第5話 練習開始!
「遅いわよ、誠也!!」
――翌日。映画撮影、練習開始1日目。
10分ほど遅れて集合場所に到着した僕に、遠乃の声が容赦なく飛んできた。
「すまなかった。こいつが寝坊したもんでな、それで遅れたんだ」
「いやー、わりぃわりぃ。オールすりゃ良いだろって寝ずにゲームしてたら寝落ちしちまってな~。まあ、よろしく頼むぜ!」
「君が佐藤くん? 来てくれてありがとー! 期待しているからねっ!!」
「お、おう。ま、ままま、任せてくれって!!」
宮森さんに声をかけられた宏が、すっかり挙動不審に。
「わかりやすく鼻の下を伸ばすな。お前の彼女は二次元じゃないのか」
「それはそうだけどさ……やっぱり俺みてぇなキモオタじゃ、美人の女性と関われる機会なんて皆無なんだよ。どーせ、夕闇倶楽部にいるお前には理解できねぇだろうけどな! 羨ましいったらありゃしないぜ!!」
「……そんなもんじゃないが。あと、お前だって七星さんがいるだろう」
「あれは、どちらかというと同じ趣味の仲間というか、勝手にあいつの師匠にされてるというか。そういう考えはねぇ、むしろその手の変な奴から守ってんだ」
なるほど。そういう関係だったのか。……そういや、七星さんといえば。
「あっ、お久しぶりですっ! オータムコンビこと新聞部の雨宮楓です!! こちらはご存じでしょうが、小山一秋ことアキ! 私の婚約者です!!」
「だから、恥ずかしいからやめろって! はい、お久しぶりです。なつねぇ……えっと、姉がお世話になっています」
「私は……最近、会ったわよね。できれば、もう会いたくなかったのだけど」
「そう言ってぇ、一秋くん経由で夕闇倶楽部の活動について聞き出してたくせに」
「あれは違うの! 別にこいつらがどうとか関係ないわよ!」
この高校生たちも来てくれた。一秋くんに雨宮さん、七星さんだ。
……雨宮さんが変なことを言っていたが、気にしない。気にしたら、遠乃や映画同好会の方々の居るこの環境で生きていけないから。
「ひさびさ~。あれれ、茜ちゃんは居ないのかな?」
「元々あいつは写真部ですからね。あそことは仲が悪いもんで」
「つまり、あの時は“えちごどーしゅー”だったんですよ!」
「それを言うなら、呉越同舟でしょうに」
「おっ、さっすが、葵ちゃん! 難しい言葉、よく知ってるねぇ!」
「――よし。みんな、集まってくれたようだな」
僕たちがあれこれ会話していると、大槻さんがやってくる。
今日の大槻さんは……長かったロングの黒髪を、ばっさりと切っていた。
「あれ、髪切りました? なんだか男の人みたい」
「今回は私が主役だからな。男役をするんだから当然だ。“おい、やめろ。下手に行動をするな”。映画のワンシーン、どうだ?」
「おおっ、確かにスゴいかも。まるで宝塚みたいでカッコイイです!」
「よ、よしてくれ。あの方たちと一緒だなんて恐れすぎる……! まあ、それはさておいて。これから撮影を始めていくわけだが、初めに配役を伝える」
そうか。そういえば、未だに誰が何をやるかを決めてなかったな。
「本人の希望や能力、それと人手の都合とか大人の事情によって選ばせてもらった。確認をお願いしたい」
大槻さんがホワイトボードを小突き、回転させると図表が出てきた。
『主役 大槻和香 ヒロイン 宮森友梨
女子学生B 比良坂遠乃 女子学生C 雨宮楓
女子学生D 八百姫雫 男子学生 青原誠也
霊能力者 七星葵
撮影 吾野雄太郎 小山姉弟 動画編集 佐藤博・その他同好会メンバー
脚本 卯月秋音 小道具 鳴沢葉月・その他同好会メンバー』
なるほど。ぱっと見た感じ、配役に問題はない。でも、僕が役者か……!?
「わ、私がものすご~く恐ろしい死に方した女の子の役なんだぁ。あれ、とおのんも誠くんもいるけど、ちなっちゃんは?」
「彼女は撮影に回ってもらうことにした。撮影器具を使うのに慣れてるみたいだしな。……あと、それに彼女が大学生に見えないというか」
「まあ、そりゃそうよね。下手すら児童ポルノに引っ掛かりそうだし」
「ぷっ、ぷぷぷっ、な、なつねぇ。ここでもそういう扱いなのかよ!」
「うるさいわよっ、一秋! ふんだ、分かってましたよ。どーせ、私は中学生にすら身長に負ける、どうしようもないちんちくりんですよ」
「うぉぉぉぉっ、同じ撮影かっ!!? よろしくぅぅぅぅっっ!!!」
「……どうも、吾野さん。馬鹿で不埒で脳足りんで、この前カメラをぶっ壊した弟共々、よろしくお願いします」
「あっ、なつねぇ。それは言わない約束だろうが!」
勢い任せで挨拶をしてきた、吾野さんに勢い負けした様子の2人。
というか、一秋くん。千夏のカメラ壊したのか。確か“忌児の廃寺”に向かう電車の中でも同じようなこと言っていたけど。
……それにしても。役者を任されるのも驚きだが、あの像を足蹴にした馬鹿者を演じるとは。人手、男の役が足りてないとはいえ複雑な気分だ。
「なんで、私が霊能力者の役になんてなっているの……?」
そして、僕の他にも配役に不服そうな人が1人。七星さんだった。
「ああ、彼女が“霊能力者役なら葵ちゃんにやらせればイチコロですよっ!”と言ってきたから何かあるのかな、と」
「楓なのね、犯人は!! まったく……あなたという人は」
今の部長さんのモノマネ。やけに上手かったな。すごい。
だが、正直のところ、配役としては間違ってないような。彼女のことを知って薄れているとはいえ、彼女の怪異に触れているかのような不安や恐怖を駆り立ててしまう、不思議な雰囲気はいまだに存在しているし。
「どうしても嫌なら、他の役にするなり、裏方に回すこともできるが」
「あっ、いえ。別にそういうわけでは……や、やれます。やれますけども!」
「なんか、変なところで人が良い性格してるわよね、神林」
「葵ちゃんがやってくるなら完璧だねっ! むしろ演技の壁を越えて変なナニカを連れてきてくれそうだしねっ!!」
「だから、そういう誤解を招きそうな物言いは辞めてほしいんだけど!?」
まあ、とにかく。これでやるべきことを明確になった。
そもそも僕たちは演技とかに思い入れもないので、不満はないだろう。
「よーし、みんながんばろっ! あっ、佐藤くんは私と来てね。編集のこととか、説明したいことがあるからさ」
「あー、りょうかいりょうかい」
「怪異だろう映画撮影だろうが、目の前に何があろうと未知なるものを暴き出して理不尽を超える、それが夕闇倶楽部! あたしたちも頑張りましょ!!」
「お~!」
こうして、波乱万丈の映画撮影はいろいろな人と共に始まったのだった。
「これ、撮影の練習よね。なんで炎天下の中、走ってるの?」
「筋トレとかも……腕立て伏せ50回、腹筋50回……つらいよぉ」
撮影のみ参加の千夏を除いた、夕闇倶楽部の3人はへばっていた。
理由は明確。先ほどから猛暑日の外を基礎練習させられっぱなしだったから。
ちなみに高校生の3人は今、撮影の参考に呪いの映画を視聴している。台本の軽い流しだけやって、この過酷極まりない練習には参加してない。
「炎天下で動き回って、腹から声を出して、演技をするんだから当然だ」
「今回の撮影場所は夏の廃村だよ。田舎の中の田舎、ザ・外だからね~。遠乃、雫ちゃんに青原くんも、これしきのことで倒れていたらもたないよ~?」
「怪異のため、呪いの映画のためとはいえ、さすがに後悔し始めたわ……」
理由は分かる。する意義もわかる。だけど、辛いものは辛い。
グラウンドの運動部ですら険しい表情を浮かべる外で、今の今まで映画を1日中見てるだけだった僕たちにこれはかなりの苦行だった。
それに、台本を流しでやってみることもしたのだが……その時も散々だった。
台詞を伝えることに集中すれば、視線とか仕草とかその他の演技が疎かになり、今度はその演技に集中すれば、台詞が棒読み気味になる。
台本を覚えて、演技をする。こんなに単純なことがこんなに大変だとは。
「とりあえず初日はこれでお開きにするか。みんな、ご苦労様だった!」
自身の足りなさや舞台やテレビで演技を行っている役者に対する尊敬の念を、これ以上に噛み締めていた時に聞こえてきた、大槻さんの声。
い、いろいろと大変だったな……。これが明日、明後日も。撮影が始まってからも、と考えると、この先が不安でしょうがなかった。
「おうおう、大丈夫かよ。けっこう大変そうだな、そっちは」
「……まあな。それで、お前はどうだ」
「ああ、あれなら何とか俺でも編集ができそうだ。家でやれるならやるよ」
「それは助かる」
とりあえず、人手が増えたことで安心できた。そんな僕のところに。
「誠也くん、あの、だ、だいじょうぶ? 氷でも持ってくる?」
「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと大変なだけだし」
「……そっか」
心配そうな表情で僕を見つめる、葉月が近づいてきた。
そうか、彼女は小道具の担当だから僕たちと会うタイミングがなかったのか。
「こうして、お互いに会話をするのは高校の時の文化祭以来だったか」
「うん。話す機会、なかったもんね」
確かにそうだった。同じ大学でも、そもそも彼女と僕が同じ大学ということ自体知らなかったのだ。
これも何かの機会なのかもしれない。そんなことを思ったものの。
「…………」
「…………」
しかし、話はそこで終了する。元々僕も葉月も話すことが得意な性格ではないからそうなってしまうのだろう。確か葉月が喜びそうな話題は――
「む、むむっ」
「高校生の時の誠也、ね。思えば知らなかったわ、あたし」
「この野郎! 夕闇倶楽部に飽き足らず、鳴沢さんまで引き入れようとは!! 卑怯だぞ、彼女は俺にも優しい天使なんだぞっ!!」
「だから、そういうのじゃない! というか、何だよ天使って」
「…………」
と、思いきや。雫と遠乃、宏からの妙に突き刺さる視線を受けた。
こうしてる場合じゃなかったな。体の痛みに耐えつつ立ち上がった時だった。向こうの視聴覚室から、人の姿が見えた。
「あの映画、面白かったけど、途中で終わったよね」
「不完全燃焼なんだろぉ? そうなんだろぉ? って感じだったな、うん」
「まあ、それを完成させる喜びって奴があるから良いんだけどねっ!」
出てきたのは、映画の感想を楽しそうに話している一秋くんに雨宮さん。
「…………」
そして、まるで死人だと見間違いそうなほど顔面蒼白の七星さんだった。
「あれ、葵ちゃん。どうしたの?」
「……いえ、なんでもない。なんでもないわ」
「そっか。じゃあ、今日は帰ろうか。明日から本格的なれんしゅーだぁ!」
「そうね、ああなったらやるしかなさそうね」
「おっ、おっ、葵ちゃんも前よりやる気があるみたい!?」
「ち、違うわよっ!! あ、あと。少しだけ待っていて。用ができたわ」
七星さんは友人たちを止めると、僕たちの元に駆け寄ってくる。
「夕闇倶楽部の面々。ちょっとだけ忠告しておくわ」
今の彼女は友人に散々弄られていた、年頃の少女などではなく。
……呪術師の名にふさわしい、異様で神秘的な雰囲気を纏った人間だった。
「何よ、神林。何時になく神妙な顔つきで――」
「――今回の怪異。かなり危険になりそうだわ。気をつけておきなさい」
それだけ。それだけのことを言って、七星さんは帰っていった。
唐突かつ衝撃な内容だっただけに、それを受けた僕たちは困惑し始める。
「いきなり、何だったんでしょうか。あの娘があんな不安を煽ることを言うとは思ってもみませんでした」
「あ、あんなこと言ってくるってことは……もしかして、あの映画に、霊とか映っていたりしてたのかな!!?」
「あいつ、そういうのできないんでしょ。どっか引っ掛かるわね。千夏、昨日頼んでた土螺村の情報、どれくらいで出せそう?」
「あっ、はい。それなら明日にでも用意できますよ」
「……早いわね。とにかく、今回の怪異はあいつのお墨付きってわけね」
確かに七星さんはそうした胡散臭い霊能力はない、と言っていた。
霊は見えないし、倒す手段もない。怪異を感じ取れる程度の能力だけのはず。
となると。あの映画に、七星さんが感じ取った怪異が、もしくは七星さんを恐怖に陥れる“何か”があったとか?
だけど、それに該当するものに心当たりは存在せず。七星さん、あの呪いの映画に対する謎は深まり、撮影初日は幕を閉じたのだった。




