第14話 偶然にも重なった糸を束ねて
「……ふぅ」
「はぁ……。はぁ……。はぁ……」
人気のない裏路地での、束の間の休息。
一時はどうなるかと思ったが、路地で撒けたらしい。
どうやら先回りや回り込みのような高度な集団行動ができないようだ。
しかし、知能は低いとしても数だけは多い。早めに何か手を打たないと……。
「……はぁ。……はぁ。ごめん、誠くん」
「大丈夫だ。奴らは来てないみたいだし、今はゆっくり休もう」
しかし、雫が息を切らしているため身動きができないでいた。
あんな集団にしつこく追いかけ回されたのだから、仕方はない。
「わ、私たち、このままどうなっちゃうんだろうね……」
呟かれた雫の言葉。確かに、僕たちはどうなるんだろうか。
あんな輩が蔓延っている大学なんて、まともに通えるわけがない。
それに……狂花月夜の影響から逃れられ続けられるなんて思っていなかった。
この日はまともでも、次の日には……あの集団の仲間入りだって考えられた。
「でも。頑張るって決めたもんね。怪異を暴くって!」
「……そうだな」
「きっと、とおのんがいたら同じことを言うよ」
苦し紛れに笑う雫に、僕もつられて微笑を浮かべる。
しかし、本当にこれからどうしようか。
僕の予定では、あの店長さんの店で情報を聞き出そうとしていた。
しかし、間抜けなことに、逃げる際にお店の反対側へ追い込まれてしまった。
こうなるんだったら、講義を休んででも向かったのに。
まあ、終わったことを蒸し返してもどうにもならない。打開策を探そう。
「…………」
この状況で、怪異に対抗できる手段が1つだけ存在していた。
――あの女性が持っている魔本を破壊する。
魔本が狂花月夜を生み出したのなら、それを直接どうにかすればいい。
おそらく怪異に取り込まれた、あの集団だって開放されるはずだ。
実に確実かつ単純明快な解決策だ。それと同時に問題点も単純だった。
――その魔本は、それを所持している女性は何処にいるんだ?
店長さんからの、近所の常連という情報から近い場所にいることは推測できる。
だが、正確な場所までは分からない。そして無闇に探そうにも限度がある。
それを店長さんに確認しようにも、お店に辿り着くのは至難の業。
つまり、八方塞がりとまでは……言わないが、状況は厳しかった。
何か手がかりはないのか? そう思った僕は携帯を見る。
画面に映し出されているのはあのブログ。新しい記事が更新されていた。
気になったので読んでみると、その記事には簡単な詩が書き連ねてあった。
『魔力を高めたことで世界の人々は素晴らしい存在になった
世界を滅ぼすのは愚かな悪魔 その悪魔全てを滅すれば世界は安寧に包まれる
今もなお跋扈する生きている価値の無い悪魔どもは直に追放されるだろう
薄暗い木々の中、穢れた人間など存在しない神聖な山で、私は最後の儀式を行う
儀式で魔力を高め、我が身を神へと近づければ、世界は完璧に変革される
奴らのBad End、そして私のTrue Endはもう目の前に迫っている!』
「…………」
無言で携帯を閉じる。握った手には力が入っていた。
たった1人の我儘のために、僕たちの日常を壊されてたまるものか。
こんな稚拙な物語なんて終わらせる。この怪異に潜む秘密全て暴いてみせる。
それが、夕闇倶楽部なのだから。そう強く意気込んでいる時だった。
「あ、ちなっちゃんがいるっ! おーい、ちなっちゃーん!」
雫が、千夏を見つけたらしく大声で呼び始めた。
その先には、確かに1人で出歩いている千夏がいた。
お、おい。大丈夫なのか!? この状況で警戒せず話しかけて……。
「何ですか、雫先輩に……誠也先輩?」
その声に振り向いた千夏は、神妙な顔でこちらを見据えていた。
雰囲気を見る限り、こちらに危害を加えてくるようではなかった。
とりあえず………今は千夏を信用していいみたいだ。
「ちなっちゃん。何でこんなところにいるの?」
「そ、その……いや、先輩たちには伝えても大丈夫ですよね」
「えっと、何の話かな?」
「いきなりですけど、昨日の大学新聞はご覧になりました?」
「えっ。私は見てないな……」
「見たよ。僕は」
狂花月夜を一面に飾った気味の悪い新聞。
それを言いかけた僕を遮るように、千夏が切り出してくる。
「最近、この近辺で小動物行方不明事件を連続で起きてるんですよ!」
……ああ、そういえば、端の方に載ってたな。
色々あって忘れていたが、確かにあの中にあった。執筆者も千夏だった。
「可愛いわんちゃ――小動物が犠牲になってるのに、放っておけません!」
「さっすが、ちなっちゃん! 犬が好きだもんね」
「まあ、こうしていると、何故か頭が痛むんですけど」
頭痛がするのか、苦虫を潰したような顔をした千夏。
でも、彼女に調査を辞めようという意志は見受けられなかった。
どうやら千夏の動物愛、というか犬への愛は本物らしい。
「それで、調査でこの近辺を出歩いたり、近隣の方々に話を聞いたりしたんですけど……未だに決め手となるような情報を得られてないんですよ」
「……そうなんだ」
「変に計画された儀式的かつ猟奇的犯行ですので、何かしら目撃情報は出るはずなんですけど」
千夏の言葉を聞いた瞬間、僕の頭が急速に動き始めた。
――儀式的かつ猟奇的な犯行?
まさか……僕たちは手がかりを手に入れられたのかもしれない。
この怪異の基となった、あの魔本の所持者にたどり着く鍵を。
「千夏。その犯人、僕たちが追っている人物と同じ可能性がある」
「えっ? それって、もしかして!?」
どうやら雫も理解したらしい。目を丸くしながら驚いていた。
「……本当なんですか、それ?」
「断言はできないが、可能性は高い。だから協力させてくれ」
「私からもお願い、ちなっちゃん」
すがるような僕や雫の言葉。
それを受けて、疑問の視線を向けつつも千夏はゆっくり頷いた。
「……わかりました。情報を提供しましょう」
「ありがとう。助かる」
「ちなっちゃん、ありがとう!」
「きゃっ! だから、いきなり抱きつかないでください!」
良かった。承諾を得ることができた。
千夏の集めた情報。それは僕たちの予想を超えた、偶然の産物。
しかし、怪異に辿り着くための――確かな1本の糸でもあった。
「……とりあえず、これを見て下さい」
「地図?」
「はい。次の犯行現場はこの赤い点の幾つかに絞られます」
千夏が見せてきたタブレット端末に表示された地図を眺めてみる。
そこには千夏の努力を感じる多数のメモと、何個かの赤い点が存在していた。
「どうやって見つけたの?」
「元々この地域の捨てられた犬や猫がいる場所は調査してましたから。そこから犯行があった場所を除いて、犯行場所から犯人の活動範囲を絞ったというわけです」
「そうなんだ。でも、こんなに多くあるんだね」
「捨てるような輩に加え、それを保護目的で集める人もいますから」
まあ、保護という名の放置や飼い殺しなんですけど。
底知れない怒りがこめられた独り言を呟いた後、千夏は本題へと言葉を続けた。
「でも、情報不足でここから絞ることができないんですよ」
「……そ、そうなんだ」
「何か他に手がかりがあれば、いいんですけどね」
手がかりか。今までの記憶を遡ろうとして――辞めた。
厳密には、思い出すまでもなく見つかったというべきだろうか。
“薄暗い木々の中、穢れた人間など存在しない神聖な山で、私は最後の儀式を行う”
先ほどのブログの一文。これほど明確な答えは他に見当たらなかった。
「千夏、その犯行現場の候補に山の中とかはないか?」
「えっ? ……あ、1つだけ。中というよりは麓よりですけど」
「それでいい。おそらく、その場所が次の犯行場所だ」
「何で、分かるんですか?」
「確定ではないが、犯人だと思われる人物の文章に書かれてたんだ」
そう言って、ブログを見せてみることにした。
二人はまじまじと、食いつくように視線を向けていた。
「うわぁ……」
拒否反応のような声が、雫から上がった。
見てはいけないものを見てしまった、そんな反応をしていた。
「夕闇倶楽部に入ってる私が言うのもなんですけど、気持ち悪いですね」
「……同感だ」
思わず頷いてしまう。
僕はオカルトに理解がある方だと思うが……それでも嫌悪感を抱いていた。
文章から滲み出る女性の醜悪さや、オカルトはオカルトでも、スピリチュアルな分野に自身の妄想を暴走させているところが個人的に理解し難いのだろうか。
「とりあえず、その文章を根拠にするなら……確かにこの場所ですね」
千夏が地図で指し示したのは山の中にある場所。近くには雑木林がある。
どちらも決して大きくなかったが、動物や人を隠すには十分なものだと思えた。
「そうなるが……距離が離れてるな。外れた時が不安だ」
「でも、他に手がかりはないよね。ここに賭けるしかないよね」
「ここから行くと20分くらいです。時間がないので今すぐ向かいましょう」
「うん、わかったよ。ちなっちゃん」
犯人がいると考えられる山、その場所に向かおうとする僕たち。
――その時だった。微かに聞こえる足跡。
嫌な予感がして、隠れていた場所から顔を出してみた。
「いや……あ、あれって!!」
隣からの、怯えたように震えた雫の声。
視線の先には宮守さんに卯月。見知った二人が、変わりきっていた。
心を穿つ衝撃。動けないでいると、卯月の瞳が不自然に動いた。
「ミツケタ……。ワタシタチノテキ……」
感情のない低い声。でも、耳に侵入してくるような声。
それが連鎖的に周りの奴らをおびき寄せ、次第に足音が大きくなっていく。
「雫先輩、何を動揺してるんですか?」
そして、千夏はこの状況の異常さを認識できていないらしい。
その違いは気になった。だが、それを考える余裕はなかった。
もはや、一刻の猶予もないのだから。
「……行くぞ!」
「う、うん。わかったよ!」
「先輩たち、何で走り出してるんですか? ……うわわっ!」
事態が飲み込めてない千夏の手を、強引に引っ張って。
僕たちは全力で駆け出した。恐怖と絶望と、一筋の希望を持ちながら。




