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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第8章 未来占術と魔女の予言
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第3話 予言された怪事件

「それで、麻耶先輩。なんでここにいるんですか?」


 この場にいる誰もが思っていた疑問を。遠乃が麻耶先輩にぶつけた。

 そうだ、先輩は仕事が忙しかった。いろいろ大変な企業に入ってしまったせいで、いろいろと仕事に追われる日々だったはずだ。

 僕たちの素朴な疑問に対して、麻耶先輩は年に見合わないような笑顔で答えた。


「実は、今回! 溜まりに溜まった有給休暇を使うことで……思う存分、怪事件の調査ができるようになったの!」

「ええっ!! そ、そうなんですか!? それってつまり……!?」

「つまり、この連続している複雑怪奇な怪事件の調査を思いっきりできるのよ。もちろん、あなたたちと一緒に、ね。」

「やったぁ! 麻耶先輩が同行するんだったら百万馬力ですよ!!」

「あらあら。そう言ってもらえると先輩冥利に付くわね〜」


 遠乃が珍しく人を持ち上げ、麻耶先輩が年不相応に胸を張り、僕や雫が笑う。

 まるで昔の夕闇倶楽部みたい、と。今は遠い過去の記憶を思い返した時だった。


「……麻耶先輩、よろしいでしょうか?」

「あら、何かしら?」

「有給とは労働者に与えられる権利であり、休暇です。よって記事の取材といった、れっきとした“業務”を行うならば――それは仕事として認められるべきですが」

「…………」


 そういえば、そうだよな。記事の取材なら仕事として行けるはずだよな。

 僕は労働法にあまり詳しいとは言えないけど。普通はそうだろうし、千夏がそう言っているのだから、きっと正しいんだろう。

 だけど、当の麻耶先輩は……悟ったような表情で、明後日の方向を見つめていた。


「千夏ちゃん。今の出版社はね、絶賛不況中なのよ。主に本離れ、活字離れで」

「は、はい。そういう情報とかは、もちろん存じ上げてますが」

「不況だからしょうがないの、ブラック企業でも。残業代とか定時退社とか望んでいたらやっていけないのよ」

「いや、不況とか関係ないですよ! いつでも労働法は守られるべきでは!?」

「さて、気を取り直して。本題に戻しましょうか」

「急に話題を変えましたね。まあ、事件のことは気になっていたので良いですけど」


 僕の言葉に、ワンテンポだけ言葉を詰まらせつつ。麻耶先輩は話を始めた。


「簡単に言えば――この地区に連続で起きている怪事件。不可解な謎が多いのよ」

「怪事件ですか。確かに事件の内容は異常というべきですけども、さすがに怪異だと断定するのはいささか早すぎるのでは?」

「千夏ちゃんの考えはもっともよ。それじゃあ、根拠を話していきましょうか」


 疑問に染まりつつあった僕たちに、麻耶先輩はゆっくりと説明を始めた。


「まず、多発する怪事件の始まりから話しましょうか」

「えっと、確か記事では……この地区の老人ホームで5人の餓死死体が出た、この事件を起に人が死ぬという事件が多発するようになったんでしたっけ」

「その通りよ。今まで変な悪評もなかった施設で利用者が殺される、それも餓死というカタチで。何か人ならざるものの予感がしないかしら?」


 麻耶先輩曰く、事の発端はちょうど2ヶ月ほど前の事件から。

 都内の老人ホームにて餓死死体が発見された。それも5人一斉に、だ。

 これにより施設の責任者、スタッフが何人か逮捕されたものの……肝心の誰が事件を起こしたのか、なんでそうなったのか、わからずじまいだった。

 そもそも記録上では5人は前日まで生きていたという。当直の職員が事件が起きる前夜に5人全員の生存を確認していたようだ。もっとも事件が起きた今では、その記録が正しいかどうか疑われているが。


 そして、それはーー僕たちが通う大学から歩いて10分から20分のところにある施設だった。それだけに、当時は大学でも少し話題になったっけ。


「まあ、報道された情報はわかりますよ。5人という数の犠牲者、過酷な環境の老人ホームというこの国の病理を浮き彫りにしている、として報道がされましたから」

「さすがは千夏ちゃん。物知りね」

「とはいえ、そうした事件を怪事件と面白おかしく描くのは許容できませんけどね。私の知る限りでは悲惨な事件、それだけです」

「もちろん根拠はあるわよ。これを見てくれるかしら?」


 千夏の強気な反抗に、先輩は慣れた手つきでカバンからパソコンを取り出した。


「麻耶先輩。パソコン使えるようになったんですね。昔はスマホですら携帯ショップで店員さんに聞きまくっているおじいちゃんおばあちゃんレベルだったのに」

「仕事で使うようになったし、覚えないと話にならないから泣きながら覚えたわよ」

「”機械きかい”なんて”奇怪きかい”なもの、使いたくないわ。みたいなこと言っていた麻耶先輩がねぇ。人は変わるものなんですね」


 コンパクトで、それでいて高級そうな色や素材のボディのパソコン。

 場をぶち壊すような会話の後、僕たちは映し出されたその画面を目を凝らした。

 

「えっと、これはなんですか。大昔のサイトみたいな配色ですけど」


 確かに単色でデザインは古臭い。たまに見る2000年台に作られたサイトみたいだ

 サイト名は……”現世崩壊の大予言”か。ちょっと待て、この名前。”予言”だと?






「これが根拠よ。実は……あの事件も、後々の事件も。ここで予言されているのよ」






「よ、予言だって?」


 ”予言”。今の僕の状況で最も聴きたくなかった単語が、目と耳から侵入してきた。


「ほら、これを見てもらえるかしら? このサイトの、この文章よ」

「9月XX日。老人ホームで餓死死体が発見される……!?」

「ええ。最初は、さっき話した老人ホームでの餓死事件。次に、ここから数駅ほど離れた場所の工事現場の事故死事件。それから火災事故に、さらには公園での集団自殺まで。全てが予言されているの」

「ここに、更新履歴がありますけど……こ、これって。どれもこれも日にちが事件が起きて、新聞やテレビで報道される前じゃないですか!?」

「それが、一番のキモよ。本来なら知り得ないはずの事件や事故が事前にアップされている。タイミングからして警察や報道関係者ですらありえないわ」

「つまり、何処かの誰かが事件を予測してサイトに情報をアップしている?」

「何処かの誰かにしては出来すぎているわね。だから、私はこれを”予言”と考えているわ。事件が予知、もしくは引き起こされているのかもしれないのよ」


 予言。その言葉を聞かされるたびに、昨日の奇怪な出来事が頭をよぎるけど。

 麻耶先輩の話とサイト、そして僕たちの地域で起こされた怪事件に興味があった。

 特に、未来に起こる事件がサイトに残っていること。こうした予言、未来視は度々オカルトや超常現象として話題に上がる。それこそ1999年にはノストラダムスの大予言が世を支配した。現在でもイルミナティカードと、話題に上がることはある。


「もちろん、現段階ではすベてが怪異とは言い難いでしょう。だけど、すべて無関係と切り捨てるにしても根拠が足りない。そして、警察みたいな組織では超常的な観点から調査を進められない。だから、私たちがやるの。夕闇倶楽部、怪事件の調査を」


 何より静かに、力強く事件の神秘性を説いて僕たちを導こうとする麻耶先輩。

 僕たちがいない時期から、先輩が1年の頃から誰もいない夕闇倶楽部の部長を務めていただけに、その姿は板についていた。


「……ふむふむ、なるほど。他とは違った視点から捜査を進めるんですね」

「その裏側の真実が如何なるものであっても、きっと有意義なものになるわ。夕闇倶楽部の行動原理にも当てはまっているはずよ」

「確かに、それなら良いかもです。まだ、あまり乗り気はしませんけども」


 麻耶先輩の説明を受けて……幸か不幸か、千夏は少しだけ納得したようだ。

 前から思っていたけど、麻耶先輩と千夏はウマが合うらしい。そうでなくても相手が興味を持ち、納得してくれそうな観点から話をしてくれている。

 さすがは先輩、ごり押ししか知らないようなどこかのバカとは全然違うようだな。


「んじゃ、千夏も納得したみたいだし。さっそく調査に出かけましょうよ!」

「ま、待ってよ、とおの〜ん〜!」


 そして、当の遠乃はすぐそばにいた雫の手を引いて部室を出て行った。

 ……はぁ、やれやれ。そもそもどこに行くべきなのか、わかっているのか。


「相変わらずね。遠乃ちゃんは」

「……そうですね、まったく、アイツは」

「だけど、あの子の行動力は目を見張るものがあるわ。こうして社会人になった今、より一層あの子のことが羨ましいと感じるようになったわ」

「そういうものなんでしょうか。僕にはわかりませんけど」


 少し恥ずかしさを感じたからか否定したけど、確かに頷けるものだった。

 アイツの無鉄砲さ、何を食べたらああなるのかわからないし、僕自身はああなりたくないけども。それでも少しは見習ってみたいとは思うことはある。

 それに、こうした怪事件を調べるのに現を抜かせるのも大学生活が最後なのか。

 社会人になってしまったら、こんなことをしている時間も余裕もないはずだから。

 こんな時に、とは思うけど。麻耶先輩に再会して、再び考えてしまったりもした。


「さて、私たちも行きましょうか。誠也くん」

「はい」


 とはいえ、今の僕には目の前にある出来事を精一杯生き抜くしかないよな。

 軽く手を振る麻耶先輩に突き動かされるまま、怪事件の調査で部室を後にした。

 こうして、これまた何の変哲もない夕闇倶楽部の部室から僕たちの物語が始まる。


 だけど、どうしても拭えない黒色の不安。恐怖に似た感情は心の中に残っていた。



「予言、か」



 まさか、あの公園の少女が、麻耶先輩の話した怪事件に関わっているのか。

 そんなわけがない、と。そうやって思い込みつつも嫌な予感がしてならなかった。

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