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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第4章 異界団地
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第17話 404号室

「ここか……?」


 今、僕たちは404号室の前で立っている。

 こうして目の前に居ると、一段と鬱蒼と奇妙な雰囲気が垣間見えた。

 それが僕の直感なのか、何かのバイアスなのか、それは分からなかったけど。

 ちなみに、途中で電話をかけ直したが、彼女たちと繋がることはなかった。

 本当に人形を壊すことで外に出られるんだろうか。未だに不安は大きいが、千夏の様子を見る限り、今すぐその方法に賭けるしかなさそうだ。


「あっ、ここだけ表札がありますねぇ。大内さんですって」


 そんな時に耳に入ってきた烏丸さんの呑気な声。

 ……大内か。あの夢で、男がそんな名字だったはずだ。

 思うことがあるので、後ろを振り返る。霧みたいなもので覆われて地面は見にくかったが、高さはあのときに見たものと同じように見えた。

 つまり夢の中の男は、七星顯宗と大きな関係を持っていた可能性がある。

 そして、彼は神林様ということも言っていた。――七星と神林。電話の向こうの少女も同じ2つ名前を名乗っていた。どういうことなんだろうか。


「うっわぁ~。ものすごい部屋ですねぇ」


 そして、気がつくと、烏丸さんがすでに扉を開けて侵入していた。


「おい、もう少し慎重に」

「こういうのは行動あるのみ! ほら、早く入ってくださいよ!」


 まったく。追いかけて僕も入ると、確かに部屋はひどい有様だ。

 この部屋の中で嵐でも起きたのかと思うくらいに物や家具が散乱している。

 そして、見渡す限りには、濃い赤や黒の色で塗られた禍々しい魔法陣。

 それ以上に多いのが、耳なし芳一を思わせるくらいに詰め込まれた呪詛の数々。

 おそらく、内容から察するに他の住民に対するものだろう。到る場所に存在するそれは、文字越しで伝わってくるほどの薄気味悪さを放っていた。


「はぁ~。怪物から逃げ込んだ先があの部屋でほんとーに良かったですよぉ。こんなところに隠れてたら、1日持たずに頭おかしくなっちゃいますって」

「怪物。そういえば、君は怪物と言ったな」

「そうですけど? あれ、お二人は出会わなかったんですか?」

「いや、まったく」

「会いませんでしたね」

「ええ~。どんだけ幸運なんですか、あなたたち!」

「そんなことを言われてもだな。本当に居たのか、その怪物が?」

「はい! 見間違いとかじゃ絶対にないですよぉ!!」

「そ、そうなのか」

「でも、それから一度も遭遇してないですけど! 私も幸運でした!!」


 ちょっと待て。それは不可思議じゃないか? 

 彼女がここに来てからの時間は知らないが、数分数時間の話ではない。

 狭い団地棟の中、ずっと部屋に居続けた彼女が襲われてないのか?

 それに、僕たちは怪物を目撃していない。部屋の探索なんて大胆なことをやっていれば、すぐに相手側が気づきそうなのにも関わらずだ。

 何で怪物は襲って来なかったんだろうか。もし考えられるとすれば、彼女の見間違いか、それとも怪物側に僕たちを襲えない理由でもあったか。


「あっ、人形を見つけましたよ!! さっそく壊しましょう!!!」


 そして、ここまでの思考を大声で止められた。

 何だろう。先ほどから彼女に流れを全部取られているような。


「ちょっと静かにしてくれ。あと部屋を探索するから待ってほしい」

「ええっ? 大丈夫なんですかぁ、そんなゆっくりしてて」

「千夏があの様子なんだ、すぐに終わらせるつもりだ」


 そう言って、僕は部屋のものを踏み分け、めぼしいものを探し始める。

 だけど、先ほどの通り、千夏がいる以上は時間をかけるわけにはいかない。

 迅速かつ丁寧に、そして今までの情報の整理も並行して調査をする。

 ……とはいっても、部屋の中で人形以外に異様な物は見つからなかった。

 他にも候補はあったのは事実だが、疑おうとすれば何でも疑わしくなるし、逆なら気にしなくても良い、そんな境界線に位置するものばかりだ。

 仕方ない、こういう時は片っ端からやるしかない。まずは、この部屋にはミスマッチだと思える2つの麻の袋を探ることに。どうやら何か入ってるみたいだ。


「烏丸さん。そちらの袋を僕に見せてくれないか」

「はいはーい。これですね! あっ、中身が……これって?」


 その袋から出てきたのは、四角い形状をした多数の何か。

 これは保険証に、免許証など。すべて身分証明書か。何でこんな物が。


「もしかして、この部屋にはヤの方々がいらっしゃったのではっ!?」

「違うと思うぞ。推測だが、これはここの住民のものなんだろう」

「そりゃそうですよねぇ。でも、なら何故ここに集められてたんでしょうか?

 はっ! もしかして、悪徳な金貸しさんたちが取り押さえとかで!?」

「時折、君の能天気さが羨ましくなるよ」


 異界の中でも自由奔放な彼女に辟易しつつ、調査を再開する。

 もう1つの袋には、葉書や手紙などのタグ位が詰め込まれていた。

 この団地等の住宅のポストは封じられていたことから、その結果なのだろう。


「うっひゃ、たくさんの手紙。それにしても、ここの家って何故ポストをガムテで塞いだりなんかしてたんでしょう」

「外からの繋がりを絶つためだろう。異界を作り上げるために」

「ええー。本当にそれだけですかぁ? だって、今でゆーところのSNSとかメールとかが禁じさせてたんでしょ? それだけのことをするなら、もっと他に重要な意味があるんだと思いますけどねぇ」

「……なるほど。そういう考え方もあるよな」


 普通に頷けるものだった。烏丸さんの意見も一理ある。

 手紙や葉書を届けないようにした理由が他にある可能性はそんざいするだる。

 だが、その他の理由は予想すら立てられない。彼女の言う通り、外との接点がなくす必要があったほどの何かがあるのなら……うーん。


「まあ、言っといてなんですが、今は保留にしときましょう!」

「そうだな。他を探していれば、分かるだろうしな」

「それで、他に面白そうなのは……どこにあるんでしょうかねぇ」


 袋の次に、僕が気になったのが部屋の奥側にある本棚。

 ほとんどの家具が倒壊しているのに、あれだけは無事に佇んでいる。

 不思議に思っていた僕は近くに寄って、も観察してみることにした。


「これだけ、変だな」


 すると、他の本とは雰囲気の違った紫色のノートを見つける。

 気になったので、それを手に取ってみることに。他は背表紙からして法律関係の本で埋め尽くされているのに、これだけは普通のノートだった。

 何かあるのかもしれない。僕はゆっくりとそのノートを開き始める。


「よーいしょっと! って、ああっ!! 壊れちゃいましたぁ!」


 その時だった。ぐしゃ、と軽くも耳に残る音が部屋に広がった。

 ……何だか嫌な予感が。恐る恐るその方向へ首を動かすと、そこには誤魔化すように引き笑いをしている烏丸さん、壊れた人形が床に転がっていた。


「な、何をしてるんだ、君は!」

「て、てへぺろ?」

「てへぺろじゃないだろう……。君という人は」

「ま、そちらも調査が一段落ついてたみたいなんで、結果オーライですよ!」

「そういう問題ではないと思うが。それに調査はまだまだ……」

「いやいや、そういう問題ですよ! って、これは……ひぃぃっ!!」


 いきなりの悲鳴で僕も思わず烏丸さんの視線の先を見てしまう。

 そこには、ぶよぶよとした干からびている物体が何個か転がっていた。

 あの日記に書かれていた製造方法からすると……これは人間の臓器だろうか。

 それを知っていた烏丸さんは悲鳴を上げて、僕だって無意識の内に顔をしかめた。こういうものは見ていて、気持ちの良いものでは決してないからだ。

 だが、この状況で最も異様だったのは、そんなことなんかよりも僕の横の


「…………」


 千夏が無感情のまま、それをじっと見つめていること。

 どうしてしまったんだ? 僕がそう彼女に声を掛けようとして。

 ――人形の残骸から黒い気体状の何かが飛び出し、襲いかかってきた。


「うわぁ! 何なんですか、これぇぇっ!! お、お守りぃ!!」


 全身が気体に飲まれた瞬間、不快感が脳の中で暴れまわった。

 まるで頭の中身を覗かれて変な風に弄られている、そんな不快感だ。

 更に有るのが、名状しがたい不安。決して明確ではなく、ふわふわとしているものだが、大事な何かが抜けていくような感覚を覚えさせる。

 気を抜けば、飲まれる。だけど、何とか気を持ち続けて自己を保った。そうしていく内に、次第に僕の目の前からゆっくりと闇が消えていく。

 気体が霧散して視界が開けた時、真っ先に気懸かりなのが千夏だった。


「だ、大丈夫か! 千夏!!」


 何よりも優先して千夏の元に駆け寄った。だが、しかし。

 彼女の心はここには存在しない。そうとしか思えない表情をしていた。


「チナツ? 誰でしょうか。それに、私は」

「おい、千夏……?」

「私は、誰なんでしょうか?」


 千夏の口がそう言葉を告げた瞬間だった。

 壊れた人形の、その影が歪み、集まて、形を生み出し始めた。

 徐々に成人男性に近い体型になっていく。その体の殆どは漆黒で包まれていて、唯一の光である眼は血走って猟奇的な印象を与えている。

 もはや、この世のものとは思えない正体不明の“ナニカ”。


「これです、私が見たのがこれですぅ!! でも、その時以上に、体がめっちゃがっちりしてます!! 何でかは知らないですけど!!!」


 ――それは、紛うことなき怪物だった。

 そして、そんな怪物の手には錆で変色した金槌が握られている。

 まさか。僕が思った瞬間に、怪物はそれを千夏の頭上に振り下ろした。


「危ない!!」


そうするよりも既の所で、僕は千夏に体当たりをして逃げさせる。

僕の体が千夏諸共吹っ飛んでいく。背後からは、金槌が床に叩きつけられたことで出た鈍器の鈍い轟音と物が壊れていく音が聞こえてきた。


「うっ、つぅぅっ!!!」


 千夏を守るように動いたことで壁に勢いよく激突してしまって、体に痛みが走った。しかし、立ち上がることはできるくらいだ。

 すぐに体を起こすと、虚ろな表情の千夏の手を引いて駆け出した。幸運なことに、出口は僕たちの方が近かった。


「逃げるぞ、千夏! 烏丸さん!!」

「…………」

「い、言われなくてもぉぉぉっ!! わかってましゅぅぅぅ!!!」


 あの怪物が迫ってくるのを感じながら、僕たちは部屋から逃げ出した。

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