第10話 空っぽな恐怖と不思議な少女
「文章が稚拙ね。描写の引き出しも少ないし、美しさの欠片もないわ」
「…………」
「ちゃんと本を読んだり、日頃から情景に気を配ったりしてる?」
初っ端から容赦のない批判の数々。本当に想像を絶する作品らしい。
僕も興味を持ったので試しに一枚。中央から紙を引き抜いて読んでみた。
……うん。確かに文章が読みにくいな。
同じ描写が何度も繰り返されていて、何とも言えない気分になる。
文章自体もひどすぎる。とりあえず大学生相応の文章力はないのは断言できた。
「あと冒頭で主人公の設定を羅列するのはやめなさい。興味ないわ」
1ページ目を見ると、全てが設定で構成された無機質な文字群が目に突き刺さる。
目を痛めつつも読んでみると、開幕早々に、主人公は神と悪魔から生まれた禁忌の子……だとか体がむず痒くなるような設定が見えた。
続いて、10年に1度の天才だとか超人並みの力持ちだとか、老若男女問わず魅了する美貌の持ち主とか、あらゆる人から愛されるような慈愛に満ちた人だとか。
様々な設定で飾られ、いかに主人公が凄いか、嫌になるほど示されていた。
――まさに理想の主人公というわけだ。だが、それ故気持ち悪く感じた。
それと、作品の題名も分かった。『peaceful tale』というらしい。
「「「…………」」」
そう卯月が色々と言っていくと、周りの集団がざわつき始めていた。
――いや、殺気づくといったほうが正しいか。
この女を殺そうと言わんばかりの険悪な雰囲気が辺りに漂っている。
しかし、故意なのか、気づいてないのか、卯月は言葉を止めなかった。
むしろ狂花月夜に物申したいことが山ほどあるのか、語気を強めていく。
「肝心な物語の内容だけど、読んでて苦痛なレベルね。山場も葛藤がないせいで実に単調。全能の主人公様が成功して、周りから褒め称えられる。それの繰り返し」
「…………」
「主人公と比例して、他の人物の設定が薄い。まるで物語に服従する歯車ね」
「…………」
「とにかく文章力と人との関係描写を意識しなさい。退屈すぎて話にならないわ」
もはや小説と名の付いただけの紙屑ね、と吐き捨てるように呟いた。
読んでて苦痛、単調、退屈。……流石の卯月でもここまで言うなんて珍しい。
それにしても、理由もわからず周りから褒め称えられるだけの物語……か。
「「「…………」」」
そんな酷評を受けて、狂花月夜も取り巻きも、しんと静まりかえっていた。
だが、それは嵐の前の静けさを思わせる沈黙だった。
証拠に、中心の彼女も笑顔は崩してなかったが、目が笑ってなかった。
――ばんっ!!
空気を引き裂くように、強く何かを叩きつけた音が鳴る。
音が聞こえた場所に目を向けると、その場に居たのは狂花月夜ではなく。
後ろの方で隠れるように立っていた、中肉中背の男子学生だった。
「……認めない」
「えっ?」
いきなりの轟音で目を白黒させていた秋音。
そんな彼女に、男子学生が勢いのまま言葉をまくし立てる。
「お前の批判は絶対におかしい! 今すぐ撤回しろ!!」
「えっ、えっ? ……な、何で、あなたが?」
彼に続くように、他の人も一斉に立ち上がりだした。
「そうだ! 狂花さんの素晴らしい作品を誹謗中傷するなんて許さないぞ!」
「小説家の娘だからって調子に乗ってんじゃないわよ! 死に絶えなさい!」
「これは嫉妬だ! 狂花さんの物語が素晴らしいから嫉妬してるんだ!!」
「殺せ! こんなこと言うのは人間じゃねぇ! 殺しても犯罪じゃない!!」
「そうだ! 殺せ! 八つ裂きにしろ! 輪廻転生の輪から外れてしまえ!!」
死ね、殺せ、消えろ、ふざけるな、狂花さんに謝れ。
論理も、合理性も、何もかもが欠けている怒声の数々。
それを咎めるものは誰もいない。誰もが我が事のように荒れ狂っている。
……な、何だ? これは一体、何が起こっている!?
訳がわからない。秋音の言葉に対して、怒るべきなのは彼女だけのはずだ。
あと先ほどから思っていたが、こいつらはどうしたんだ?
常識という大事な概念が脳の中から抜け落ちている。
暴言を吐かない。図書館の中は静かに。公共の場では騒がない。
大学生以前に、小学生でも理解できるルールだ。それが一切守られていない。
知能の水準が落ちている? ……いや、思考が何者かに変えられている?
「みんな、落ち着いてっ!!」
ある種の恐怖を感じていたとき。
馬鹿げた騒動を引き裂くように叫ばれた、誰かの声。――狂花月夜だった。
「駄目よ、みんな! 秋音さんは一生懸命言ってくれたんだから!」
周りを諌めるように、語りかけるように、彼らに伝えていく彼女。
そんな素晴らしい言葉も、今の僕には空虚なものにしか感じられなかったけど。
しかし、彼らにとって効果は絶大のようで、徐々に暴動は鎮まっていった。
「みんな、今日はもう帰りましょ? これから頑張っていけばいいのよ♪」
「狂花さんがそういうのなら……。俺たちも許してやろうか」
「しょうがないな。狂花さんの慈悲に感謝しろよ、クソ女!」
「やっぱり凄い人です……。あんな暴言を吐かれて許しちゃうなんて!!」
狂花さんの発言を聞いて、取り巻きが去っていく。
謝罪の言葉はないのかとは思いはしたが、それを発言する行動力はなかった。
というより、一刻も早く猿の群れのような連中から離れたかった。
「…………」
やっと訪れた、図書館という場にふさわしい静寂。
しかし僕も秋音も、他の人も、そこに居た全員が精神的に疲れ果てていた。
「あ、あの……。何かあったんですか?」
集団と入れ替わるように事態を知らない司書さんがやって来た。
それには文芸同好会の人たちが、今までの事情を説明してくれている。
「……大丈夫か、秋音」
「…………」
とりあえず僕はイスに座り込んでいる秋音の元に。
卯月は、まるで体を維持している力の全てを奪われたようにぐったりしていた。
まあ無理もないか。多少の反抗は予想していただろうが……ここまでとは。
そんなことを思っていると、卯月はゆっくりこちらに振り返る。
「……何だったのよ、あれは」
そして、あの惨状を表した言葉を、泣きそうな声で告げた。
あれから行く宛を失った僕は、昨日お世話になったお店に向かっていた。
大学で広がっている彼女の人気……いや、あれはもはや洗脳の類か。
その得体の知れない力で、取り巻きを意のままに動く人形にしたのだろう。
通常では有り得ない、非日常的な状況を鑑みて、僕は明確な結論に至った。
――あの女は、怪異だ。
滑稽には思えたが、そうとしか今の状況を説明できない。
大学全域への影響。それも視認できる現象がなく、数日という短時間で。
しかし、彼女の正体が何なのかは、まったく見当もついてない。
だから手掛かりを掴むべく、店主さんの力をお借りしたかったのだ。
それに何かしら動いてないと、不安になることを考えてしまう。
例え無駄に終わるとしても、僕は何かをやらざるを得なかった。
「……よし、ここだな」
道は覚えているので、今度は迷うことなくお店に到着する。
廃れた外装のお店が目に入った時だった。――お店のドアが急に開かれた。
「……はぁ。あの馬鹿店長、私に任せてどこに行ったのよ……」
出てきたのは、高校生くらいの少女だった。
深い黒色の髪に、洋風な人形のように整っている顔立ち。
千夏ほどではないが、ちんまりとした体に地域の高校の制服を着ていた。
一見するならば、どこにでもいる普通の高校生の……はず。
しかし、そんな感想を即座に撤回してしまうくらい、彼女は何かが違っていた。
「人をじろじろと見るのは感心しないわね」
変に警戒していると、相手は気づいたらしく、怪訝そうな顔をした。
「す、すみません」
「まあ別に良いけど。……なるほど、あなたね」
「……えっ」
「ごめんなさい、気にしないで頂戴」
そんな事を言われたって、さっきの反応を見たら気になってしまう。
そう思っていたが、彼女はこれで会話が終了したと判断したらしい。
何食わぬ顔で、僕のすぐ横を通り過ぎていこうとした。
「あなたに迫る怪異、あなたの周り全てを覆う怪異、それは激しく重い……」
――その時だった。呟かれた一言。
鈴が鳴るような、澄んだ声で紡がれた一言。
そして、自分の状況を見透かしているような一言に、僕の思考は止まった。
「だけど、直に迫っているからこそ。暴ける“切札”も潜んでいるのかもね」
呆然として立ち尽くしている僕を傍目に。
他人事で、そして面白そうに、どこか偉そうな態度の少女は去っていった。
「何だったんだ……?」
理解が及ばない不思議な少女の言動に、思わず頭を傾げた。
唯一分かったことは……あの少女は変だということだけだった。
言動もそうだし、そして何より姿を見た時に、すれ違った時に感じた空気。
あれは明らかに普通のものとは違う。常識とは一線を画した何かを纏っている。
流石に狂花月夜と同じ異質性は感じない。あの少女を人間だとは思えていた。
だけど、それならば、いったい何だったんだ?
「…………」
色々と考えてみたが、思いつかない。まあ当たり前だけど。
そうやって思考が一段落したところで気持ちを切り替える。
気を取り直して、僕は店長さんに会うためにお店の中へと入ろうとした。
すると、目の前の扉にメモが貼られていることに気づく。……何だろうか。
『きょう、めんどなことしますから、やすみます。
てんしゅさがさないでくなさい。 店主 拝』
そういえば、あの少女も何処に行ったのか、って言ってたな。
思い出したと同時に、感情のまま紙を剥がしたくなったが、抑えた。
「……はぁ」
無意識にため息を吐く。随分とひどい肩透かしを食らった。
でも居ないものはしょうがない。納得行かない気分で道を引き返した。




