第3話 呪いの映画(前編)
視聴覚室の、大きなスクリーンに映像が映し出された。
画質はあまり良くない。昔の学生製作の作品だから、当然ではあるけど。
それでも暗い雰囲気に陰鬱な黒、無機質なタイトル。センスは出ていた。
10年の間、人目に付かなかったという映画。果たして、その中身とは……あっ、このポップコーン。けっこうイケるぞ。遠乃に貰って正解だったな。
「KAZAMA、HAYATO。ここでもその名前がねぇ。タイトルでいきなり出てくるの、かなり幻滅なんだけど。作品を見てる時くらい裏に引っ込んでなさいよ」
「どうやら聞いた話だと、彼は目立ちたがり屋というかナルシストというか、そんな性格だったようだ。よくあるトガッた天才って奴だな」
「なんとなく分かりますよ。身近にも同じ奴がいるので。あっちは無能ですが」
映画の冒頭は森で遭難した男性が彷徨って、何者に襲われるというシーン。
男性の絶叫と同時にフェードアウト。彼を襲った怪異は影も姿も現れていない。未知なるものに対する恐怖を誘ってきていた。
「う、うぅ……。やっぱり怖い……」
「大丈夫、シズ。何かあったらあたしが守ってあげるんだから」
「うんうん、素晴らしい心構えだよ、遠乃」
「あんたが言うと別の意味になるからやめなさいってば」
そして、その後は一転して日常の光景に。こういった平穏と恐怖の緩急が後々の演出を引きたててくれるのだろう。
『ふー、着いた。しかし、なんにもないところだな』
この主人公たちは、この廃村にキャンプをしに来た大学生のグループらしい。
男性が2人、女子が4人。合計で6人か。みんな服装が軽いというかチャラいというか。今でいうとパリピと呼ばれる人種みたいだ。
これ以上にないほど、ホラー映画で出てくる“犠牲者枠”って感じがするな。
まあ、創作物の彼らはそんなこと気にもせずに、人の気配がない静寂な空間で釣りやキャンプ、バーベキューを楽しんでいる。
『おい、今夜さ。雰囲気出てるし肝試ししねぇか?』
『や、やめようよ……変なこと起きそうだし』
『おっ、おっ、おっ、怖いのかぁ。大丈夫だって、安心しろよ!』
そして、その日の夜。男子学生が肝試しをしないかと話題を出した。
これもこれで恒例だな。1週間前から部室でホラー映画を見続けてきただけに、その辺の知識はウンザリするほど身に着けている。
だからといって嫌い、ではないが。定番には定番になるだけの理由がある。
『な、何やってる、の』
『ちょ、ちょっとさすがにそれはヤバくない!!?』
『大丈夫だよ、それくらいしねぇとスリルでねぇだろ。おらぁ!!』
そして、何やら大切なものを壊して呪われに行くのもお約束である。
山の中の村にあったもの……おそらく見た目から道祖神だろう。
道祖神は、地図もGPSもない昔の旅人の道標という役割以上に道と道、道と村の境界を隔て、外から来る災いから守ってくれるという役割を持っている。
今は道端のオブジェクトを化しているが、大昔の人々にとっては民間信仰の対象となっていた他、天孫降臨の際に案内役を担った猿田彦命と同一のものとしても捉えられていたなど、非常に大切な存在だったものなのだ。
それを故意で破壊しようものなら……結果は火を見るよりも明らかである。
『お、お地蔵さんが……壊れている。ど、どうしよう……』
『落ち着け、落ち着くんだ、弥生』
ショートの、気が弱そうな女性が主人公の男性に抱き着いている。
それに対して男性は頭を優しく撫でている。先ほどから主人公の傍にいて、出番も多いから、この人がメインヒロインなのだろうか。
「あ、あれ?」
「どうしたのよ、ユーリ」
「いや、さ。ちょっとだけ友だちに似ている気がしたんだよ」
「他人の空似でしょ。だって、この映画に関わった人たち死んだみたいだし」
「そうだけど、うーん。なんでだろ」
遠乃と宮森さんが気になる会話をするのを盗み聞きしながら話に集中。
『い、いやぁぁっ!!! 怪物が、怪物があそこにぃ!!?』
その後、男性の馬鹿な行動から6人に怪異が襲いかかるようになった。
気味の悪い物音、説明できない超常現象……そして得体の知れない怪物。
目と口を真っ赤に染めた、漆黒の闇が事あるごとに出現し、彼らを消耗させる。
『おい、キャンプは中止だ。帰らねぇとやべぇよ!!』
『だ、駄目だ……霧だ。霧で外がまったく見えない。電話も圏外だ!』
『どうするのよ!! これじゃお家に帰れないじゃない!!?』
『ふ、ふざけるな……化け物なんていないんだ、俺が倒してやる!!』
これもお約束だな。パニックになる集団、勝手な行動に走る人間。
真っ先に1人になったのが……道祖神を壊した彼である。結果は見えていた。
村の外れで道を踏み外したのか、彼は崖の下で頭から血を流しながら死んだ。
死体なんて見たことなかった彼らが死体を、それも今まで普通に生きていた友人がそうなってしまったことに、5人は驚きと恐怖の表情を浮かべていた。
『ははっ、はははははぁっ。素晴らしい。もっと呪いを、もっと生贄をぉ!!』
そんな光景の向こう側で、知らない高齢の男性が狂喜の声を上げていた。
「なんなの、このおっさん!」
「どうだろうな。急に出てきた上に前編では説明がまるでされないからな。私は知らないが、この事件の黒幕じゃないかな」
「こういうのって興ざめよね。怪異なら怪異で人間の手から離れるべきよ」
確かに台無しだったし、それに不自然だ。今までの演出は良かったのにな。
『ど、どうなるの、私たち……』
『落ち着けよ。警察すら呼べない以上、自分で何とかするしかない』
『こんな状況で落ち着けるわけないでしょ! み、みんな死んじゃうのよ!!』
謎の人物の存在を知らない、彼らは口論を繰り広げる。
終わりには、パニックになった女性が狂乱して霧の中に入っていった。その霧の向こうに何があるのか、逃げ切れるのかわからないというのに。
そんな彼女の姿を見て、残された4人は逆に冷静になれたのか。まだまだ怪異の正体は不明なものの、落ち着いて会議を行っていた。
話も一段落つき、とりあえず行動しようと廃村の端の湖に向かった。
『きゃ、きゃあああぁぁぁぁぁっっっ!!!??』
そして、映画の最後。映し出されたのは女性の1人の首吊り自殺。
大木の枝に結ばれた縄で首を吊った死体は、枝が軋む小気味悪い音を出しながら、ゆるやかに揺れて……やがて、地面に落ちた。
死体の口元には一筋の血が垂れ、苦しさで掻き毟ったのか首元と手は真っ赤に染まって、それでもなお表情は安堵したような笑みを浮かべていた。
その死体を見て、残された4人は絶望に打ちひしがれ、謎の霊能力者は計画が順調に進んでいることに満足げな高笑いをして。
謎が謎を呼んで、交差する。そして、この映画は終わりを告げたのだった。
「どうだ。呪いの映画を抜きにしても興味深い内容だっただろう」
大槻さんの言葉の直後、部屋の電気が点けられた。いきなりで眩しい。
「こ、これで終わりですか……」
「ああ、前編はな。この後の続きは未だに不明なわけだ」
フィルムは行方不明、あっても狂気に誘われるから、か。
この後から噂の“狂霊映画”にどのように繋がるのか、謎が増えた。
それにしても10年前に、大学のサークルの映画にしては完成度が高いな。
「ふっふーん。確かに興味が出てきたわ。映画にも呪いにも、ね!」
「そうか。それなら……」
「わかってるわ!! もちろん夕闇倶楽部――活動開始よっ!!」
それなら僕たちの運命は決まったと同義である。僕たちは静かに頷いた。
というのも、こうなると遠乃は何もかも巻き込んででも止まらない。
それに呪いの映画。10年という長い年月を経ても未だに暴かれてないのなら、夕闇倶楽部が解き明かす価値は十分にあった。
他にすることもない。目の前に怪異があるなら明らかにするだけ、だな。
「それで質問ですけど……撮影日って何時でしょうか?」
「3日後だ」
「み、みっかごぉ!?」
と、思いきや。かなり無茶なことを大槻さんは真顔で言ってきた。
「そんなので大丈夫なんですか……いろいろと」
「まあ、プロ級の演技をしろと言うわけじゃない。こちらで指導もするし、やれることはやるつもりだ。そんな気を背負わないでくれ」
「そう言ってるし、良いじゃない。待たされる方が退屈ってものよ!」
そういうものなんだろうか。大槻さん側がそうならそれで良いだろうけど。
「あっ、あとだな。他に頼みがあるんだが………他にも人手になるようなカモ……こほん。協力者を連れてきてくれないか」
「カモって……。それなら異界団地の時に知り合ったあの子たちが良いかも。でも、あの娘たち、協力してくれるかなぁ」
「明らかに暇人の部類だし、夏休みだから来るでしょ。千夏、あんたの弟どう?」
「……おそらく問題ありません。もう大丈夫でしょうし」
「てなわけで、オーケーみたいです!」
うーん、僕なら宏かな。あいつ、趣味で動画製作していたはずだ。
協力してくれるかは微妙だけど。ゲームで忙しいみたいだし、何よりこの前の炎失峠の事件で怪異を極端に恐れるようになったし。
って、あれ。弟の話になった時、どこか千夏が言葉に詰まったような。
「それと撮影場所の件だが。この映画と同じ、○○県の」
「関東平野の北東、ですか。けっこう移動しますね」
「もちろん交通費及び宿泊費などのお金がかかることはすべて負担しよう」
「さっすがノンさん!! 太っ腹ぁ!!」
「良いじゃない! 無料で怪異の調査旅行ができるなんて夢みたいだわ!!」
おいおい、これもこれで無茶というかなんというか。
今回の撮影でかかる費用を全額負担してくれるから、良いのか?
だけど、大槻さんの提示した場所。どこかで見たことがあるような――
「え、ええ、えっと。そこ、なんですか」
考え事をしてると、千夏の様子がおかしいことに気づいた。
「ちなっちゃん、何かあったの。顔が真っ青だけど」
「……いえ、なんでもありません。ちょっと心当たりがあったもので」
雫の問いかけにも、あまりにも歯切れの悪い状態。
どうしたんだろうか。しっかりした千夏が挙動不審なのは珍しかった。
「なーんか隠し事してるわよね、千夏。何かあるなら正直に――」
不審に思った遠乃が千夏に迫ろうとした時、急に視聴覚室の扉が開いた。




