第4話 13人が自殺した公園にて
大学から電車とバスを使って到着する、大学からやや離れた場所にあった。
生い茂る木々に、人工的に植えられた花壇の花々に微かに聞こえる鳥の鳴き声。
人が1人ようやく通れる狭さの階段を降りると、そこは都内某所の自然公園だ。
決して観光地として持て囃される場所ではないけど、良い場所ではあった。
自然に満たされ、また適度に人がいないことから人の憩いの場所とされている。
だけど、普通の人が思い浮かべるそれらの印象は、覆されてしまっただろう。
「着いたわね。ここが8月末の深夜0時に、13人が一斉に自殺すると予言された場所よ。そして、それは現実に起きてしまった」
「じゅ、13人!? そんな人が自殺したんですか!? こんなところで!?」
「そうよ。そんなにも大人数の人間が同じ時間帯に、一斉に公園の中央にある湖に飛び込んで、沈んで行って……溺死したのよ」
「まごうことなき怪事件ですよね。そんな事件聞いたことないですし」
「それに、自ら溺死っておかしいわよね。つまり湖に飛び込んで、そのまま沈んで死んでいったワケなんだから。正常なら生存本能で水面に上がるでしょうに」
確かにそうだ。水中に沈んだ人間がそのまま死ねるとは思えない。
どんなに死にたいと思っていたとしても、所詮は生物の思考を捨てきれない。命を失うと直感した瞬間に、なんとか助かろうともがいてしまうはずだ。
「本来なら、なんらかの事件に巻き込まれたと考えるべきですけど……」
「だけど、自殺なのよ。他に死因はないんだもの。彼らが飛び込む姿が公園の監視カメラに残っている。捜査をしても他殺である要因は見つからなかった。それどころか、被害者の全員が遺書を残していることまで判明してしまったのよ」
「……自殺した13人全員が遺書ですか。それはそれで異常な気もしますけど。誰も彼もが遺書を残して死ぬわけじゃないと思いますし」
「だけど、遺書は本物みたいよ。それに、事件として証拠がないなら警察は捜査できない。現に、あんなに被害が大きかった事件なのに……捜査はされてないでしょう」
こんなにも異常な事件だというのに、自殺以外の根拠が尽く潰されている。
証拠がないなら事件じゃない。例え以上でも、その考え自体は間違っていない。
それでも、警察はもう少し調べてみるべきだ……と思ったものの。同時に、自殺と断定しているのに捜査をしていたら怪しいと思われるか。
飽くまで自殺で事件性はない。そうした意味から捜査を打ち切ったんだろう。
まさに怪事件と呼べる代物だ。警察には手に負えず、事件は闇のまま終わった。
「まあ、警察がいない分調査はしやすいでしょ。むしろ最高じゃない!」
しかし、僕たちには好都合だ。この前は警察のお世話になって大変だったしな。
「よーし! ここから夕闇倶楽部、調査開始するわよ!!」
今日も、これまた普段通りに。遠乃の威勢が良い声が静かな空間に響き渡った。
「とは、アイツは言ったものの。どうしたら良いのかな」
1、2ヶ月前まではあんなにもうるさかった蝉も今は聞こえなくなっていた。
とはいえ、まだまだ残暑。思わず、こうしてぼやいてしまうほどにウンザリする。
だけど、今の僕はアイツが豪語した通り、調査をするしかなかった。
この手の公園によくある、丸太に扮した階段を登りながら辺りを見渡す。見えるのは自然か、たまに生き物。怪異どころか人の影すらいなかった。
事件が起きて、警察が立ち去った当初は野次馬に溢れていたみたいだが……彼らも何も見つけられなかったのか、次第に公園に足を踏み入れる人はいなくなったとか。
「この公園には何かあるかもしれない。けど、何処にあるんだろうな」
それは、つまり。僕たちも何も見つけられない可能性が高いということだ。
何しろ大多数の人間、警察や物好きたちを合わせたら三桁に及びそうな人数が公園に足を踏み入れて、何も見つけられなかったのだから。
……それを言っても、遠乃は説得できないけど。”こういう日常に支配されていると思われる状況に怪異が潜むのよ!”とか言われて。というか、言われた。
まあ、夕闇倶楽部にいるんだ、こういうのは慣れてるし、やってみるさ。
だけど、今は暇だ。なので、ひとまずサイトの予言について思い出してみた。
怪事件とされる一連の事件。あのサイトには詳細と死亡者数が書かれていた。
1番目は、老人ホームの餓死事件。栄養失調で5人が亡くなった。
2番目は、ビル建設現場の事故。足場が崩れ、6人が死亡、11人が負傷した。
3番目は、強盗殺人事件。都内のマンションの一室に押し入り、家主の老人夫婦が殺され、犯人グループの3人もトラックに轢かれて死亡した。
4番目が暴走車がスーパーに突っ込んで3人が死亡、6人が負傷した事件。5番目が都内の街路で急に男が発狂し始め、道ゆく人を3人刺し殺し、自身も自殺した事件。
そして、その次の6番目の事件が……この公園で起きた同時大量自殺事件だった。
今まで予言された事件の中では、被害者の数が最も大きかった。この後に起きた、これまた大学の近所での焼死自殺の事件が霞んでしまうほどに。
おさらいして、最後に特筆すべきこと。
これらの事件全てが事件が起きたとされる時間の直前にアップされていた。
サイトで起きている現象を、躊躇わずそのまま言葉で表すなら――”予言”だ。
だけど、本当に予言なんだろうか。どうしても納得できない自分がいた。
確かに起きた事象をそのまま捉えたら未来を予知しているとしか言えない。麻耶先輩が怪事件とそれを予言するサイトとして考えるのも妥当だ。
考えてしまうのは、昨日の少女の発言が原因かもしれないけど、僕は……。
「あっ、誠くん。ここにいたんだ」
なんて、考え事をしながら公園を歩いていると。雫に出会った。
お洒落なハンカチで額を拭いつつ、片方の手を僕に向かって大きく振っている。
「調子はどうかな? 何か見つかったりした?」
「まったくだな。手がかりもないし、闇雲にそこら辺を回ってるだけだ」
「あはは……そうだよね。あの、よかったら一緒に探しても良いかな?」
「構わないよ」
この状況だと、1人で探しても2人で探しても変わらないか。
むしろ2人になってくれる分、心細さは消えるし、話し相手もできるしな。
「それにしても、今日も暑いよね……」
「まったくだ。こんな状況を、よくもまあアイツは走り回れるもんだ」
「とおのんは元気いっぱいだもんね〜。今回は麻耶先輩もいて張り切ってるし」
「その気持ちはわからなくもないけどな」
何気ない談笑。無難な気温の話から、次第に遠乃に関する話題に。
それだけ、ヤツの存在は良い意味でも悪い意味でも大きいのか。憎らしいけど。
「あのさ、私たち。今までいろいろあったよね」
ふと、雫が呟くように、だけど僕の答えを求めるように言葉を発した。
「夕闇倶楽部。怪異や超常現象の秘密を暴き出すサークル。初めてそれを聞いた時は、本当かな〜と思ってたけど……こんなにもいろんな怪異に遭遇するなんて」
「そうだな。まさか、何気なく入部したサークルでこんな目に合うとはな」
「誠くんは麻耶先輩に誘われて入ったんだよね。才能に見出されたんだっけ」
「”あなたは怪異の謎を暴き出す才能があるわ”と言われた。一言一句覚えてる」
「……あはは。すごいよね」
今でも思い返すと謎だし、よくもまあ受け入れたと思う。
入学直後、偶然見つけた夕闇倶楽部の部員募集のポスターを見てたらコレだ。
最初に聞いた時は、そのまま逃げ出そうと思ったくらいだ。麻耶先輩のミステリアスな空気と真剣な眼差しに、その時はタイミングを失ったんだけどさ。
「だけど、これまでの誠くんの活躍を考えると麻耶先輩は正しかったね」
「活躍かどうかはわからないけど……麻耶先輩は不思議と勘が働くからな。そういう何かを見分ける目があってもおかしい話じゃないと思うぞ」
「それでも誠くんはスゴいよ。私は、とおのんに連れて来られただけだから」
そういや雫は遠乃に連れられてきたな。この子も入れたいとか言い出して。
最初は、拾ってきた猫みたいにブルブル震えていたけど。次第に溶け込んで。
最後は入部することになり、夕闇倶楽部の一員に。そう考えるとヒドい話だな。
「昔は怖がりだった雫が、今では怪異の話をしている。これもまた不思議だな」
「あはは……。で、でも、前よりお化けとか大丈夫になったから……! たまにテレビでやってる心霊写真特集も、世にも奇天烈な話も見れるようになったから!」
「それは良かった……良かった、のか?」
そりゃ数々の怪異に遭遇していたら、怖がりな性格もマシになるけども。
もはや荒療治を通り越してショック療法に近いような。雫には悪いことしてる。
「こうして大変な目に遭ってきたんだもの。今回もどういう事件になるかな……」
「そう、だな。でも、僕たちなら乗り越えられるさ。悲観せず、頑張ろうな」
「うん! ……あ、ご、ごごご、ごめんね!! なんか、変なこと話しちゃって!」
「あ、ああ! そうだよな!」
な、なんだろう、この気まずい空気……!?
変に感傷的だったよな、僕たち。雫も恥ずかしかったよな、顔が赤いし。
いや、そんなことより怪異だ。目の前に光景に、調査のために集中しないと。
「……えっ、なに、あれ?」
「どうした、雫?」
「あ、あれだよ! あれを見てよ!!?」
赤い顔が一挙に青ざめた様子の雫。彼女が指で示した場所を、僕も見てみると。
「なんなんだ、あの黒い影は……!?」
「見間違いじゃ……ないよね!? 誠くんも見つけたよね!?」
「……ああ」
――それは、紛れもなく黒い影だった。
木々に隠れて目を凝らさないと見えないけど、確かに存在している。
人型に見えるけど、手足がうにょうにょ動いて、何が何だかわからない。
こんな公園の、道で外れた場所に漂うそれなんて……もし人でもおかしい。
幾多の経験をしてきた僕がひしひしと感じていた。”アレ”は只者じゃないと。
「追って、みるぞ」
「う、うん……」
どこか不吉なものを感じた僕たちは、その黒い影を追うことにしたのだった。




