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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第3章 禁忌の魔本と理想の主人公
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第12話 一息ついて、見えてきた真実

「ただいまー」

「……おかえりなさい」


 家に帰ると、今日も妹が出迎えてきた。

 玄関に上がろうとした時、依未が僕の顔を見上げてきた。


「……お兄ちゃん、吹っ切れたような顔してる」

「そうか?」

「……うん。……昨日よりもずっと」


 淡々とした口調の依未が珍しく、語気を強めている。

 どうやら今の気分は顔にもしっかりと出てるらしい。

 それが何処か嬉しく、ちょっとだけ照れくさいように感じた。


「そういえば今日の夕飯当番は依未だったよな」

「……そう。……7時ぐらいに夕飯できるから降りてきて」

「わかった。楽しみにしているよ」

「……うん」


 僕の返事に嬉しそうに頷くと、妹はキッチンに戻っていく。

 可愛らしい小さな背中を見送って、僕は二階へ上がった。




 自分の部屋。もっとも落ち着ける場所だ。

 鞄をその辺に置いて机へ向かい、パソコンを立ち上げる。

 さて、今の僕にできることをやっていこうか。

 その前に情報を整理するため、今までの出来事を振り返ることにした。



 まずは一日目。一昨日の出来事だ。

 本から出た何かに僕が殺されるという夢を雫が見た話から始まった。

 ……結局、その後の言及はなかったけど。ただの悪夢だったのだろうか?

 次はお昼頃に、千夏を除いた三人と宮守さんで昼食をとっている。

 その後、図書館から出てきた時に狂花月夜と取り巻きに遭遇した。

 当時は普通の集団と認識していたので、気に留めていなかった。


 次に二日目。昨日の話だが……色々と忙しかったな。

 朝の部室では、呪いの箱の影響を受けた雫と千夏が倒れて保健室に。

 不運な出来事が起きた、そんな時に狂花月夜と直接の対面。

 直後に僕は大学の外に出たので、関わることはなかったけれど。

 でも、そう考えてみると、遠乃にはあの女と居た時間がある。

 その時に狂花月夜が夕闇倶楽部に入ったんだろうか。……何があったんだ?


 最後に三日目。今日だ。

 僕を待ち受けたのは、気味が悪いほど倶楽部に溶け込んでいた狂花月夜だった。

 そんな光景にやるせない気持ちになった僕は早めに夕闇倶楽部を抜け出す。

 そして、訪れた先の大学図書館でも狂花月夜と遭遇してしまう。

 唐突に見せてきた小説に秋音が批判を突きつけたところ、取り巻きが激昂。

 僕の記憶から消すことのできない、どうしようもない騒動になってしまった。



 とりあえず、こんなものか。大体を把握できた。

 調査の初めに、検索サイトに『peaceful tale』と入力する。

 狂花月夜が見せてきた小説の名前だ。何か引っかかるかもしれない。

 すると、それと同名のものが見つかった。

 とある小説投稿サイトに投稿された小説らしい。

 ……おい待て、小説?

 心臓の高鳴りを感じながら、恐る恐るクリックしてみる。

 そこには、図書館で見たプロローグと同じ内容が書き連ねていた。


「……どういうことだ?」


 いや、よく見ると一箇所だけ違う。……主人公の名前だ。

 あの時に見た主人公のものは、取って付けたような単純だったのに。

 ここでは”狂花月夜”になっていた。

 この小説の主人公の名前が、あの女の名前となっている。どういうことだ?

 意味がわからないが、とりあえず続きを読んでみることにした。


「…………」


 相変わらず変な文章を読み砕く。しかし、主人公以外の変更点はなかった。

 本文には情報がないと判断した僕は、今度は作者欄に飛んでみた。

 ユーザー名はトリフィド。イギリスのSF小説に出てくる植物の名前である。

 悪趣味な名前だと思いながら見ていくと、下に作者のブログのリンクがあった。


「うわっ! びっくりした……」


 リンクをクリックした時、机の上の携帯が震えだした。

 ……心臓に悪い。送り主は遠乃からか。

 少しだけ躊躇いの気持ちもあったものの、出てみることにした。


「もしも――」

『あ、出たわね!! 今の今まで何してたのよ!!』


 出た途端に聞こえてくる、天まで轟く遠乃の怒鳴り声。

 ……鼓膜が壊れるかと思った。相変わらず人のことを考えない奴だ。


「悪かった。悪かったよ。事情があったんだ」

『ま、いいわよ。別に気にしてないしー。というか、事情って何よ』

「気分が優れなかった。それと個人的な用事があって帰らせてもらった」

『ふぅん。で、どうなの。今は?』

「大丈夫だ。すっかり気分は良くなったし、用事のほうも解消しそうだ」

『そ、良かった』


 雫に元気をもらったからなと言いかけたが、恥ずかしいのでやめた。

 それに遠乃のことだ。聞いたら絶対にからかってくる。

 口は災いの元、沈黙は金なりだ。触らぬ神に祟り無しともいう。


『でも明日は来なさいよ! サボったらタダじゃおかないわ!』

「わかったよ」

『あ、ちなみにあたしは午後から行くから。ちょっと調べることがあるのよ』

「了解。他の皆にはそう伝えとくよ」


 お願いねー、と軽い返事と共に電話が切られた。

 短かったな。だけど心を押しつぶそうとしていた重い何かは取れた気がする。

 あれを話題に出せなかったが、遠乃が影響を受けてなさそうなのも確認できた。

 僕と雫だけでどうしようもなくなったら、遠乃に話すのも良いかもしれない。

 反発はされるかもしれないが、聞き入れてくれる可能性はある。

 そう自分の中で結論づけたところで、スリープ状態のパソコンを立ち上げた。


「……何だ、これ」


 すると、そこには声を漏らしてしまうほど、異様な光景が広がっていた。

 少しは許容できる僕でも理解が及ばないオカルト的な何かに統一された装飾。

 気味の悪い画像があちらこちらで使われていて、非常に不快でしかない空間。

 記事の方も、見るのが憚られるような見出しの数々で思わず鳥肌が立っていた。

 はっきり言って、このブログの主は正気の沙汰とは思えない。

 そのように戦々恐々としながら眺めていると、、ある記事が僕の目に止まった。

 内容を翻訳すると「願いが叶えるという『禁忌の魔本』を購入」というもの。

 ……まさか? 心当たりがあったので、試しに見てみることにした。


「……嘘だろ」


 画面に広がってきたのは、改行もろくにされていない文字の羅列。

 しかし、読んだ瞬間に、問題は読みにくいよりも文章の内容だと分かった。

 非科学的で偏った知識に汚染された文章の数々、選民思想のといった隠そうとしていても隠せていない、そんな上から目線の物言いが鼻につく。

 ここまで人を不愉快にする文章を読んだのは、人生の中でも初めてだ。

 しかし、何とか読み進めてみると、とんでもない事実が浮かび上がった。


 このブログ主は平日の昼頃、近所のオカルトショップに行った。

 そこで願いを叶えてくれるという魔本を見つける。

 神の啓示を受けた(本人談)女性は、まさに運命だと直感し、購入を決めた。

 購入する時に店の人から色々と言われたらしいが……夢中になっていた女性はその内容を一欠片も聞かなかったらしい。

 しばらくして、女性は魔力を高めた後に本に書き込み、願いを叶えようとした。

 

「…………」


 この話には聞き覚えがあった。店長さんの話だ。

 願いを叶える呪いの本、それを購入したという女性。

 それらは記事の内容と重なっている。そして、決定打となったのはその続き。

 手に入れた本に記したというブログ主の願いだった。


 ――理想の主人公たる自身の作品の主人公を現実に具現化すること。

 ――自身が書いた物語のように、この腐った世界を変革していくこと。


 ここまで事実と重なれば、火を見るより明らかだった。

 あの魔本はこの女性が所有している。

 そして、狂花月夜は魔本に創造された怪異現象である。

 様々な事象で複雑化していた今回の怪異、その正体がやっと見えてきた。

 全てはこの女性の、歪な思想と欲望で生まれた幼稚な計画によるものだった。

 そして、馬鹿げた計画が『禁呪の魔本』という怪異で実現しようとしている。

 最新の記事を見ると、更なる魔力強化のために大規模な『儀式』を行うらしい。

 その儀式とは――犬や猫などの畜生を殺して、その血を飲むこと。

 千夏が聞いたら激怒しそうだ。倫理的にもアウトな話でもある。

 しかし、これはネット越しでしか覗けない女性の行動を知ることができた。

 どうやら今回の怪異、紐解くにはこのブログが鍵になるらしい。


「……お兄ちゃん、ご飯だよー」


 そう確信に至った時、出鼻を挫くように聞こえてきた依未の声。

 時計を見ると、確かに七時になっていた。時間が経つのは早いな。

 妹を待たせるわけにはいかないので、とりあえずリビングに向かった。

 パソコンは点けっぱなし。今の僕にはするべきことが山積みなのだから。

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