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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第4章 異界団地
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第11話 とある男性の手記1

『4月19日

 今日から黒羽団地の生活が始まる。心機一転、日記をつけていく。

 未だに嫁さんも貰えん独身男性の生活など大したものはないが、少しでも色があるものにしたいし、自身の行動を振り返るきっかけになるのでやっていく。

 ……三日坊主には気をつけないとな』


 読んでみると、ある独身男性の日記だった。

 男性らしい太めの硬そうな文字で書き連ねられている。


『4月20日

 引っ越しの支度も一通り終わったので、今日は隣近所に挨拶した。

 最初はお隣の103号室に。ごく普通の四人家族のようだ。実に微笑ましい。

 次の102号室は、若い独り身の女性。女優志望らしい。

 メイクは濃く、軽々しい雰囲気とお近づきになりたくない人種の女性だった。

 最後は上の204号室。こちらも若い独り身の、それも美人の女性だった。こう言うと失礼かもしれないが、この人と親しくなれると考えたら心が踊る。

 しかし、1ヶ月には私と入れ違うように引っ越してしまうらしい。残念だ』


「今のところは普通ですね」

「そうだな。これからだろうか?」


 思っていたより普通の日記だ。

 その後も周りの住民たちがどうだとか、近所に良いお店があるだとか、男性の日常が細やかにつらつらと書かれているようだった。

 たまに今日は書くことがない、という一文で締め括られているのが日記らしい。

 それが何ページにも及んで続く。しかし、ある日を迎えると風向きが変わった。


『5月26日

 あの霊能力者、七星顯宗がこの団地にやってくるらしい。

 「怪異と深層心理の秘密」という講演を4号棟の中で開くようだ。

 東京とはいえ、こんな僻地の場所に遥々来られるとは。落ちぶれた役者や芸能人が地方の営業を必死にやるという話をよく聞くが、それなんだろうか。

 テレビには干された彼だが、住民からの人気は高く、浮かれているようだ。

 現に住民の井戸端会議の話題は彼でもちきり。講演に誘われたりもした。

 だけど私は参加しなかった。過激な発言を繰り返して人の注目を集め、人気を得るという質の悪いジャンクフードのような彼のやり方が嫌いだったからだ』


「ここで、その名前が出てくるか……」

「あっ、見ました? 敵意丸出しですよねぇ。七なんとかかんとかさんに」

「七星顯宗だ。まあ彼はオカルトマニアでも評価が分かれる人だからな。大抵の人には嫌われるし、逆にファンに熱狂的に支持される」

「ほへぇ~。青なんとか誠かんとかさん、物知りですね~」

「僕は青原誠也だ。君は名前を覚えるのが苦手なようだな」


 横槍を入れてきた烏丸さんに、辟易としながら言葉を返す。

 ……それにしても七星顯宗は何故この場所を訪れたんだろうか?

 まさに男の言う通り、この団地棟に来るメリットなんてないのに。


『5月29日

 何とあの男がここに滞在するらしい。上の階、404号室のようだ。

 甚だ疑問で仕方がない。彼のような人間にはもっと適した場所があるだろう』


 ますます彼の行動が、僕には理解できない。

 というのも、七星顯宗は非常に傲慢な人物だったからだ。

 自分以外の人間を見下し、支持しない者を神経質気味に攻撃し、自身を魅力的な人物だと誇張する。今でいうとサイコパスみたいなものだろうか。

 プライドの高い人間だから、このような辺境で生活するとは考えられない。

 しかし、日記の事実として彼は黒羽団地に住み始めた。

 その後は何回か公演を開き、その度に住民から支持を得ていったようだった。


『6月29日

 七星顯宗が来てから1ヶ月くらいか。住民たちが変わった。

 初めに笑顔が増えた。しかし、ギラギラとした眼での笑いだった。

 まるで目先の利益に塗れた獣のような眼。普通には思えないもの。

 それから棟の中に引きこもるようになった。外に出るのは遊びに行きたい無邪気な子どもと、私のような七星顯宗の講演に参加していない一部のものだった。

 更にはポストや郵便受けを塞ぐようになった。私の家にも勝手にやられた。

 電話やテレビすらも使用を禁じられるようになった。外から何かされていた。

 住民たちに理由を聞いてみると「外界との繋がりを絶つため」らしい。

 何で外界と繋がりを絶つのか、そもそも何故そんなことをするのか、そして私はそれに参加してないだろうと抗議したが、絶対に取るなと数人で脅された。

 とりあえず納得した素振りでその場をごまかす。まったく納得はしていないが』


 ポストの封鎖は知っていたが、テレビまで見れなくしていたのか。

 外界との繋がりを断ち切ると言うのが気になる。嫌な予感がしてきた。


『そして、毎度のように講習会に誘われる。行きたくないと伝えてもだ。

 最初は断れば納得した勧誘も、何故行かないのか、一度だけでも来るべきだ、来ないと地獄に落ちるなど、しつこく強引に説得されるようになった。

 まるで七星顯宗を教祖とした宗教に、団地全体で飲み込まれる感覚だ。

 ……この団地に何が起きている? 早く終わって欲しいと切に思ってしまう』


 男性の願いも虚しく、団地の異変は日に日に増していった。


『7月18日

 私の不安と真逆に、住民たちは幸せそうだった。

 彼らの会話から耳にするのは、願いが叶ったという言葉だった。

 どうやらあの男が “願いを叶える人形”の作り方を教えたらしい。

 何でも玄関に飾るだけで幸運を呼び込み、自分の願いを叶えてくれるようだ。

 ……バカバカしい。そんなオカルト、妄言にすぎないというのに。

 だが、住民のほとんどが信じていて、実際に願いを叶ったと主張する。

 また、その人形が作られてから団地全体がおかしくなりつつあるのも事実。オカルトなんて信じていないが、人形に何らかの裏がある予感は私にもあった。

 だから今日からその辺りを調べてみる。あの男の思惑は何なのか、確かめる必要がある。そして、この日記は万が一の記録も兼ねることにしよう』


 あの人形が部屋に飾られていた、細部が違って見えたのはこれだったのか。

 しかし、願いを叶える人形か。どこかで聞いた話にあるような。


「ここからですよ、面白いのは!」

「……考えたいから、茶々を入れてくるのはやめてほしい」


 その後だが、日記にもある通り調査をしたらしい。七星顯宗の講演に何回か転がり込み、住民に話を聞いたことで、何があったか聞き出せたという。

 団地に来たのは個人的な興味があったからだということ、郵便受けを塞いだのは彼の指示ということ、人形の製造方法は固く秘匿にされていること。

 断片的にだが有力な情報を得られ、男性の調査の熱も加速していった。

 彼が滞在する部屋に忍び込むという犯罪まがいの行為にも手を出している。

 ――そして、次の日。

 その日は、今までと比べものにならないほど荒々しく書かれていた。

 

『8月1日

 私の推測は正しかった。あの男は馬鹿げたことをしていた!!

 何が願いを叶える人形だ、やっていることは呪いそのものではないか!!

 とりあえず、落ち着くために、記録のためにも私の知った事実を記していく。

 人形のことだ。あれは、やはり碌でもないものだった。

 願いを叶えるという人の枠組みを変えた力を得るには、それ相応の、呪いにも似た願望と能力の獲得が必要になる。

 果たして、それは何なのか。それだけの願望を得るにはどうすれば良いのか』


 ここで区切られていて、続きは次のページだ。

 不安が煽られるまま、汗ばむ指でゆっくりと紙をめくっていく。

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