第10話 怨想集いし淵叢なる怪異譚
今までの怪異、起きてきた現象を振り返ってみると。
やはり秘密が隠されているのは僕が見た夢と、この世界だろうか。
人々が笑顔と幸福に満ちた景色、すべてが焼け死に絶えた地獄のような景色。
ここに迷い込んだときから煙の息苦しさを感じていることから、あの祭りの光景は初めから偽りだったのだろう。
すなわち僕たちは集団で幻覚を見せられていたことになる。
――その現象が引き起こされた原因、それが怪異の原因となるはずだ。
“あ、ああ……ああ……しあわせ。なんでも、しあわせ”
“今日はお祭りだよ、しあわせな”
“ごはんだよ。おいしい、おいしい、ごはん。今日はしあわせで、何もかもがしあわせで、しあわせなお祭りだよ。”
その中でも僕が最も気懸かりになっていたのは、彼らの言動だった。
彼らはなにか言葉を発する時には決まって、繰り返しこう呟いていた。
まるで、今は幸せなんだと、これは美味しい食べ物だと、そのように思い込むことでそれを実現しようと暗示しているようだった。
そして、それが実現したかのようにこの空間では火の海が祭りの道に、泥や草が湯気を漂わせる焼き鳥の串に変化していたのだ。
――もしかすると、この世界そのものがそうなるように作られているのか?
“うーん、どうしようか。試しに中を開けてみようかな?”
“今度はあの扉が開いたら面白いのにって思ったから、開けようとしたんだ。そしたら簡単に開いて”
“大抵こういうのって開かないもんな。やる前から分かってたよ”
彼らが自分は人間だと、ここは幸せな祭りだと思い込んでいたように。
あの少女、アヤリが泥と草の物体を焼き鳥だと思い込んでいたように。
この空間は“暗示”“思い込み”を具現化する。そうなっているのかもしれない。
「いや、開くんだ」
「はぁ?」
「開かないじゃない。開いてくれでもない。開くんだ」
「何を言ってんだよ。」
そのように仮定するのなら、僕たちも同じことをすれば良い。
僕たちは帰ることができる。あの連中から逃げ出すことができる。
思い込みが、自己暗示がどれほど反映されるのかは分からない。
だけど、今はこれしか方法が思いつかない。ここから脱出する方法は。
「この世界は、人々の強い暗示や思い込みが具現化するんだ。先ほどまでの光景も、美味しそうな食べ物も、彼らがそう強く思い込んでいたことで生まれたものだ」
「いやいや、思い込みって。そんなので、こんな狂った世界を――」
「人の思いとは、軽々しくあり、重々しくもあり、時には非常識を成し遂げる。彼が言ったことが本当に起こっている可能性は十分にあるわ」
「お、おう。というか、お前もこういうのに慣れてるのか!?」
『オマエラハニゲラレナイ……ニゲラレナインダ……』
「って、き、来たぁぁっ!!? もう追いつかれるぞっ!!」
……僕たちは帰れるんだ。アイツラから逃げられるんだ。
変なものに惑わされないように目を瞑りながら、ゆっくりと手を掛ける。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。彼らのように、僕は心の中で自己暗示をした。
迫りくる以上に惑わされず、心を平常心にして扉を開こうとする。不思議なことに、今まで固く塞がれていたそれはすんなりと開いた。
「…………」
扉が完全に開くと、またもや空気や雰囲気が一転して変わった。
「こ、ここって。元の世界に戻ってこれたのか!?」
あらゆるものを焼き尽くす熱気も、纏わりつく殺気もない。
どこまでも普通で、怪異と最もかけ離れた日常。僕たちは帰ってこれたのだ。
力が抜け落ちたからか、僕が気づいた時はゆっくりと膝から崩れ落ちていた。
「あっ、誠也! みんな!!」
「今まで何処に居たんですかぁ?」
そして、そんな僕たちのところに遠乃と烏丸さんがやって来た。
「あの地域ですが、昭和初期に大規模な火災があったそうです」
あの後、すべてが終わった頃には、もう夕方になっていた。
今日は曇りがちなのとここがビルに囲まれた空間だから外から見える光は薄かったが、きっと夕日は輝いているのだろう。
僕たちは炎失峠からある程度、離れた喫茶店にて千夏の報告を聞いていた。
「元々多くの人が住む村があった地域だそうです。ですが、地元の例大祭の日に、火事が起こり、辺りが火の海となった……そのように記録されてます」
「そうなんだ。私たちが見た、あの火の海の光景がそれだったのかも」
「それと、死亡者の鎮魂のために社と石碑を設置したのも記録にあります」
「ふーん。鎮魂のためだったのね、あれ」
……なるほど。炎失峠の謎が解き明かされた気がする。
あの空間や炎失峠で起きた現象は、きっと火災で亡くなった人たちの怨念が淵叢となって引き起こされていた。
事故も燃える車体も、彼らが自分たちの世界に引きずり込んだ結果だろう。
「そして、もう1つ。それが起きたのは昭和初期の頃ですが……」
「昭和初期って、」
「はい、世界恐慌の後ですね。当然ながら、農村も貧困を強いられます。当時の現状は、それもう散々なものでした。作物が育たず、食料は得られず、農民は常に飢餓に苛まれ……挙句の果てには、人食いに手を出す者まで表れたとか」
「うわー、それはそれは。エグいですねぇ」
確か、昨日の夢で人を食らう光景を目の当たりにした。それだったのか。
それほどまでの飢餓。……泥や草ですらも口に入れていたんだろうな。
「そんな状況下だからか、村には極秘である宗教が蔓延したそうです」
「しゅ、宗教? 新しい神様とか仏様とか作っちゃったのかなぁ」
「困窮状態の集団なら考えられる話よね」
「いえ、特定の神や仏に縋るものではありません。怪しげな儀式を行うようなものだったようです」
「……儀式?」
「はい。村の住民が、自分たちは“幸福”であると一斉に思い込むことで苦難に満ちた世界を、幸せに満ちた世界に変えようとする、そんなものだったようです。おそらく集団で自己暗示を行うことで錯覚を引き起こそうとしたんでしょう」
それも僕は夢で見ていた。最初の夢で、燃え盛る火の海での出来事。
あの光景、事態が飲み込めてなかった僕には狂気の世界にしか見えなかったが、違った味方で見ると彼らなりの生存方法だったのだろう。
……まあ、炎失峠の噂を考えると、完全に暗示が行われて、怨念が消え失せたというわけではなかったみたいだが。
「幸せと思いこむことで苦難を乗り越えるとは……滑稽だけど、当時の現状を鑑みると考えものね」
「というより、それって。あの“幸福教”じゃないの!?」
「あ、そんなのがあったね~。あれが繋がってくるなんて……」
幸福教。ちょうど一昨日、夕闇倶楽部に寄せられた投稿があった。
“この世の何処かに“幸福教”という宗教団体が存在するそうです。殴られても、蹴られても、嫌な目にあっても、例え殺されたとしても、全てが幸福だと世界中の人々が強く暗示すれば、世界は幸せになるという教えを持っています。”
たまたま送られてきた投稿が、偶然にも炎失峠、同じ日の烏丸さんの投稿と繋がっていたとは。偶然もここまで来ると怪しく感じるような。
「これで以上です。あとは実際に体験された誠也先輩にお任せします」
「というか、よく調べてくるわね。感心したわ」
「こういうのには慣れてるので。地域の記録書とか新聞とか手当たり次第に集めて、見比べながら検証すれば、自ずと真実も見えてきます」
確かに禁呪の魔本の時も千夏の情報が重要な手掛かりになったっけ。
彼女の情報収集能力と、その姿勢。僕も見習わなければいけないな。
「さすが、ジャーナリストの卵だね。こな……ちなっちゃん」
「今、とんでもないあだ名で呼ぼうとしましたよね。止めてくださいよ、ここには愚弟のクラスメートが居るんですから!」
「えっ、えっ、今、なんておっしゃったんですかぁ?」
「あなたは黙ってなさい!」
「それにしても、シズが怪我をしちゃっただなんて。驚いたわ」
「……ご、ごめんね。心配かけちゃって」
そういえば。雫の怪我だが、診てもらったところ捻挫らしい。
病院に連れて行くのに時間がかかったが、大事に至らなくて良かった。
「シズが無事だったんなら構わないわ。それに、シズもシズで怖い目にあった分、良いこともあったんでしょ。こいつと」
「う、うぇぇ!? あ、うん。そうだね」
なんで、遠乃はこのタイミングで僕を見てくるんだろうか?
ちなみに怪我をした雫を病院に連れて行ったのは僕である。押し付けられた。
遠乃が連れて行けばいいじゃないかと提案したものの、否定されたどころか周りから悪いものを見るような目で見られた。僕が何をしたというんだ。
「あっ、それで思い出したけど、今回もあたしは怪異に会えてないわよね!?」
「日頃の行いが悪かったからじゃないですかぁ?」
「それを言うなら、あたしと同じだったあんたもでしょ!!」
「……本来なら、怪異に出会わないのはいいことなのだけどね」
七星さんの言う通りである。ちなみに僕は皆勤賞である。
今回の怪異は直接的な狂気といった要素が強かったから、ひどく疲れた。これから今までを思い出しつつ記録を残すことを考えると、なおさら憂鬱だったり。
「さっ、次回こそ怪異と遭遇を期待して、今日は打ち上げよ~!」
「僕は、もうしばらくは観測者として穏やかに生きていたいものだ」
「呑気なものね。……まあ、あなたたちみたいなのが居ても良いのかも」
「というか、七星って一体何なんだ? なんか呪術師とか言ってたけど」
「空耳よ。とにかく来週のCSに向けてデッキ組むわよ。付き合いなさい!」
こうして、今日も今日とて締まらない様子で怪異の調査は終わる。
あの炎失峠のことについて、僕が、夕闇俱楽部がすることはないだろう。
――だけど、僕には調べるべきことが残っている。“マモリガミ”のことだ。




