第8話 炎失峠の謎
人の気が皆無の静寂な峠道、しばらく僕は1人で歩いていた。
調査といっても昨日とすることは変わらない。唯一違うことといえば、何かが起きるかもしれないという根拠なしの直感だけ。
遠乃と烏丸さんは相変わらず飛び回ってるし、雫は物陰を探しているし、七星さんは七星さんで何か考え事をしている。
そんなわけで、僕も単独行動を取らせてもらった。誰かと話す気分じゃないし。
「……社、か」
不意に気になったのは、昨日の調査終わりに見つけた社。
雑多に生い茂る木々と泥濘んだ土を踏み分けて、社の元へと登ってみた。
社は案の定、独特な雰囲気を漂わせながらこの狭い空間に佇んでいる。
……この場所。何故か印象に深く刻み込まれる。何かが潜んでるような、理由もないのにそんな感覚がしているようだった。
とりあえず、昨日は詳しく調べられなかった社を調べることにしてみた。
「…………」
見た限りだと、普段なら気にもならないような存在だった。
昨日、遠乃が言っていたように、何故このようなものが設置されたかは気になるけど。だが、確かめるにもここの歴史が必要だ。要するに千夏待ちだった。
次に社の元の、雑草で隠されていた石碑を調査することにした。
相変わらず掠れたあの漢字が目についたが、それ以外にも隅々まで見る。
石碑の裏には細かい文字がずらずら並んでいる。表以上に損傷が激しく読めないものが多かったが、どうやらこれは名前みたいだった。
といっても、それが何を意味しているのかは定かでないし、それほど僕は真剣に見ていなかった。
――アヤリ。掠れながらもはっきり残っていたこの文字を発見するまでは。
“アヤリと一緒に行こっ。今日はお祭りだよ、しあわせな”
それは、夢で出てきた少女の名。
いや、人の名である以上、本人だと確信できるわけがないのだが。
だけど、もしかすると。今まで浮かび上がっていた疑念が正しいのなら。
確認するため、ここから木々の隙間を縫って炎失峠の全貌を眺めてみる。
その瞬間、峠道が夢で見た景色と重なった。あの時みたいに屋台こそなかったが、確かにあの道と同じに見えていた。
記憶を駆り立てているその光景から、僕はとある仮定を組み立てた。
――仮定の要になったのが僕の見た2つの夢。それには共通点があった。
1つ目は“アヤリ”という少女。必ず彼女が夢に登場していた。その名前は石碑の片隅に刻まれていた名前と一致している。
そして、2つ目が、どちらもこの炎失峠の場所だったということ。
燃え盛る火の海だったから、屋台が立ち並ぶ祭り道だったから。確証は持てないが、道の形といい雰囲気といい重なるものが多かった。
とはいったものの。仮説はただの仮説に過ぎない。偶然の一致の可能性もある。
そもそも僕が見た悪夢が何を意味していたのかすら分かってないのだから――
「おーい。誠くーん」
あれこれ考え事をしていると、どこからか雫の声が聞こえてきた。
「ふぅ。やっと来れたぁ」
「はぁ、はぁ、前も思ったけど、この坂きついわね……」
「どうしたんだ、2人とも」
息を切らしてやってきた雫と七星さんに、僕は問いかけた。
「えっと、とおのんがね、茜ちゃんを連れて向こうに行ったから……」
「この女が、社を調べようよ~なんて言い出したのよ。面倒くさいわ」
「ごめんね。でも、付き合ってくれたのありがとね、葵ちゃん」
「べ、別に、あなたのためじゃないわ。暇だったからよ。それだけだわ」
……わかりやすい反応をするな、この娘は。
烏丸さんが彼女を弄りたくなるものわからないでもなかったり。
それと、どうやら僕と同じ理由で2人とも、ここに来たようだった。
まあ、昨日の時点であの峠道はほとんど調べ終わっていたし、そうなるか。
「それにしても、けっこう古いものだよね~。これって」
「ボロボロで、苔だらけで、いつ壊れてもおかしくない感じだわ」
そして、感想も僕たちと同じようなものだった。
やっぱりこの峠にはなにもないのか、僕の直感は外れていたのか。
「うーん、どうしようか。試しに中を開けてみようかな?」
「止めておきなさい。ろくなことにならないわ」
「そうだよね~。……って、あれ。何もしてないのに勝手に開き始めた?」
「ど、どういうことなのよ!」
と思っていると彼女たちのとんでもない会話が聞こえてきた。
社の扉が勝手に空いた? どういうことかと僕もそこへ駆け寄った。
「あれ、中は空っぽ――えっ?」
中身を凝視し、空だったことを確認した次の瞬間。
急に、今まで吹いていた風が止んだ。それも不自然なほどに。
風向きが変わったり、弱まったりはあるだろうが、あまりにもおかしい。
これは異常だ。もはや別の場所にワープさせられたような感覚だった。
「ふ、雰囲気が変わった……!? どういうことなの……!?」
七星さんも同じものを察知したのか、動揺してるようだった。
彼女の言う通り、雰囲気も違う。おかしいと僕の五感が告げている。
何かに駆り立てられるように空間から踏み出して、外の世界を見てみた。
「ここ、どこなの……?」
僕と2人に飛び込んできたその場所は、確かに炎失峠だった。
だけど、僕たちが知ってる世界とはあまりにも隔絶されたものだった。
……祭りの屋台。今日の夢で見たものと酷似したもの。それが道の端に並ぶようにして埋め尽くされている。一種の縁日みたいだった。
そして、人。これもどこか今日の夢、昨日の夢で見た人と重なった。
ある人は屋台で食事を、ある人は談笑を。そして、多くの人が祭り囃子に合わせて踊っているのが見えた。
何だ、何が起きたんだ。この瞬間で、ここで何が起こったというんだ!?
「もう少し近くに寄ってみようか」
「う、うん……こほっ、こほっ。……なんだろう、息苦しいや」
「……そうね。それと焼けたような匂い、何かしら?」
確かに息苦しい。それに鼻と喉の奥が少しだけ痛い。
不自然な感覚に疑問を抱きつつ、あの連中に近づいていく。すると、彼らのことが、そして彼らが何かを呟いているのが聞こえてきた。
「しあわせだ、しあわせだ、しあわせだ、しあわせだ、しあわせだ、しあわせだ」
訳も分からないまま、半ば呆然とした状態でその光景を見ていた。
すると、ちょうど僕の視線の先である男性がよろけ、口から泡を出して倒れた。
そして、それを他の人は気に留めず踊り続けて……男性の頭を踏み抜いた。周りに鮮血が飛び散ったが、踏みつけた張本人は表情を変えずに踊り続けている。
それが引き金になったかのように、次々に人が倒れて、それが踏まれていく。
ぶつぶつ、ぶつぶつと。“しあわせ”を謳いながら、彼らは地獄のような光景を創り上げていた。
……それは、まるで昨日の夢、火事の中で狂喜に踊る彼らみたいだった。
「あ、あの人たち。大丈夫なの……!?」
こんなの、まともじゃない。しあわせ、しあわせだと宣ってるが、何が幸福なのか。そんなのは、ただの自己暗示じゃないか。
そもそも僕たちは何処に居るんだ。現実世界ではないのは確かだが、それだけだ。そして、彼らは一体何者なんだ。
「み、見てっ。あ、あれって!」
突然、隣の雫が口元を抑えながらだけど声を上げた。
僕も指先の方向を見て、言葉を失った。まさか……。
その道の端っこでは、そこで隠れるように蹲っていた宏がいた。




