第7話 一方その頃
私のカメラが、目の前の無数のお地蔵様たちを1枚の写真に写し出す。
悠然と並ぶそれは廃寺の雰囲気と相まって不気味な何かを生み出していた。
特に全てのお地蔵、それらの体がどこかしら欠損してるところは気味が悪い。
とあるものは眼を、とあるものは耳を、その他にも手や足が無いものがあり。
その中には頭が半壊しているものまであるから驚きだ。
それが私には、廃寺に捨てられた子どもたちを意味しているように思えた。
「千夏ー、ちゃんと写真は取れたー?」
「これから確認するところです」
遠乃先輩が、唐突に私の名前を呼んでくる。
私の答えに「まだなのー?」という不満そうな声を漏らすと、強引に後ろから覗き込んできた。
……待ちきれないんでしょうか。子どもですか、この人は。
「うーん、普通ねー。霊とか面白そうなの写ってなかった?」
「心霊写真なんて、そーそー撮れるもんじゃないですよ」
「そこは気合で何とかするのよ! それが後輩の役目でしょ!」
「気合で何とかできたら、世の写真家は困らないでしょうね」
思わず、ふぅと軽いため息をついてしまう。
やっぱりこの人は強気というか自分勝手というか、そんな人なのだ。
オカルトとは関係なかった私がこの場にいるのも、遠乃先輩が引き込んだのが原因なのだし。
まあ活動自体には満足しているので、恨みはあまりしてないけども。
「とおのん~、こなっちゃん~。こっちの方も特になかったよ」
「おつかれさま~!」
「お疲れ様でした。あと、私は千夏です!」
さっきまで怯えていた雫先輩も、慣れて落ち着きを取り戻している。
……それこそ軽い冗談を言えるくらいに。
私はこなっちゃんじゃない。何が小さいちなっちゃん、略してこなっちゃんだ。
確かに一億歩譲って、今の私の体系がこんな感じなのは紛れもない事実。
しかし、きっと、多分、おそらくは二十歳になれば、身長だって10センチや20センチくらいは軽くちゃんと伸びてくれるはず。
牛乳だって毎日欠かさず飲んでるし。……ぶつぶつ。
「それにしても、かなり調査したのに収穫ゼロなの!?」
「そうみたいですね」
「あー、つまらない! 誠也と麻耶先輩は、今頃あの中でやってるのかしら」
「暗闇の中で、大人の男女が二人っきり……ううぅっ」
「大丈夫よ、シズ。誠也のことなんだから特に何も起きないでしょ」
フォローされても雫先輩は寂しそうな様子だった。
確かに誠也先輩って、みょーに麻耶先輩に信頼を寄せているみたいだったし。
「まあまあ、気を取り直して。今度はあっちの方へ行きましょ!」
先輩が指した方向には、お寺でよく見かける線香を焚くための壺が佇んでいた。
……あれ、名前はなんというんだろう。帰ったら調べてみようかな。
どうでもいいことを考えながら先輩たちについていく、そんな時だった。
「とおのん、見て。あそこのそばに何か落ちてるよ」
「何これ……。紐?」
雫戦費が正体不明の何かを壺の裏側で発見した。
そして、遠乃先輩が実際に拾い上げて眺めることで分かった。
薄汚れた紐だった。大きな円状になるように結ばれている。
「あ、これってあやとりに使うものじゃない?」
「あやとり?」
「ちょっと貸してもらってもいいぁな?」
「別にいいけど……」
言われてみると、大きさ的にはぴったりだ。
でも、そうだとしたら何であやとりの紐があるんだろう。
心の中で唸っていると、雫先輩が両手首に通して、おもむろに弄りはじめた。
「これはこうして、ここをこうで……。はい、三段梯子~!」
「おお~!」
「…………」
……いや、おお~じゃないでしょう。
というより、お二人とも脳天気すぎやしませんか。
いつも二人の面倒を見ている誠也先輩の苦労が、わかったような気がする。
というより、これをもっと気づくことがありますよね。
「でもシズ、ちょっと変じゃないかしら?」
「変? どこか間違っていた!?」
「……そうじゃないわ。何でこんなところにそんな紐が落ちているのよ?」
よかった。遠乃先輩が私が言いたいことを代わりにしてくれた。
まさにその通り。ここはとてつもなく長い間、人々から見捨てられた古寺。
そんな場所に紐どころか、何か落ちていることすらおかしい。
もし、もしも……その可能性が考えられるとするならば。
「あたしたち以外に誰かいるってこと?」
常識で考えるなら、そうとしか考えられない。
そして、その次に問題になるのが、誰がいるのかということ。
私たちみたいな変な連中なら、話がわかる分まだ良かった。
最悪の場合、この場所を隠れ家にしている不審者の可能性だって考えられる。
だから、十分な警戒を――
「ということは怪異を先に取られる!? むっきー! 絶対に許さないわ!!!」
「…………」
いやいや、そうじゃないでしょうよ。
「そっこーで調査を終わらせるわよ!」
「あ、待ってよ~!」
「はぁ……」
何の計画いもなく歩を進める遠乃先輩に、言いたいことはあるけど黙っておく。
私は見た目はともかく、心は立派な大人なのだから。
それに暗くなる前に早く終わらせたいというのは事実だ。
私の嫌いな虫だって、無駄に動くし。……そんなことを思って、気づいた。
何故か、この空間には虫の一匹すらもいない。
山道を歩いていた時には、嫌気がさすほど見かけたのに。
今まで感付いていなかったけど、これって意外と異常じゃ?
「っ!!」
「どうしたの、シズ」
思考で呆然とした時に遠乃先輩の声で現実に戻さる。
先輩の方を見ると、雫先輩の顔が青ざめていた。
まるで見てはいけない物を見てしまったような、そんな顔だ。
「……あ、あれ!」
「あれって? ……え?」
雫先輩が向いている方向を見る。
――そこには青白く透き通った、片腕のない男の子の姿があった。
子どもは私たちの顔を見る途端に、にたりと笑って駆けだしていった。
「……お、追うわよ!」
「は、はい!」
まだ理解が追いついていないけど、とりあえず追いかける。
人と何かの違いこそあれど、流石に大人と子ども。すぐに追いつくはず――
「……あれ、ガキのくせに早くない!?」
でも、早くて追いつくことができないでいた。
移動の方向からお地蔵たちのところに向かってるみたいだけど。
それなら見失うことはないはずだ。現に予想した場所にどんどん近づいている。
「え、何なの、あれ」
しかしそこに着いた子どもはそのまま右奥のお地蔵に近づく。
そして、平然と何事もなく吸い込まれていった。
「どういうこと?」
そんな異様な光景に私たちの思考が鈍ってしまう。
あの子どもだっておかしかったのに、このお地蔵の中に跡形もなく消えたのだ。
「ど、どうしようか。とおのん」
「黙っても仕方がないわ。この地蔵に何かあるってことでしょ。やることは1つ!」
「……え、何しているんですか」
「徹底的に調べるのよ! 何かしらあるはずだし!!」
「だ、大丈夫かなぁ……」
遠乃先輩が臆することなくあの地蔵に手をかけた。
……ばちとか祟りとかはないのかな。
廃れているとはいってもお寺に来て、物色している時点でとは思うけど。
「ぐぬぬっっっ……」
「とおのん、大丈夫?」
「平気よ、平気! それより、これ動くようになってるみたい!」
動かせる、ということは予めそうなっていたのだろうか。
でも、それなら何でそんな仕組みがある? ……意味がわからない。
「よいしょぉぉぉ!! ……はぁ」
「お、おつかれ、とおのん」
崩れ落ちた遠乃先輩と介抱する雫先輩の代わりに覗く。
すると、そこには地下に続く階段があった。
びゅうびゅうと低く唸って吹き出る寒い風が、私の嫌な予感を助長していた。
「先輩、これ見てください!」
「なるほど。お寺に地下があるなんておかしいわよね」
「ど、どうするの?」
「愚問ね! 行ってみるしかないでしょ!!」
未知のものを見つけて興奮気味の遠乃先輩が即答した。
……子どもですか、あなたは。でも気持ちはわからなくもなかったけど。
何といっても私はジャーナリストの卵、その端くれ。
相手が怪異や超常現象でも、隠された謎を解き明かすのは生き甲斐なのだから。
「みんな、懐中電灯は持った? 出発よ!」
先輩の意気揚々とした声と同時に用意を済ませて。
遠乃先輩、私、雫先輩という順番で、暗い地下へと降りていった。




