家族が死んだらしい
家族全員が死んだらしい。
いやそれは正確ではないか。より正確にいうのであれば、僕以外の家族が死んだ、というべきだろう。
僕が出かけている時に、家が燃えたらしい。
突然携帯が鳴り「すぐに病院に来てくれ」と言われ向かったが病院についた時にはもう遅かった。緊急手術が終わり病室に入ると、家族の亡骸を中心に親戚一同みな悲しんでいる。
そこは親戚誰しもが集まり悲しんでいる中たった一人孤独を感じていた。なぜならその時僕が思っていたことが
(ああ死んだのか)
だからだ。
この中で一番悲しまなければならない。むしろ悲しむべきなのは僕なのに何の感情も湧いてこない。
(家族が死んでもそんなに悲しくならないんだな)
何も感じない。そう何も感じないのだ。もちろん死という事が理解できない年頃でもないし何が起きたかもよくわかっている。正直テレビドラマのように自然と涙が流れ落ち自然と泣き叫ぶものかと思っていた。けれど何も感じず親戚を真似て泣き叫ぶような演技をするきにもならず、ただボーッと家族の亡骸を眺める。
「今のうちに泣いときなさい。無理しないほうがいい」
突然、親戚の叔母さんに抱きしめられた。しかし、僕は冷静に叔母さんから離れ、
「いえ、僕は大丈夫です。それより叔母さん。僕は明日から叔母さんの家に置いてもらってもよろしいでしょうか」
「は?」
「もし、大変でしたら孤児院に送る手続きだけでもしてもらえると嬉しいのですが」
そう答えると叔母さんはこの子は何を言っているんだ、という顔でこちらを見ていた。
もしかしたら僕は狂っているのだろうか、とも思う。
けれど自分ではどう考えても自分が正常だと冷静に分析できる。
だったら僕はどうしてしまったんだろうか。
「少し出かけてきます」
僕はいつも通り声をかけ、返事が返ってこないことを少し残念に思いながら、扉を開けて外へ出る。
こうして夜になってまで外に出たのは少し小腹が空いたためコンビニに行くためだ。
そう思い外に出たまでは良かったのだが、2月の夜風は恐ろしく冷えて、コートの隙間から容赦なく体を冷やしていく。
「さみい」
あまりの寒さにそう呟きながら僕は今の生活に思い出す。
結局、僕は今は、叔母の家に住まわせてもらうことになった。
住まわせてもらって一週間は立つのだが正直に言って、叔母との関係は良好とは言い難い。
先ほど出かけるときに特に返事がないのが良い例だろう。
偶然、叔母さんと叔父さんの会話を聞いてしまった時のことだ。
「あの子が怖いわ」
そう話しているのを俺は聞いてしまった。でも僕は何も感じていないのは事実だ。でも傷ついていないと演技するのも馬鹿らしい。だとしたら僕はどうすればいいのかまるでわからない。
「くそっ」
そう呟き、足元にあった石を軽く蹴る。
その石は予想以上に転がっていき、川の中にポチャリと落ちた。
そんなどうしようもない葛藤を抱えながらひたすらに足を進めていると、気がつけば、とある寺の前に立っていた。
この寺は家族の墓がある場所だ。
なんでこの場所に来たのだろうかと思いながら首をひねる。
「そう言えば、家族の墓参りに来てなかったな」
来れないわけではなかったのだが僕は葬儀があった2週間前からこの場所に来ていなかった。
理由としてはいろいろと忙しかったのもあるが家族のことを思い出すことがなかったことも原因の一つだろう。
偶然だがここまで来たのだし、墓参りをしていこう。
そんなことを考え、僕は階段を上り、その寺の中に入っていった。
寺の中は静まり返っており人の気配などまるでしない。
こんな時間に来る人など滅多にいないのだろう。
シンと冷えた寺の中を2週間程前の記憶を思い出しながら進んでいく。
すると、家族の墓が見えてきた。
親戚の叔母さん達が今までの墓では狭くなり立て直したため、その墓はとても新しかったため周りが古びれている中、妙に目立っていた。
僕はその墓の前に立ち数秒の間、手を合わせた。
「よし」
帰ろうかと思って呟き、目を開け墓を見るとそこには、一つ写真が置かれていた。
その写真には、真ん中に威厳を保ちつつも楽しげにしている父と、その隣で幸せそうに微笑んでいる母、右端で無邪気に笑う弟、そして当時反抗期の真っ最中だった僕は左端に少し間を開けつまらなそうにしている。
家族みんなで撮った最後の写真だった。
僕はその写真を少し見つめる。
その写真の中では僕以外皆幸せそうな笑っていて・・。
「もう会えないんだよな」
そう呟くと、急に目頭が熱くなって、視界が濁り、
涙が頰を伝ってこぼれ落ちた。
「あれ?」
涙を拭う。
「なんでだ」
拭っても拭っても後から涙がこぼれ落ちて止まらない。
今まで、悲しくなんてなかった。
家族が逝ってしまったことを冷静に受け止めていた、そのはずだった。
それなのに・・どうしてあれから一週間たった今こんなに悲しくて、涙が止まらないんだ?
すると、ついには考えることなどできなくなる。
「うう・・ああ・・」
嗚咽し壁にもたれかかり、崩れ落ちる。
「なんで僕だけをおいていったんだよ!」
そのせいで、僕は一人ぼっちになってしまった。
「どうして?・・早すぎるよ」
僕はまだ独り立ちできるような年齢ではない。
「僕はまだ・・何も返せていないのに」
家族は僕にいろんなものをくれた。
それなのに僕は何も返せないどころか恩を仇で返すようなことばかりしていた気がする。
「どうしてこんなことになったんだよ」
叫びながら僕は思いっきり壁を殴りつける。
殴りつけた拳の痛みでも襲いくる感情は治めることなどできず、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
僕にはこぼれ落ちる涙を止めることなどできず、ただ泣き叫び続けていた。
それから一時間以上経っただろうか。無限かに思えた涙もようやく治まってきた。
長い時間泣き叫んでいたせいか体が重い。
ただ僕は壁にもたれかかりその疲労感を感じ、惚けてしまっていた。
長い時間そうしていると、ようやく考える余裕がでてくる。
すると、ふと疑問に思う。
なぜ今になってこんなに嘆き叫んだのか、ということである。
でも考えると自然に答えが出た。
「きっと僕はずっと目をそらして続けていただけだ」
事実をどうしても認められなかった。
一緒に暮らしていることが普通過ぎていて、いなくなることなんて考えもしなかった。
そしてさっき、幸せそうな家族の写真を見たときもう会えないという事実に直面してしまった。
それに僕は堪えることが出来なかったのだ。
「僕はなんて弱いんだ」
僕は現実から逃げて目をそらし、悲しむ心を閉ざし、ずっと冷静なフリをしていた。
僕は弱かったから現実を見ることが出来なかったのだ。
「ああ、強くなりたい」
強さが欲しい。
一人で生きていけるような強さが。
「強くならなきゃ」
僕はこれからは家族もいない中たった一人で生きていかなければならないのだから。
「強くなってやる」
心に誓って僕は家族の墓をもう一度見つめて、
「だから見守っていてください」
家族に向かって願った。
僕にはあの世があるのかどうかはわからない。
この場所に家族がいるわけないことは知っている。
でもまたこの場所に来ようと思う。
家族が見守っていてくれる。
そう思うだけで僕は頑張れると思うから。