この一瞬よ、永遠に
初めまして。
初投稿の作品です。
アドバイス等下さると嬉しいです。
「おい、どこまで歩くんだよ」
文句を言いながら、前をどんどん進んでいく黛を追いかける。
黛は何も答えない。
雪の降る道を進むたび息が切れ、白い息がマフラーから漏れた。
正直失敗した、と思った。
あの時、彼女からの誘いを断れば良かったのだ。
そうすればこんなに遠出をしなくても、こんなに歩かされなくても済んだというのに。
実は一昨日、彼女から『余呉湖に行きたいので一緒に行きましょう』というLINEが来た。
大学の受験勉強に飽きた俺は、それに快く返事をしてしまったのだ。大体、写真一枚撮るためだけになぜここまでするのかと腹の中で彼女に文句を言う。
東京から滋賀まで行くだなんて聞いていない。
物言いたげな視線を俺が投げつけても、彼女はそんなことは気にもとめずただ真っ直ぐ歩いていた。
「着きましたよ、先輩」
そう言って、彼女は足を止めた。
やっとか、と思いながら顔を上げると、そこにあったのは広大な湖だった。
真冬のためか、水面は凍っている。
「これが、余呉湖」
そう言って彼女は眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
普段あまり感情を表に出さない彼女が少し興奮していたのが分かった。
「まだ、日の出まで時間がありますね」
「そうだな」
彼女が余呉湖での日の出の写真が撮りたいと言うから来たというのに、今は残念ながら雪が降り、空は曇っている。
「日の出、撮れるのか?」
空を見上げ、俺が少し心配しながらそう言うと、黛は少しの曇りもない表情で言った。
「撮れます。ていうか、撮ります」
そう言い切る彼女からは、強い意志が見えた。そんなに写真が大切なのか。
そんなもの、どうせ撮ったらおしまいだろ、と心の中で思う。口には出しては言わないけれど。
そんな俺の心が彼女に通じたかのように、彼女は俺に言った。
「前に先輩、なんでそんなに写真にこだわるのかって聞いてきたことありましたよね」
「そんなことも言ったな」
「私は、写真で撮る“一瞬”を、私の中の“永遠”にしたいんです」
彼女の言うことは前からよく分からない。初めて声をかけた時も、そうだったような気がする。
「私、今しかない“一瞬”を、一枚の写真の中に閉じ込めて、いつまでも大切にしていたいんです」
「ふうん。俺にはよく分からないな」
そんなそっけない返事をすると、彼女は少し拗ねたような顔をした。
彼女はあまり感情を表に出さない。
だけど、彼女の眼を見れば分かる。
目は口ほどに物を言う、と言うやつである。
実は、彼女の表情はコロコロ変わるのだ。
「そう言う先輩は、なんであの時私に声かけてくれたんですか」
唐突な彼女の質問。
そんなことを聞いて、何になるって言うんだ。
俺は悩んだ挙句、なんでもないような顔で曖昧な返事をした。
「さあ、少し気になったからじゃないか」
「なんですか、それ」
そんな俺の答えに、今度は睨むようにして俺を見た。
そして、しばらくして彼女が息を吸って吐いた後、彼女が静かに、呟くように言った。
「私はあの時先輩に声をかけてもらって、嬉しかったですよ」
「え.....?」
彼女が、優しく微笑んだ。
少し、照れているように見えたのは気のせいだろうか。
耳がやけに熱い。
自分も人のことは言えないようだ。
「あ、見てください、先輩」
彼女が明るい声をあげた。気付けば、先程まで空を覆っていた雲が魔法のように、消えていた。
そして、朝日が昇る。
凍った余呉湖の水面が鏡のように空の景色を反射し、余呉湖の水面にはまるで水彩で描いたような、空と太陽の風景があった。
これが、余呉湖が鏡湖と呼ばれる所以。
同じものを映し出しているはずなのに、水面には現実の風景とは全く違う世界が映っているように感じた。
まるで、ここだけ世界から切り離されたようで、美しい、と言う言葉ではあまりにも足りない。
---カシャリ。
隣でシャッターを切る音がした。
レンズから目を離した彼女の表情はとても満足気で、とても輝いていた。
俺はこの時の彼女の表情が好きだ。瞳をキラキラと輝かせる彼女の表情が。
彼女の様々な表情を、もっと見てみたい。
彼女の笑顔をもっと見たい。
彼女の事をもっと知りたい。
だからあの日公園で一人、夢中に写真を撮る彼女に声をかけたんだ。
なんて、俺に言える勇気はまだ無さそうだ。
それでもいつか、もっと素直に言える日が来るだろうか。彼女に、素直な気持ちを打ち明けられる日が来るだろうか。
今だけ、彼女の気持ちが分かるような気がした。
「帰ろうか」
ひとしきり撮り終えて、満足そうな彼女に俺は言った。
まだ、その一言を放つのにはもったいないような気がした。
だけどもう言ってしまったので遅いな、と思った。
彼女が俺を振り返る。
「そうですね」
2人で並んで帰った。
空気がくすぐったい。
今はまだ言えないけれど、彼女といる一瞬を大切にしたい。
彼女の中の“永遠”に、俺はなれるだろうか。
「来年も、どっか行こう」
「絶対、ですよ」
彼女がそう言ってはにかむ。
幸せだと、思った。
ああどうか、この願いが叶うのならば。
───この一瞬よ、永遠に。
お付き合い下さり、ありがとうございました。