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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第8章 未来占術と魔女の予言
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第8話 束の間の物語

『わかりました。だけど、この話。葵ちゃんには言わないでもらえませんか?』


 連続する怪事件、異界に迷い込んだ僕たち、そこで出会った黒鴉の男。

 それを知らせようとして掛けた電話の先、雨宮さんにはこんなことを言われた。


「……どうして?」


 少し驚いたような顔をする千夏に、電話の向こうの雨宮さんは答えた。


『その話を聞いたら葵ちゃん、すぐにでもなんとかしようとしちゃいます』

「それは、あり得るわね。あの子の反応を見ている限りだと」

『きっと動くのもやっとな状態でも変わらないと思います。だから、余計なことを吹き込んで葵ちゃんに負担をかけたくないですし、それに』

「それに?」

『葵ちゃん、自分のおじいちゃんの話になると普段じゃ考えられないほど怒ったり憎んだりして……とっても悲しそうなんです』

「…………」

『あの時の葵ちゃんはホントに見てられなくって。事故に巻き込まれた後、けっこう参ってる葵ちゃんには知らせたくないんです』


 いつも元気な雨宮さんには珍しく、電話越しでも伝わるほど真剣な言葉の数々。

 困ったような顔をして千夏が電話を顔から遠ざけると、悩んでいる仕草を見せた。


「どうしましょうか、遠乃先輩?」

「どうするも何もあの子がそう言うなら尊重するしかないでしょ」

「ですね。わかったわ。今のところは彼女には黙っておきましょうか」

『ありがとうございますっ! その代わり新聞部が調査に協力しますよっ!』

「まあ、必要な時はお願いするわ」


 それだけ告げて、千夏は電話を切った。少し空気が重くなってしまった。


「やっぱり敬語じゃないちなっちゃんは新鮮だよね~」

「この話が終わって真っ先に浮かんだ感想がそれですか、雫先輩」

「それにしても、事故に巻き込まれてケガしてるなんて。大丈夫かしら、あの子」

「落ち着いたらお見舞いに行かなきゃだね」


 とはいえ、すぐに元通りになってしまうのが僕たちだけど。

 それにしても足と腕を同時に骨折とは。七星さん大丈夫なんだろうか。知ったのも何かの縁だし、機会があればお見舞いに行ってもいいかもな。

 

「んじゃ、今度こそ調査を終えましょうか。時間も遅いし」

「そうですね。明日からは別の事件を調べなきゃですもんね」

「よーし、なら今日は早めに切り上げてご飯を食べに行きましょうか!」


 時間も頃合いだし良いな。せっかくの機会だから麻耶先輩とも話したいし。

 さて、どこのお店に行こうか。ここからなら、あの居酒屋が良いかも――


「もちろん今回は麻耶先輩が奢ってくれるんですよね? ね?」


 と、思いきや。憎らしい笑みを浮かべた遠乃の一言に、場が変わった。


「え、えっ!?」

「この中では年長者ですもの。私たちに奢れるだけのお金は持ってますよね?」

「先輩、けっこうお給料もらってるみたいですね。前にお聞きしたんですが」

「ま、まあ。普通よりは貰ってるけど……時給換算すると最低賃金ギリギリだけど」

「それなら、ここは先輩として男ならぬ女見せてくれますよね?」


 詰め寄りつつある遠乃と千夏、その勢いが一段と強かった雫。

 いくら麻耶先輩相手でも可哀そうでは……と思いつつ、僕にも止める気はない。タダでご飯が食べられるなら願ったり叶ったりだし。


「う、ううぅん。……それなら奢りましょうか。今日だけ特別よ?」


 そんな後輩たちの様子に耐え切れなくなった麻耶先輩は音を上げてくれた。


「やったー! 麻耶先輩の奢りだー!」

「それならこの前調べたあの焼肉のお店に行こうよ!! 美味しいって評判だよ!」

「そうね。先輩の気分が変わらないうちに今から向かいましょうよ!!」

「ちょ、ちょっと、高級店は行かないでよ!? さすがに限度があるわよ!?」

「確かあの店、そこそこ値段しましたよ。ご愁傷さまです。そしてご馳走さまです」


 タダで焼肉が食べられると、大はしゃぎの様子の3人。

 ……つい先ほどまで、僕と雫は異界に迷い込んだんだけどな。そこで異様な光景を見たり、怖い思いをしたりしたんだけどな。

 まあ、これこそ夕闇俱楽部らしいか。何が起ころうと怪異に遭遇しようと、ウジウジと暗い空気にいつまでもならない。だからこそ、僕たちはこうした普通の大学生のサークルのまま、幾多の怪異の謎を暴き出せたんだろう。

 



 ――だけど、どうしても気になってしまった。




”そんな短時間の調査で迷い込んむなんて怪異相手でも突拍子がなさすぎるわ””

”だけど、偶然じゃないなら意図的に誠也先輩と雫先輩を狙ったとか?”


 本当に、この短時間で僕と雫はなぜ異界に迷い込んだのだろうか?

 話にあった怪異に狙われているという言葉。荒唐無稽な話と思う一方で、そうじゃないと説明できないのも確かだった。

 麻耶先輩の推測は本当に正しいのだろうか、そうとしたら中でも僕と雫を狙った理由は何なのか。そもそも怪異の正体は何なのか。

 何もかもがわからなかった。最初の調査なんてこれが当然だったけど。にしても、普段以上に謎が過ぎる。

 

「……これからの調査で、わかってくれるよな」


 奢ってもらえるとウキウキする3人と、若干肩を落としている麻耶先輩。

 それを目の前にして、晴れない気分を現した言葉を思わず呟いていた。











「わーい! 食べ放題じゃない、安い肉でもない、本物の焼肉屋だー!」


 時は過ぎて、6時半という夕食を取るには絶好の時間帯。

 場所は都内の焼肉店。サークルの打ち上げで訪れる普段のチェーン店と違う店だ。

 何が違っているかは……メニューを見ながら何を頼もうか嬉しそうにしてる3人と、この世の終わりを迎えたような表情の麻耶先輩を見たらわかるだろう。


「カルビ1皿1200円かぁ。まあ、良い感じの値段よね!」

「い、いつも食べに行ってるお店の2倍よ……高すぎるわ……」

「とびきりの高級店じゃないだけマシですよ、麻耶先輩!」

「奢ってもらうならここら辺が妥当でしょうしね」

「うぅ……。今日ほどお”肉”が”憎”らしいと思ったことはないわ……」


 僕はふぅ、と息を吐き捨てた。今まで悩んでいたのがバカらしいな。


「じゃあ、早速頼みましょうか! カルビ5人前に牛タン3人前!」

「私も牛タン補充です! あとはロースと、サラダと、スープと、ご飯も欲しいけど……糖質が……くすん」

「もちろん私はエビか海鮮ものでお願いします……って、このお店はないんですね。ガックリです」

「アンタ、焼き肉屋に来てまでエビ食う気のね。ホントに好きなのね」

「そりゃそうですよ。美味しいんですよ、プリプリなんですよ!!」

「……ああ、もう。みんながそこまで躊躇しないなら私もいっぱい食ってやるわよ。飲んでやるわよ。自分の金でもね!!」


 各々がそれぞれの思惑をもって、好き勝手メニューを見ながら料理を選び。


「その前にドリンク決めた方が良いんじゃないか?」

「ああ、そうよね。んじゃ、とりあえず全員生ビールで良いわよね?」

「私がそんな苦いもの飲めるわけないじゃない! カルーアミルクよ!」

「わ、私もビールは飲めないかなーって。ハイボールない?」

「そもそも未成年なんですけども。烏龍茶でお願いしますよ?」


 途中、遠乃の冗談を挟みつつもドリンクと、更には料理を注文して。


「「「「「かんぱーい!!!」」」」」


 肉が焼ける良い香りの中、酒(1名は烏龍茶)で威勢よく乾杯した。


「遠乃ちゃんに誠也くん、よく飲めるわね。ビールなんて」

「美味しいじゃないですかー! 特に怪異の調査を終えた時は!」

「まあ、僕は好き好んで飲みはしませんが、一応は」


 確かに、お酒を嗜み始めた頃の僕も好きじゃなかったな、ビール。

 とはいえ、遠乃とかに強引に飲まされる内に味を楽しめるようになったけど。

 ただ、麻耶先輩には一生飲めないだろうな。というか先輩は超超超甘党だからお酒で飲める種類、限られいるか。日本酒も後味がなんか変とか言ってたし。


「んくっ、んくっ、んくっ、ぷへぇぁ」

「あら、シズ。良い飲みっぷりね」

「そ、そうでもしないと、今日の出来事を思い出しちゃうだから……ごくごくっ」

「突然迷の異界に、そこで見た溺死体の数々。さすがに辛かったわよねー」

「こ、言葉にしないでくださいよぉ〜」


 そういや雫はこういうことが起きた後、けっこう飲む。これが理由か。

 生憎僕はあのような怪奇現象には慣れたからな。この夕闇倶楽部にいるから。

 ……いや、慣れてしまったと言い切れると怖いな。雫の反応が普通なんだよな。


「そういえば、麻耶先輩。ご実家は大丈夫なんですか?」

「ご実家……ああ、おばあちゃんのお店ね。繁盛してるみたいよ」


 そして。話題は麻耶先輩の祖母の話になった。

 お店とは和菓子屋のこと。麻耶先輩の祖母が営んでいるというお店だ。


「確か先輩のおばあちゃんが初代夕闇倶楽部部長なんですよね」

「そうね。あの人から何十年も続いて私たちに繋がっているわけよ。この世界の怪異を暴き出す。ただ怪異を怖がったり面白がったりするだけではない、謎を探って本質を見出す。このサークルの理念は現代のここでも浸透して……まあ、だから人がいなくて何度も廃部になりかけてるわけだけど」


 そして、この夕闇俱楽部とも縁のある人物だ。会ったことないけど。


「こんなサークルを作ったとは。どんな人だったんですか?」

「んー。かなり破天荒な人だったらしいわ。怪異や心霊の言葉を聞いたらすぐ飛びついて、もう1人いたメンバーをいつも連れまわしていたみたいね」

「そうなんですか……なんというか。遠乃先輩みたいですね」

「それでいて、おばあちゃん曰く昔は私に似ていたみたい。おばあちゃん、昔の自分に似てるってよく話していたのを思い出すわ。美人なところも、ミステリアスなところも、面白いギャグが好きなところもそっくりだって」


 なんだ、その遠乃と麻耶先輩を足して1未満の数字で割ったような人物は。

 身近にいることを想像するだけでも恐ろしい。その振り回されていたという彼はご愁傷さまとしか言いようがない。


「頭のネジが外れた人が周りを怪異の調査に巻き込む。変わってませんよね」

「あたしを見て頭のネジが外れてるだの人を巻き込むだの言うじゃない、千夏」

「そういう話も良いけれど。今度はあなたたちの話も聞きましょうか」


 遠乃たちの話を遮るように、トンと。麻耶先輩が口を出してきた。

 ちょっと強引な方法だな。赤くなった顔を見る限り、どうやら酔っぱらってるみたいだ。カルーアミルク一杯で。


「最後に話してからどれくらいかしら、最近のことは話せていなかったわよね」

「確かに」

「特に幻死病と呪いの映画かしら。誠也くんから概要は聞いているけど、詳しいところまではまだだったのよ。なかなか面白そうな話題なのに」

「そうですよね! その話は語るとかなり長いですけど、良いですよね!」

「ええ。じっくり話してちょうだいな。……どーせ、私のお金なんだもの」


 何の損得も考えない(麻耶先輩以外)、下らなくも大切な時間。大学生のサークルとしてあるべき姿で夕闇俱楽部としての時間は過ぎていった。

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