第7話 見えてくる真相、失っていく自我
パソコンの画面に勇ましいゲームのタイトルが表示される。
一昨日は呪いと思えないようなそれに拍子抜けしていたが、今では得体の知れない恐怖を感じさせるものへと変貌していた。
ある意味、勇気の冒険ではあるな。意味合いはまったく違うけど。
「最初はあたしからでいいよね?」
「構わないよ」
僕の答えを聞くと、遠乃は得意気な顔でゲームを始めた。
……椅子を占拠されながら言われても、拒否権はないようなものだろう。
「あ、そうだ。誠也はその間に資料をちゃんと見ておきなさい」
「わかったよ」
「あと、あたしがシズたちみたいになったら問答無用で叩き起こすこと!」
「……任せてくれ」
「信頼してるわよ。じゃ、あたしはやってるから」
片手を振ってゲームに向かった遠乃を傍目に、僕は資料へと目を通し始めた。
1つ目は古いゲーム雑誌の記事だった。
どうやら『ブレイブ・アドベンチャー』の評価記事らしい。
単純につまらない、何の面白みもない、と散々な批判が書き込まれていた。
次に、2つ目は昔の新聞記事が入っていた。
内容は……とある会社の社長が、心中事件を起こしたというもの。
そして、その会社とは――ブレイブ・アドベンチャーを制作した会社だった。
気になった僕は記事を読み進める。
すると、このゲームにまつわる事の顛末が分かってきた。
ゲームは最初の頃こそ問題なかったが、後々ゲームがクリア不可能であること、ゲームをプレイした人たちが原因不明の体調不良に苦しみだしたことが分かった結果、ゲーム作品としては異例の返品騒動が起こったらしい。
そして、ただでさえ経営が厳しかった制作会社は大量の返品によって倒産。
社長とその家族は自宅で心中を図って死亡、というのが記事の冒頭に繋がる。
自殺した動機としては、自分が背負うことになった責任の重さに耐えきれなくなったこと、返品騒動より前に息子を事故で亡くしていたことが関係しているのではないかと考察されていた。
自殺に至るほどの苦しみ。……呪いのゲームが生じた原因はこれかもしれない。
しかし、そうだとしたら恨む相手は誰だろう。考えられる対象が多すぎる。
それと返品された要因に、原因不明の体調不良があったことも気になった。
ゲームをプレイすると体調がおかしくなる……というのは有り得るものなのか?
いろいろ考えてみたが答えは出ない。一先ず、今は次の資料を読もう。
3つ目は……急に時代が飛んで、ちょうど今日から1ヶ月前の記事。
通り魔事件で、6人を斬りつけたところで警察が捕まえた、そんな内容だった。
一見すると、調査している呪いのゲームとは関係してないように見えた。
しかし、読み進めていく内に遠乃がこの資料を渡してきた理由はわかった。
犯人はオカルト誌のライターで、事件前に自宅へ送られてきた『何か』を調査していたこと。
犯行の動機が不明で、被疑者の精神には心神喪失等の異常が見られたこと。
……最初の頃に見た、噂話の一文を思い出した。
――もし完全に呪われたら、自我を失い、人としては死んだ状態になるという。
断定はできない。しかし、これが無関係だとも言い切れなかった。
もし、もしも推測通りなら。
僕たち以外にこのゲームを送られた人がいて、被害にあっている。
「……遠乃?」
無性にあいつのことが不安に思って、焦燥感に従うように目を向ける。
――そこには、ナニカに飲み込まれかけていた遠乃の姿があった。
雫や千夏たちのように目は漆黒に染まり、表情は能面が張り付いたようで。
な、何でだ!? 先ほどまでは何ともなかっただろう!!?
「…………」
「お、おい! 遠乃!!」
僕は遠乃の両肩を後ろから掴み、強引に体を揺さぶった。
しかし反応が見られない。揺さぶられるまま頭がガクガクと動いている。
ちょっと待て。雫や千夏たちの時より増して、ひどくなっていないか……!?
「う、うん……?」
僕は、どれくらい必死に助けようとしていただろうか。
遠乃の体に力が加えられたと同時に、彼女は微かな声を漏らした。
「遠乃!!」
「うっさいわね! そんなに怒鳴らなくても聞こえているわよ!」
「あ、悪い……」
鬱陶しそうに肩を掴んでいた僕の手を払い除けた。
……ほ、本当に良かった。いつもの遠乃に戻ってくれたらしい。
「でも、ありがとう。約束は守ってくれたようね」
「そんなの、当たり前だろ……」
「なんか、進めるの難しくなったから敵を片っ端から倒していたんだけど……。やっぱり、あたしにはこういう単純作業が向かないみたいねー」
そう笑い飛ばして、腕を上に挙げ体を伸ばしている。
遠乃は特に気にしてない様子みたいだ。
しかし、あの状況を実際に見てしまった僕は心配で仕方がなかった。
「こっちは資料を読み終えた。遠乃、交代だ」
「えー、大丈夫でしょ。心配しすぎ」
「いいから。お前は情報でも集めていてくれ」
「……はいはい。でも、あんたがおかしくなったら容赦しないからね!」
「ああ、承知しているさ」
ぶつくさ言いつつも、遠乃が椅子を譲ってくれる。
情報収集を任せるというのは、ゲームから引き離すための方便だった。
もうあんな遠乃を見たくなかった。それなら僕が呪われた方が良いくらいだ。
纏わりつく嫌な感覚を振り切るようにゲームを始める。洞窟の中からだった。
時間がない、先を急ごう。所詮は昔のゲーム。複雑なシステムはないはずだ。
『どうくつバットのむれがあらわれた!』
洞窟の出口を探しながら歩いていると、モンスターに遭遇してしまった。
すぐに逃げ出したいところだが、RPGにはレベルがある。
低いレベルのまま進めてクリアできなくなったら本末転倒というものだ。
気持ちは急ぎつつも、魔法のコマンドを使って一斉に倒す。
経験値が入って、パーティメンバーの4人のレベルが同時に上がった。
「うっ……!?」
その瞬間だった。僕の頭の中に何か入ってきた。
言葉に言い表せないような、不快な違和感のような。
それはどろどろとして、もやもやとして……何かはよくわからない。
最初の時は微塵も感じなかった感覚に、精神が乗っ取られそうになる。
しかしこの程度で弱音を吐くわけにはいかない。
正気を保つために精一杯歯を食いしばった。
――早くこのゲームをクリアしなければ。取り返しのつかないことになる。
その後も必死にプレイをし続けたが、一向に終わらない。
そもそもこのゲームの目的である魔王とやらが影も形も見えないのだ。
……いつになったらこのゲームを終わらせることができるんだ!?
そうやって生まれた焦りが不安に、不安が恐怖になって僕の心を満たしていく。
まるで袋小路にいるようだ。次第に自分でも何が何だかわからなくなって。
気づ居た時には頭の中は真っ白で、何を考えているのかもわからなくなって――
「そいやぁぁぁっ!!!」
「ぐはぁ!!?」
突然、横から衝撃が飛んできて、為す術もなく倒れた。
こんな阿呆みたいなことをしてくる奴は、一人しかいなかった。
「何するんだよ! 遠乃!!」
「最初に言わなかった? おかしくなったら容赦はしないってね!
「……だからってなぁ」
「ま、覚めたみたいだし良いじゃない?」
そう言って、こいつ特有の不敵な笑いを見せつけてくれた。
確かにこいつの言うとおり目は覚めた。覚めたが……少し腹立たしい。
でも、こうして実際に試したことによって、改めて実感したのも事実だった。
――間違いなく呪いは進行し続けている。
最初の雫の時は、1時間以上のプレイをかけて発生。
そうなっていても、少し揺さぶられただけで目を覚ました。
しかし、次の千夏では、ある程度の時間雫が揺さぶった後に何とか覚ました。
そして、今の僕たちでは、目を話した一瞬で発生して、覚ますのにも今の遠乃みたいに強烈な衝撃を与えたりしないと覚めなくなっている。
……ああ、僕たちはとんでもないものに手を出してしまったな。
後悔に似たような感情を覚えていると、急に電話が鳴った。遠乃だった。
「あれ、シズ……? 何かしら、ちょっと出てみるわね」
今日は休みの、雫からの電話。
別に問題はないはずだ。遠乃と雫は友人同士なのだから。
でも、どうしても、何かが起こるような予感が頭をよぎった。