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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第8章 未来占術と魔女の予言
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第1話 怪奇で不思議な魔女との出会い

 残暑と真夜中とが入り混じった暑くも涼しい風が、僕の頬を撫でる。


 どうにも眠れない日は、この近所の公園を徘徊することが習慣になっていた。

 ここは住宅街の一角の一か所。普段は誰か人が行き交うような道、公園。だけど、今は孤独な静寂にこの場は包まれていた。

 聞こえるのは時折吹き付けている風が、地の砂を、木の葉を揺らす音くらいか。


 草木も眠る丑三つ時。死後の世界と繋がり、怪異と出会う時間帯。

 もしかしたら怪異に出会えるかもな、なんて。遠乃みたいな発想を浮かべつつ。


「やっと会えたね。青原誠也くん」


 真夜中の公園で――僕は小さな“魔女”に出会ってしまった。


 一目で魔女とわかった彼女の姿で、最も異彩を放っているのは服装だろうか。

 紫に染まったマントに、黒のベストにスカート。服から見える腕には包帯が巻かれていた。ソレに敷き詰められた異様な文字、ルーン文字が書き込まれている。

 そして、彼女の肩には禍々しい風貌の人形。髪は荒れて、無機質な表情の日本人形がこちらを見つめているように思えた。



 ――魔女。魔女という属性が尽く埋め込まれているようだった。



 さらに、そのベールを纏った彼女自身も不思議に満ちていた。

 ふんわりと弧を描いた黄金の髪は公園の昼白色の灯に照らされ、輝いている。目鼻と口は作られたように精巧で、それでいて魅了する愛嬌に溢れていた。

 背丈からして中学生か。魔女を構成する服装が幼い体に身に付けられている。


 ――魔女の怪しさ、神秘性と、異様さ。


 ――幼い少女の愛嬌と、繊細さと、可憐さ。


 目の前の彼女は、複数の要素を違和感なしに保持していた。

 もはや彼女を構成するすべてが不思議な彼女。だけど、それでも1つだけ僕の中でもわかっていることがあった。


「えっと、キミは誰なんだ?」


 僕は彼女を知らなかった。見たこともない、聞いたこともなかった。

 夕闇倶楽部の活動上、中身や見ためが変な人に遭遇することは多いけど。

 彼女には、彼女ほど異様な人間に僕は出会ったことがなかった。というか、ここまで個性的な少女なら過去に目にしていたら一発で記憶するはず。


 そうなると、僕に話しかけてきた彼女は誰か。という話になるけど。

 僕の名前を知る中学生の知人、依未の友だちかな。それしか思い当たらない。魔女の友だちがいたとは到底思えないんだけど……。


「誠也くんからしたらそうだよね。だけど、私はあなたを知っているの」

「……そ、そうなのか?」

「ずっと見ていた。守ってきた。そして、夜の帳が完全に落ちた今。私は誠也くんと会えたの。悠久に思えるほどの時は終わりを告げる、やっとなの!」


 まったく彼女と話が噛み合わない。彼女は何を言っているんだ。

 名前を聞いたのにその返事がないし、勝手に僕に出会えたことに喜んでいる。


「よくわからない、けど。キミは誰なんだ? 僕はわからないんだ」


 再び聞き返す。この手の輩に話の主導権を握られると厄介だ。

 僕の強気な質問に対して、彼女は少しだけ間を開けた後に、たがて答えた。



「――私は、あなたの“マモリガミ”。あなたを守り続けてあげる存在だよ」



 ――“マモリガミ”。

 彼女の小さな口から呟かれた、その単語に僕の呼吸が一瞬止まった。


 異界団地で見つけた、ある人物のノート。それに記載されていた怪異だ。

 そして、今まで遭遇した怪異から僕の身を守ってきた、正体不明の存在。

 彼女が“マモリガミ”だって? だから、彼女は僕を守ってきた?

 そして、この状況で耳にするとは思いもしなかった単語に、僕が動揺していると。


「……えっ?」


 彼女は、すっと。優しいけど、素早い動きで僕の元に駆け寄って。

 僕に抱き着いた。小さな力で、温かい、柔らかい感触が薄着越しに伝わる。


 ――そして、彼女の柔らかな唇が。僕のソレに重なってしまった。


 僕が呆然と体を硬直させて、少女の紅に染まった瞳がそれを映している。

 彼女は……笑っていた。嬉しそうだった。どこまでも純粋無垢な童女のように。


「きっと。これから夕闇倶楽部は自分たちじゃ対処できない怪異に出会うの」

「夕闇倶楽部に対処できない怪異? そもそもキミは夕闇倶楽部を――」

「そして、みんな死んじゃうんだ。あなたの大切な人たち、すべて。八百姫雫も、小山千夏も、さらに夜見麻耶も、あの比良坂遠乃さえも! みんな!」

 

 どういうことだ、雫や千夏……麻耶先輩に、遠乃までもが死ぬ?

 またもや僕の想像を超えた彼女の発言。だけど、今回は別の感情が浮かんだ。


「ふざけないでくれ。そんなことはありえないし、何より不謹慎すぎないか」


 彼女たちが死ぬかどうか、知らない誰かに予言されるなんておかしい話だ。

 そう思いはした、けれど。それを完全に否定できるかと言われると微妙だった。


 何故なら今の彼女の姿は、雰囲気は……まるで預言者だったから。

 今は深夜、神秘的な空間。非現実、ありえないことも起きる時間と世界で。自信満々に告げられる彼女の言葉は、荒唐無稽なのに奇妙な信頼性を帯びる。


 疑心暗鬼で顔をしかめる僕を見て、彼女は横に首を振る。


「ふざけていないよ。私は予言できるんだ。未来が視えるんだ。破滅の未来が視えるんだ。あなたたちだけじゃない、何もかもが滅んじゃうの」

「訳がわからない。未来を見えるだって? ますます有り得ない話だ」

「信じるも信じないのも誠也くん次第。それでも厄災は起こされるの。みんな絶望して、死んじゃうけど、私はどうでも良い。みんな死んでも良いんだ」

「そんなことは……」

「だけど――誠也くんは私が助けてあげる。あなたは絶対に守るんだから」

「…………」

「私は、だって“マモリガミ”だもん。あなたの、あなただけの。あなたを愛し続ける、あなただけの。あははっ、あははははっ!」


 口元を歪ませて、穏やかな瞳で告げてきた彼女。

 僕が睨んで返すと彼女は手を振り、そのまま場から立ち去った。

 彼女の姿が闇に消え、次第に足跡も聞こえなくなる。その光景を僕は黙って眺めることしかできなかった。



 ――僕を守っていたというのか? あんな彼女が?

 ――僕以外のみんなが死ぬ? 世界が滅ぶ? そんなことが起きるのか?

 ――彼女が“マモリガミ”? 異界で見つけたノートに書かれた、あの存在?



「…………」

 

 ダメだ。頭の中で処理しようとしても思考が追いつこうとしない。

 呆然と目前を眺めていると、僕は公園の灯りに照らされたモノを見つける。

 それは“魔術師”と、逆向きに置かれていた“塔”のタロットカードだった。






 深夜の公園、出会った“魔女”、彼女が告げた意味不明な発言。 

 未だに理解できないし、これから理解できるとは思えない。だけど。

 ――僕は、ただならない“怪異”の存在を感じ取っていたのだった。

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