怪我の治療をお願いした。
「何を馬鹿なことを言っている。『色なし』に怪我を治せるわけ……?」
破落戸共が見ている前で、ミーナちゃんが『癒しの水』を使ってお婆ちゃんの怪我を痕も残さずに治して見せた。
破落戸の一人が、言葉を良いかけで大口を開けて驚いている。
「神の恩寵がない何だって?」
「ば、馬鹿な、『色なし』が魔法を使うなんて、しかも治癒魔法なんて希少魔法を。
こら小娘、何かいかさま使っただろう。俺たちの邪魔するんじゃねえぞ。」
まあ、こういうお馬鹿な人は、目で見たものすら信じようとしないんだね。
自分に都合の悪いことは、いかさまなんだ。
「このまま帰って、もう嫌がらせしないというなら見逃してあげるけど、まだ嫌がらせを続けるなら許さないよ。」
「面白れえや、『色なし』がどう許さないって、まさかお前も魔法が使えるなんて笑わせてくれるのか?」
うああ、面倒くさい奴らだ。もうやっちゃっていいよね。
(光のおチビちゃん達お願い、『浄化の光』全力でやっちゃって、魔法が使えなくなるくらいまで。)
「わかった、どうなっても知らないよ。せいぜい悔い改めなさい!!」
わたしの体から大量のマナが吸い取られ、破落戸共がまばゆい光に包まれた。
刹那の後、光が収まると色素の薄い金髪・碧眼、白い肌の破落戸共がいた。ついでに薄汚れていた服も綺麗になっている。
「何だ、今の光は?あれ、お前その髪の毛はどうした?」
破落戸その一がそういうと、ごろつきその二が返した。
「いや、お前こそその殆ど色の無い金髪はどうしたんだ。」
「うおおおお、俺の自慢の褐色の肌が真っ白じゃねえか!!お前何やってくれたんだ!!」
さっきから、わたしやミーナちゃんに暴言を吐いていたリーダーらしき男が叫んだ。
「嫌だな、おじさん。『色なし』のわたしが、大層な事できるわけ無いじゃない。
おじさんたちが悪いことばかりしているから、おじさんの信じる神の恩寵がなくなったんだよ、きっと。
おじさんたちの信じる神様が、おじさんたちから恩寵を取り上げてくださいという、わたしの願いを聞いてくれたんだね。
きっと、もう魔法も使えないね。これからは、心を入れ替えて真面目に生きた方がいいと思うよ。」
「こんなの嘘だ、魔法が使えねえ!!」「そんな馬鹿な」という周囲の破落戸共の嘆きの声が聞こえた。
目の前の破落戸も魔法を使おうと思っても使えなかったようだ。膝を落として放心している。
光のおチビちゃん、グッジョブ!!いい仕事してくれて有り難う。
読んでいただき有り難うございます。
ブクマしてくださった方、有り難うございました。
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