表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第6章 狂霊映画と幻死病
95/156

回想3 1964年の記憶

 ――ここは、地獄だ。


 不衛生な床と壁が見える。血や糞尿で変色して、異臭が構成物となっている。

 空気は淀んでいた、埃と湿気で。換気したいが、窓は開けられない。

 部屋の扉はもってのほか。ここどころか他に移動するための扉は塞がれ、奴らに監視され、それが吐き気のする閉塞感に繋がっている。

 太陽の光は鉄とボロキレで遮られて、不健康な青白い光が部屋を照らす。

 人間らしい生活のできない場所。でも、ここで俺たちは暮らしていた。


「…………、…………」

「……あー。……あー。……あー。……あー」

「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい」


 そして、何よりも。ここに居る人間の精神が荒廃していた。

 絶望、憎悪、憤怒、狂気、自棄、怨恨、諦観。行き場のない負の感情がこの施設では竜巻を起こしている。

 もしそれらが具現化したら、俺たち、この場所は潰されちまうだろうな。

 なんて、戯けたことを思いつつドス黒い染みがあるベッドで横になった。


「おい、人が死んでるぞっ! 今すぐ誰か処理に来てくれ」


 何やら廊下が騒がしい。聞き耳を立てたら理由が分かった。

 人が死んだらしい。便所の手洗い場所に頭を自ら打ち付けたようだ。

 異常な死に方だが、ここで死ぬなら普通だった。この施設の中はあらゆる自殺の方法が制限されている。刃物はもちろん、ナイフやフォークも渡されない。首吊りで使う縄状のものは神経質なほど排除されている。

 だから、死ぬにはこうするしかない。他には鉄格子に頭をぶつけたり、便器に顔を突っ込んで窒息したり、頑張って自分の爪で首を掻き毟ったり。

 ああ、どれもまともなんかじゃない。人に限らず生き物とは生きるために活動をする。自ら死ぬには本能が邪魔して、上手くできないはずだ。


 だが、それができる状態になっちまう。あの病気になってしまったなら。


『化け物に殺される。脳みそが破壊される』


 これは3日前に死んだ、隣の部屋の奴が残した言葉だった。

 正直のところ見飽きてたし、聞き飽きていた。自殺をする奴は決まってこう。

 誰かに殺される、黒い何かに殺される、脳が、心が破壊される、死にたくなる。

 

「あああ、あああああ、ああああああああああ」


 突如として、同じ部屋にいた奴が奇声を上げ始めた。

 あいつはアルコール依存症だったか。死ぬまで酒を飲みたくなる病気、酒でしか楽しめなくなる病気、酒が抜ければまた違う症状が襲いかかる病気。

 だけど、あんなにも惨めに、口からよだれを垂れ流しながら、発狂して、この世全てに絶望して、幻の恐怖に震える病気ではないはずだ。


「あああ、よ、よめさんが、あああああ、おれをみすてて、ああああああ」

「そこっ、うるさいぞっ! もう一度“管理室”にぶち込まれたいか!!?」

「ああ、うぎ、うぎぎ、あああああ、あそこはやだ、こわされる、ころされる」

 

 ……俺たちの頭がおかしい? ……気が狂っている?

 その通りだが、俺たちは元からおかしいんじゃない。おかしくさせられた。

 そして、病気になったんだ。奴らに付けられた病気とは違った、新手の病気だ。

 名前は何にしよう。この惨状だ、きっとこの地に渦巻く呪いとなるだろう。


 と、古びたペンで記録を残した。薄汚れた手記に、だ。

 これが何のためになるかは分からないが、そうしないと俺まで気が狂っちまう。

 溜め息と同時にペンをその辺に置いた時だった。また騒がしいことに気づく。

 看護とは名ばかりの、ガタイの悪い形相の野郎どもが廊下を走り回っていた。奴らから、俺は理不尽な苛立ちを感じた。


「またかよ、めんどうくさい。あそこに沈めるのも一苦労なのに」

「やっぱり“管理室”に入れておくべきだったんだよ。半年は稼げたんだから」

 

 ――ああ、ここは地獄だ。

 かろうじて隙間から見える外の湖は、悠然と存在していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ