表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第4章 異界団地
45/156

第1話 他愛のない四人の一日

 どこまでも無個性で、灰色の共同住宅が立ち並ぶ。

 乱雑に生える木々と調和したように佇むそれは、物悲しさを形作っていた。

 耳を澄ませたとしても、聞こえてくる音は道を通る車のものだけで。

 人の声はあまり聞こえない。団地という人が住んでいるはずの区域なのに。

 思い返してみれば、行き交う人も少なかった。見かけるのは暇そうな老人だけ。

 大学から数駅、都内の辺境にある黒羽団地は重い雰囲気で支配されていた。


「…………」


 それに僕たちも毒されて、四人とも少しも言葉を発しなかった。

 ひたすら歩く。最初の目的も薄れていき、虚しい景色を眺めている。

 この団地には虚しさと懐かしさと、薄い恐怖が広がっているような気がした。


「本当に、こんなところに怪異があるのかしらね」

「……さあな」


 ぶっきらぼうに、首を振った。

 その返答を予想していたのか、遠乃はそう、と軽く囁いて口を閉じる。

 ……何故僕たち夕闇倶楽部は寂れた団地を来ているのか?

 それには昨日の昼下がりの、少々妙な出来事から話し始める必要があった。




 今日は、9月に入ったばかりの1日。

 悪夢のような暑さは途絶え、何とか生活できるくらいの気候になった。

 もちろん大学は夏季休暇。まともな大学生なら遊びやバイトに勤しむ期間。

 しかし、ありとあらゆる意味で常識が通用しないのが夕闇倶楽部。

 休みはない、ブラック企業ならぬブラックサークルは今日も開かれていた。


「それで、今日することなんだけど――」


 汚れたホワイトボードで陣取る我らが部長、遠乃が声を張り上げる。

 それを僕と雫、千夏の三人が聞く。至って普通の日常光景だった。


「みんなでさ、近所のデザート食べ放題に行かない?」


 ……帰ってやろうかな。遠乃が居る限り、帰れないと思うけど。

 実のところ、こんなことは今日に始まった話ではなかった。

 昨日は近所のショッピングモールで買い物。一昨日はプールで泳ぎに。

 そして、三日前はカラオケだった。休日だから麻耶先輩を呼んで歌ったな。

 僕と千夏以外がお酒を飲み、面倒を見るのが大変だったのはさておき。

 怪異を暴くサークルを自称する夕闇倶楽部らしくない活動の数々の連続だった。

 なのに不思議なことで、僕を含めて四人とも毎日休まずに来ている。

 

「……とおのんは良いよねぇ。モデルみたいに痩せていて」


 遠乃の発言に難色を示している雫。

 僕から見たら、雫の体型は太っているとは思えないのだけど。


「シズは気にしすぎよ! 十二分に痩せてるじゃない」

「でも、とおのんはもっと痩せていて、それにすらっとしてるよね」

「ああ、あたしってどんなに食べても肉がつかないのよね」


 その言葉を聞いた瞬間、雫の目から光が消えた。


「……とおのん、ちょっと話があるんだけど。いい?」

「ま、待ってシズ! 代わりにあたしに胸はないわよ!? ぺったんこよ!?」

「それでも良いよ! 太る心配しなくて良いんだからぁ!!」


 わいの、わいの。黄色い喧騒が部室に響き始める。

 どちらも本気で言ってるわけじゃないだろうが………。

 というより、こういう内容の会話を世間の女性の方々にするんだろうか。

 彼女たちが特殊なのか、それとも一般的な女性でも当たり前なのか。

 “普通の”女性との交流が乏しい僕には、分かりそうになかった。

 

「じゃあ、辞めにする? 最近オープンした店で気になってたんだけど」

「あのお店ですか……」


 次に口を開いたのは、お気に入りのカップで牛乳を飲んでいた千夏。

 うるさくても黙ったままだった彼女が、露骨に嫌そうな顔をした。


「どうしたんだ、千夏?」

「こないだ新聞部の方たちと一緒に行ったんですよ、そのお店」

「あら、そうなの?」


 確かにデザート食べ放題は何回も行く場所ではないな。

 僕も妹に連れられて行ったことがあるが、甘い物が多すぎて辛かった。

 味の良さを差し引いても、半年は行きたくないと心の底から思うくらいに。

 しかし、あの大学新聞がデザート食べ放題の店の記事を書くとは。

 基本的に読み物が好物である僕は、機会があればこの大学の新聞にも目を通していたのだが……そういう系統の記事が書かれることがなかった気がする。

 主に掲載されているのは学生が、教授が、のような大学関係の記事が殆どで。

 おまけで投資や起業情報など変な記事が端にある、のがイメージだった。


「これも無能先輩のせいなんですよね。レッドオーシャンを攻めるとか」

「……れ、レッドオーシャン?」


 き、聞き慣れない単語が聞こえてきたな。

 レッドオーシャン。日本語にすると赤い海。記者の業界用語なのか? 

 でも、千夏の口からそんな単語は聞いたことがない。……ますます謎だ。


「まあ、夕闇倶楽部の先輩たちでしたら行ってもいいですけど」

「ふっふーん。嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「……ちなっちゃんもさ、余計なお肉付いてないよね」

「私から見たら、その一般的な身長がめちゃくちゃ羨ましいですけどね」

「何でっ! ちな……こなっちゃんはそれが魅力なんだよ!!」

「誰がこなっちゃんですか! というか、先ほどの呼び方は普通でしたよね!?」


 ……ああ、再び始まった。

 女性の体型に関する話は男の僕には入りにくい。

 こちらに火の粉が飛んでくる前に終わらないかと祈っていると――


「失礼するよ」


 喧騒の中、はっきりした一声が部室に響く。

 同時に二人は話を止めて、声が聞こえてきた方へ一斉に視線を向けた。

 その先に居たのは見知らぬ二人の人物。

 一人目は黒縁の眼鏡を掛けた、今時珍しい七三分けの男の人。

 真面目そうな見た目だが、自信が滲み出ているような態度で僕たちを見ている。

 何というか……初見で失礼になるが、面倒で近寄りがたいような印象を受けた。

 もう1人が、長髪長身の大人びた様子の女の人だ。

 優しげな表情を崩さないその姿は、物腰柔らかい雰囲気を感じさせるもので。

 隣の男性とは違って人当たりも良さそうだ。明確な根拠はないが、そう思えた。

 と、まあ色々と観察させてもらったものの。

 それよりこの人たちは誰なのだろうか。そう思った僕が首を傾げていると。


「アポ無しで申し訳ない。今日は君たちに後輩の件でコンセンサスを得に来た」


 男性から告げられた謎の言葉の列。

 ……いや、意味は分かる。分かるが、意味を理解するのに数秒を要した。

 何故この男性は一般の日常で使わないような単語を使用してきたのだろうか。

 突然の来客に、突然の提案。僕たち三人が色々と戸惑っている時だった。


「む、無能先輩……?」


 見たことないくらい顔を引き攣らせた千夏が、そう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ