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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第5章 炎失峠と幸福世界
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第3話 炎失峠にて

 あのMバーガーの店舗から数十分ほど僕たちは歩いて。

 国道から距離を大きく外れた場所、人の気配が消え失せた土地。

 道の途中には無数の墓が佇む墓地。その先にあるのが――“炎失峠”だった。

 入り口には車両通行禁止のバリケードが設置されている。そのためか、ここに来てから車やバイクの音は一切耳に入ってこない

 木々の枝が張り巡らされて生まれた薄暗さが、暗い雰囲気を駆り立てている。

 ……なるほど。この陰鬱な雰囲気が漂っているのなら、心霊スポットと噂されても仕方がないかもしれない。ここに来て、改めてそう感じた。

 

「雰囲気的には良さそうですよねぇ。それで、どうですかぁ、葵ちゃん。幽霊の匂いとか分かりますか?」

「私は犬じゃないわよ! まあ、不吉な感覚はあるわね」

「ふぅん。“神林”様がそうおっしゃられるのなら、正しいかもね」

「神林って呼ぶのを止めなさい。比良坂……えっと、なんか」

「とおのよ! と・お・の! 神林って呼ばれたくなかったら、ちゃんと説明しなさいよー。呪いのゲームのこととか、神林のあれこれとか」


 ……なんか、険悪っぽくもそうでない空気が流れている。

 ある意味、夕闇倶楽部らしいといえば、らしいとは思えるけども。


「お前ら、毎回こんなところに行ってんのか。雰囲気あるなぁ」

「……馬鹿な真似はしないでくれよ?」


 そして、宏は宏で相変わらず呑気だった。羨ましい限りだ。


「それにしても何で心霊写真なんて、こんな辺境の地で。騒がしいの」

「実は心霊写真コンテストがありまして! あと私は烏丸茜です!」

「えっと、茜ちゃん。それはつまり……」

「我が校の写真部総出で写真を取りまくったんです。5万ですよ、大賞は!」

「げ、現金だな……」

「それで本題なんですが、すでに解明されてるってどういう意味ですか?」


 大金に目を輝かせてた烏丸さんが、我に返ったように真剣な表情に。

 み、身の変わりようが素早い。何というか器用だな。彼女は。


「まず、炎失峠の噂をまとめましょうか」


 ……おおう。何時になく遠乃が真面目だ。先輩面できる相手がいるから張り切ってるんだろうか。いつもそうなら僕としても良いのに。


「この場所が事故の多い空間であること、そして事故を起こした車が燃え上がったことが噂の始まりね。そこから子どもの声や変な音声が聞こえたり、心霊写真が撮れたりといった情報が噂されるようになった。こんなところね」

「そうですね。つまり、子どもの霊が事故を起こさせたのでは!?」

「あのね、何でもかんでも霊のせいじゃないわ。現実的に考えてみなさい」

「まさかオカルトサークルの方々に言われるとは思いませんでしたねぇ」

「……喧嘩売ってんの、あんた。まあ、丁寧に説明していきましょうか。初めに、何故事故が多発したかは何となく分かるでしょ、ここに来ればね」


 遠乃がしたように、僕を含めた皆が炎失峠を眺める。

 急でないにしろ、カーブが多いために前が見えにくい道先。

 木々に囲まれて、葉が生い茂っているせいか日の差し込まない暗闇。

 今でこそ同様にバリケードが張り巡らされているが、飛び出してくださいと言わんばかりに見渡しが最悪な合流地点。


「あぁ……そりゃ事故りますよねぇ」


 そう。心霊とか以前に、ここは事故が起きやすい道だったのだ。


「おまけにね、車が通れなくなるまでは不良の走り場だったの、この近辺。こんなところを暴走しようものなら、そりゃ事故の1つも起こるでしょ」

「た、確かに、そう言われてみれば! じゃ、じゃあ、子どもの声という怪奇現象はどうなんでしょうかぁ!?」

「子どもの声なんて聞こえてもおかしくないでしょ、あれがあるし」


 遠野が指した方向には、小学校があった。

 おそらく子どもの声とは校舎の方から聞こえたものだろう。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花と言われるように、心霊スポットというバイアスがかかった状態なら、子どもの霊の仕業だと考えてしまうかもしれない。


「な、謎の音声というのも」

「あっちにテレビ局のスタジオがあるの。たまに音声が漏れるのよね」


 遠乃の視線の先、フェンスの向こう側には物々しい施設がある。

 地元のテレビ局の施設。放送するし、時刻を教えるアナウンスもするスピーカーがある。年々劣化してるようで、不気味な音が出るという。

 ……つまり、ほとんどの怪奇現象は単なる錯覚。これが、子ども時代の僕と遠乃が解明した怪異の正体だったのだ。

 その事実を聞いた瞬間、烏丸さんが脱力した表情でその場に垂れ込んだ。


「はぁ……。怪異って正体が分かったら大したことないんですねぇ」

「そりゃそうよ。人間の1番の恐怖は理解ができない、正体がわからないだから。その恐怖がなくなれば、怪異だろうが何だろうがどうでもよくなるのよ」


 未知なる存在も、暴いてしまえば既知の存在。

 遠乃の言うとおりなのかもしれない。今までの怪異だって真相が分かれば、案外しょうもなかったものだったわけだし。

 だけど、知らなかった何かが見える。それはそれで魅力的でもある。

 ここ、炎失峠も違わない。何故なら当時の僕たちにも分からない謎があった。


「でもね、分かってないところもあるのよね」

「えっ?」

「何故ここは炎失峠と呼ばれてるか。車体が炎上したという噂があるか」

「あっ、そういえば!」


 名前の由来でもある炎上。何故事故を起こした車が燃えたのか。

 噂で事実が塗り替えられることがある一方で、何もないところに噂はできない。それが成立するには、それだけの事実が積み上げられているはず。

 事故を起こしたどれくらいの車が燃えるかは知らない。だけど、噂になるくらいだ、きっと異常な何かがこの地に眠っているはずだ。

 あいつが今回の調査をしようと考えたのも、これが大半を占めてるのだろう。


「あと首なしライダーとかの噂もあるのよね。まあ、噂なんて尾ひれどころか頭くっついて大きくなるもんだし、気にしなくても良さそうだけど」

「もしかして、あの心霊写真の真相は分かってなかったり?」

「そうそう。とにかく調査を初めましょ! 行動あるのみよ!」

「もちろんですぅ! 葵ちゃんも協力してくださいねぇ」

「わかったわよ。はぁ、帰りたい」

 

 こうして、随分と大所帯な今日の調査は始まったのだった。

 ……こんなに大人数だと幽霊も出てきにくいんじゃなかろうか。そんなことを思ったけど、口にすることはなかった。




 調査が始まってから、少しばかりの時間が流れた。

 各々が自分勝手に何やらやっている。調査とは名ばかりのものである。

 遠乃は雫と烏丸さんを連れて頑張っているようだ。写真を撮るやら手当たり次第に物色するやら忙しなく動いている。

 千夏は持ち出した、というか遠乃に強引に持ち出された新しいレコーダーを使って、この場所の録音をしていた。

 心霊の声を聞こうとしてるんだとか。案の定、千夏は半身半疑そうだけど。

 宏は宏で珍しい経験に喜々してるのか、子どものようにあちこち回っている。

 そして、僕は暇だった。やることといえば、寂れた道を往復するくらいか。

 さて、どうしたものかな。とりあえず周りを見渡してみた。


「やっぱり不吉なだけ。大したことはなさそうね」


 すると、つまらなそうに前を見据える七星さんを見つけることができた。


「七星さん、ちょっと良いか?」


 良い機会だと思ったので声をかけてみることに。

 若干の敵意を込めた視線を向けつつも七星さんは応じてくれた。


「比良坂遠乃の隣に居た。あお……あか……どっちかしら」

「……青原。青原誠也だ」

「青原誠也。覚えておくわ」


 思うと、七星さんと会話をするのは初めてだった気がする。

 名前を間違えられてるわけだし。青と赤で悩まれるとは想定外だ。


「そういえば、言い忘れてたが。異界団地の件ではありがとう。君からの情報がなければ脱出できていなかった」

「律儀ね、あなた。別に私の力じゃないわ。あなたの行動の賜物よ」

「そんなことは。だが、気になることがあった」

「あの団地で? 何かあったのかしら?」


 唐突にノートのことを思い出した。異界団地で見つけたノート。

 所有者は七星顯宗。彼女の祖父に当たる人物だ。

 その内容もさることながら、僕は最終ページの“あれ”が気になっていた。

 ……もしかすると彼女なら、知っているかもしれない。


「“マモリガミ計画”を知っているか?」

「何のことかしら。私に関係あることなの?」


 だが、彼女は知らないらしい。何故かホッとしていた。


「実は、異界団地で見つけた七星顯宗のノートに書かれていた」


 七星顯宗。この名前を聞いた瞬間、七星さんの眼が見開き僕に迫ってきた。


「そんなものはすぐ手放しなさい! あいつの所有物なんてロクなもんじゃない! あ、あと、それは私のものでしょ。だから返して!」

「分かってる。あのノートは君の物だ」


 元よりノートは彼女に返還する予定だった。

 コピーは取らせてもらったから用もない。だけど、この際だ。あのノートのこと、少し利用させてもらうことにしよう。


「だが、その前に。君に1つだけ質問したい」

「……何かしら。馬鹿なことを聞いてきたら怒るけど」

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