第2話 怪異前の日常なる部室にて
「今、時代は! 空前絶後の占いブームなわけなのよ!」
いつもの代わり映えのない部室で、部長の比良坂遠乃が声を上げた。
その姿を見て八百姫雫が苦笑いをし、小山千夏が呆れたように眺め、僕が後の展開を予想して思わず首を振ってしまう。これまた代わり映えのない反応だ。
部室の窓からは初夏の日差しが入り込んでいた。見るからに暑そうだ。
今は9月だから学校に登校する必要はないのに。夕闇倶楽部の活動はある。
というか、ない日の方が珍しかったか。いつ休んでいるんだろうな、僕たちは。
「あたしたち、夕闇倶楽部もビッグウェイブに乗るしかないわね!」
「僕はそんなことをせず、砂浜でゆっくりしていたいんだけどな」
遠乃がこうして張り切るのもそのはず。現在、世間では占いブームが来ていた。
SNS上で話題になったことが始まりだった。どんどんブームが広まり、それにあやかるようにTVでも夜7時のゴールデン番組で占い番組が放映され始めていた。
もちろん一部の芸能人やネットの意見は否定的だったけど。それ以外の人は抵抗なく受け入れていて、大学でも耳に入れるくらいに流行っている。
神聖なる学問の場で占いなんてオカルト染みたことを、なんて学部の教授は嘆いていたけど。学生の立場からしたら知ったことではないだろう。
「現代の日本でここまでオカルトが流行するなんて。珍しいですよね」
「ふっふーん。そうよね! そうなのよ! やっぱり千載一遇のチャンスなのよ!」
「学部の友だちも占いにハマっていたなぁ」
あと現代でオカルト関係の流行は珍しいだけに、実は僕も嬉しい気持ちだ。
僕が好きな占い系Vtuberの卜部夢歌さんもこのブームに乗っかって精力的な活動をしている。そう考えると良いことばかりだったな。
“私は予言できるんだ。未来が視えるんだ。破滅の未来が視えるんだ”
だけど、未来、予言と聞いてしまうと。昨日の記憶を思い出してしまう。
あれから何も起きず、僕は帰宅できたわけだけど……それでも不安だった。
破滅の未来が見えている、僕以外の人たちがみんな死ぬ、とは訳が分からない。そもそも彼女の正体は何だったんだろうか。それすらもわからなかった。
「それなら、今日は占いに関して何か調査するのか?」
「ふっふーん。残念だけど、今日は! 違うことを調べるつもりよ!」
「……ならさ、なんで占いの話題を出したんだよ。さっさと本題を切り出せよ」
掴み切れない闇と不安に僕が苛まれていてもアイツの態度はわからない。
僕がやれやれと言った感じの視線を送ると、遠乃が部室の机に新聞を叩きつけた。
「社会経済新聞ですね。一昨日ですけど……遠乃先輩も新聞を読むんですか?」
「これだけ買ったのよ。でも千夏も見たんじゃない? 怪事件の記事を!」
怪事件、ねぇ。いかにも遠乃が喜びそうな話だよな。悲しいことに。
遠乃が仕向けるがまま、僕はアイツが掲げる新聞の記事に目を向けることにした。
『東京都内の〇〇地区で集団自殺が発生』
「ああ、その記事でしたか。確かに見ましたよ。かなり不可解な事件だとか」
飛び込んできたのは集団自殺のニュース。この大学の近所だった。
この記事によると内容を構成するほとんどが不可解で、謎に包まれた事件。
起きた事件の内容自体は至ってシンプルだ。合計13人の人間が自殺した。
被害者の年代や性別はバラバラ、遺書は発見できず、他殺の可能性は見られない。
だけど、彼らは確かに一斉に落ちて、自殺したらしい。監視カメラの映像では、本当に寸分狂わず、誰かに操られたかのように。
……確かに、怪事件だ。こんなにも物騒で猟奇的な事件が日本で起こったのか?
「怖いなぁ。最近、こういうような事件増えてる気がするよぉ」
「そういえば、この前も焼身自殺の事件がありましたよね、この大学の近辺で」
「あ、あったね……。うへぇ」
千夏に言われて、僕も思い出した。そんな事件があったことを。
1週間前の月曜日だったな。ある女子大生が、自室で焼身自殺を図ったこと。
その結果、彼女の部屋がある自宅は全焼。彼女以外に同居していた母親が死亡し、その妹はかろうじて生き残ったものの、全身の火傷がひどい状態だった。
「ええ、そうよね。まさに現在。この近辺で謎の怪事件が起きているの」
「うぅ……そう考えちゃうと、なんだか怖いなぁ」
「怪事件、不思議な事件はたびたび起こる話ではあるけど、短い期間に都内の某区というこの区域で発生しているのは、やっぱりおかしいのよ」
「それは不吉な予感がするな……。いや、お前。もしかして、まさか?」
確かにこの事件がおかしいのは事実。奇妙で脈絡がない怪事件。
そのせいでネットや一部の不届き極まりないメディアでは怪異の仕業だの何かの集団の陰謀だの好き勝手語られたりもしている、が。
……いや、待ってくれよ。この遠乃のワクワクしているような反応、コイツは!?
「もちろん、そうよ! 夕闇倶楽部は連続怪事件に潜む怪異を調査するわ!」
「お、おい。お前まで変な連中やネット記事を鵜呑みにするつもりか!?」
「何も根拠なしに言ってるわけじゃないわ。裏付ける証拠は存在するんだから!」
思わず、頭痛と立ち眩みがしてしまうほど。遠乃の発言に衝撃を受けた。
だけど、僕の様子を無視して遠乃はもう1つ資料を出してきた。今度は何だよ。
『連続する怪事件、終末の予言か!? 東京の××区に潜む怪異の謎に迫る!!』
モノクロの記事なのにチカチカする記事の見出しに、思わず顔をしかめる。
週刊誌、これはオカルト雑誌のヤツだよな。それも怪しさ満点の、ヤバそうな。
「こんなもの信じられるわけ……って、えっ。麻耶先輩が書いた記事なのか?」
「あっ、本当だ! この雑誌にこの記事の記者の名前。麻耶先輩だ!」
「ふっふーん。そうなのよ、麻耶先輩が一足先にこの怪事件を調べてたのよ!」
「人に興味を持ってもらう見出しですから仕方ないですけど、てんこ盛りですね」
「つまり、今回は! 麻耶先輩が起きた事件を元に怪異の調査をしようってわけよ」
ここで麻耶先輩の名前か。それなりに聞いてみようと心変わりした一方で。
“そして、みんな死んじゃうんだ。あなたの大切な人たち、すべて。八百姫雫も、小山千夏も、さらに夜見麻耶も、あの比良坂遠乃さえも! みんな!”
だけど、ふと昨日の魔女の予言が。またもや頭をよぎってしまった。
別のあの子の予言まがいを信じたわけじゃない。だけど、それでも危険だった。
「……おいおい。関わったらマズそうなものには手を出さないほうが」
「なんでよ。集団自殺なんて常識で考えたら有り得ないじゃない。怪異よ、怪異!」
「そうじゃない。これは危険かもしれないぞ。そういうのに首を突っ込むのか?」
「何を今さら、あたしたちは何度も危険に首を突っ込んでいるじゃない」
くっ。案の定、遠乃は頑固だったか。これだと説得は難しいか……?
「うーん。現時点でわからないことも多すぎますし、今は警察や記者の方々から発信される情報を待ったほうが良いと私は思いますけど」
「そんなこと悠長に待っていられるわけないじゃない!」
「悠長も何も事件現場は警察が絶賛調査中。情報も出てこないから別の路線から調査するのもままならない。流石に無謀ですよ」
だけど、千夏が。なかなかタイミングが良い援護射撃を出してくれた。
流石の遠乃も理詰めで言われると躊躇するのか、少し考える仕草を見せた。
「で、でも。警察も気づかない」
「情報が出てこないと、そう言ったじゃないですか。他の情報源が確保されているなら別ですけど、今のところは調査する余地はないのでは?」
「うむむぅ。だけど、怪異の予感がするのに指をくわえて待ってるなんて――」
「――あらあら。みんな、いろいろと頑張ってるわね。元部長として誇らしいわ」
そして、僕たちの会話を遮るかのように。部室にある人物が入ってきた。
神秘的で、夜空色の長髪が目を引いた、大人びたミステリアスな女性。
優しさが溢れた眼で僕たちを見据えている、そんな人に僕たちは覚えがあった。
「その声は……まさか。どうして、あなたが!?」
「社会人になって、すっかりあたしたちと会えなくなっちゃった?」
「職場で全然馴染めず、いつも1人で職場のデスクで昼食を取っている?」
「職場がブラック企業全開で、裁量性のない裁量労働制で働かされている?」
「「「あなたが。どうしてここに……!?」」」
「開口一番ヒドいわね!? なんでここまで言われなくちゃいけないの!?」
女性が思いっきり顔を引き攣らせると、遠乃が手を振って大笑いした。
「いやいや、冗談ですよ! お久しぶりですね、麻耶先輩!」
「冗談にしてはキツイものだったけど……いろいろと。まあ、久しぶりね。その私に対する風当たりも、本当に懐かしいものだわ」
僕たちのいじりに不貞腐れているこの人は夜見麻耶。夕闇倶楽部の元部長だ。
大学を卒業した後、オカルト雑誌を製作している出版社に就職し、記者兼編集者をしているものの……その職場は長時間労働が蔓延していたみたいで。
生来の人見知りも手伝い、職場の人にも馴染めず。ブラック企業で1人ぼっちで頑張り続けているという、なんとも悲しい人生を送っている。
だけど、オカルトに関係する知識は豊富で、とても頼りがいのある今でも僕の理想の夕闇倶楽部の部長なのだ。まったく、遠乃とは大違いだよな。
「だけど、みんな。前と比べてみると成長しているみたいね。良かったわ」
「……麻耶先輩。そう言ってもらえると嬉しいです!」
「日々の体験、時間の流れ、過ぎ去った内に。こうしてみんなは“羽化”していくというのね。私だって“うか”うかしてられないわ。頑張らないと」
「うん、やっぱりいつもの麻耶先輩だよ! 間違いないよっ!」
相変わらずの、なんというか、アレである。エアコン要らずだな。
それでも久々に会えた頼れる先輩。元気な姿を見れたことは素直に嬉しかった。
だけど、いつも忙しいか疲れ切っているかの麻耶先輩が何の用だろうか。
そして、この場の誰もがいきなり現れた麻耶先輩に聞きたいことがあるのだった。




