第15話 人の意志は欲望をも超える
『おまエたちをこロしテ、ヨみガルんだ! ギシきはもウオワる!!』
完全に怪異としての姿を現した“魔本”が僕たちに殺意を向ける。
下手をすれば、誰かどころか全員殺される。直前に迫った現実の脅威に、この空間全体が形容し難い恐怖に包まれていた。
こんな時、どうすれば良いのか。1人だけ、遠乃が堂々と“それ”を告げた。
「――誠也、アンタが盾になりなさいっ!!」
普段なら無謀で突拍子もない命令。だけど、この状況では違っていた。
「わかってるよ!!」
だけど、僕は言われるがまま……偽物に向かい、突進することに。
言われなくても、そうするつもりだからな! 躊躇う気持ちはないんだ。
ひたすら奴に、桐野さんに、魔法陣の中の魔本に、僕は全速力で突っ走った!
「こ、コイツ……!」
だけど、力の差で吹っ飛ばしそうになりかける。予想外だった。
そういえば、昨日。部活帰りの男子高校生の血が奪われた事件があったな。確かにその日、遠乃が投げつけたモノを受け止めたりしている。
要するに、部活……おそらくラグビーとかアメフトとか、その辺りの男子高校生の力を持っていることなのか。偽物の癖に厄介な奴だな!
『オマえゴとキがカテルとおモッテイるノカ、オロカだな』
「だったら、さっさと僕を殺せば良いんじゃないか。愚かな僕を、キミが」
『こノヨユう、オまえ……まサか!? シってイルノか!!?』
だけど、アイツの顔が驚愕に染まった。どうやら僕は正しかったみたいだ。
「キミに僕は殺せない。理由は魔本にそう記されているからか、それ以外か。だけど、僕を狙わなかった時点で何らかの縛りがあるんだろう」
『……こコマで、わカッテいルのか。バカドものクセニ』
「飽くまでキミは道具だな。願い、それに見合った対価があり、本に書かれたら何でもできる。逆に言えば――書かれないと何もできない!」
『……キサマッ』
「その辺りも、あの狂花月夜と同じだな。著者を超えることはできないしな!」
『コノヤロウゥゥゥッッッ!? フザけヤガッてェェェェェッッッ!!』
僕の嘲るような言葉が効いたのか、殺せないことに苛立ちを覚えたのか。
奴が怒り任せに突っ込んできた。避けられず、飛ばされ、壁に叩きつけられた!
「――がふっ!」
体から空気が抜ける音と感覚。全身を駆け抜ける痛みが僕を襲った。
傷口が、焼け爛れそうな熱に覆われる。血が流れているような感覚もあった。
「せ、誠也! 大丈夫なんでしょうね!!」
「僕は大丈夫だ!! それよりも――」
だけど、このいざこざでアイツの視界から桐野さんが外れている。
激痛と衝撃の中、そのまま間髪入れずに彼女のところに向かうことにした。
「――桐野さん!!」
倒れている彼女を抱きかかえ、油断したアイツから距離を取ることに。
そして、奴の死角でひっそり近づいていた遠乃と秋音たちに引き渡した!
「……どうして」
「ほら、さっさと立ち上がる! アンタの面倒は見切れないのよ」
「……どうしてルリルリを助けてくれるの。ルリルリは、あんなに」
「安易な気持ちで怪異に触れ、人様に迷惑をかけ、最終的に無残な末路を送る。普通なら王道パターンよね、創作でも現実でも」
「…………」
「だけど、あたし――あたしたち。“そういう理不尽”が大嫌いなのよっ!」
“怪異を暴き出し、理不尽を超える”。魔本が最初に否定した、言葉だ。
それを否定し、奴の目論見を打破してやる。僕らが思い描いた通りだな。
そして“桐野さんを助ける”という目的は達成された。残りは魔本だけだ!
だけど、アイツを倒すための本当の闘いはここからだった。
用済みだった以上、桐野さんは放置していたものの……魔本はそれこそ奴の心臓部分だ。文字通り死ぬ気で守ってくるはずだ。
『オまえラ、オマエら、ダマシやガッテ! ヤハリジャマをスるのカ!!』
「ほら、秋音はゴスロリ女を連れて逃げなさい! あたしたちが何とかするから」
『オマエヲ、コロシてヤル!! コロシテヤるンダァァァァァ!』
ほんの前まで存在していた余裕は、完全に消え失せたようで。
あからさまな敵意と殺意を、目的の遠乃と秋音のところに向けた。
桐野さんを抱えている状況で、これは!? 僕が、どうにかできるか!?
だけど、僕が考えるのもむなしく。奴の凶刃が彼女たちを襲おうとして――遠乃が秋音の前に入って――えっ、右手をナイフに刺させた!?
僕も、アイツも心臓が止まるほど驚いたのに対し、遠乃は笑みを浮かべていた?
「ナイフはどっかに突き刺さってしまえば、他の場所は刺せないわよね」
『なンデ、ヘイキなンだ。イタクナイのカ、コわクナイノカ!?』
「……痛いわよ、怖いわよ。だけど、それだけしか思えないのよ。あたしは」
怪物が怯んだところを、すかさず遠乃がナイフを奪い取り、床に捨てた。
幸いにも刺さったのは手の端だけど……鋭利な切り傷から血が流れ出ていた。
「と、とおのん……? 手にナイフが刺さって……!?」
「シズは秋音のフォローと救急車! それまでにあたしたちが終わらせるから!」
『コノヤろウ、フザケタたマネヲシヤがッテ!!!』
だけど、刃物を奪い取ることを諦めた偽物が遠乃を直接、殺しに行った。
右足で遠乃の体を仰け反らせ、まともに動けないところを奴は迫ろうとする。
……マズい。このままじゃ遠乃が。アイツが、僕の、大切な幼馴染が――!?
「――遠乃!!?」
僕が大声を上げ、偽物が狂喜の笑みを浮かべ、遠乃が目を瞑った、その時。
――偽物の体が、遠乃から弾き飛ばされた。何かから守られたように。
そのまま床に投げ出されると、偽物は何故か――途端に苦しみ始めていた。
『ウギャア、な、なニが、アアアアア、ウギャアアアアアアア』
……今、何が起きたんだ? 遠乃が何かを起こしたのか?
僕も遠乃も、この場の誰もが何が起きたのかわからない状況だった。
『ナにヲ、シタ、ナニガオきタ、ナニヲヤッタンだ、オマエは!!?』
「あたしが知りたいんだけど。そんなこと、言われても」
『ば、バケモノ……! オマエはバケモノだ……!!』
「そりゃどうも。だけど、あたしに気を取られてて大丈夫なの?」
偽物がハッとなり、僕を……正確には魔本が存在する場所を見た
そうだ、僕はアイツが遠乃と争っている時に僕はやることをやっていた。
魔法陣と魔本は、すでに僕の目と鼻の先。すぐにでも魔本をどうにかできる。
『ア、アハハッ、ヤメロ、ムイみダ!! ナマみノヒトジャ、ハイレなイ!』
「……それは、どうかな」
『ムイみダ! そレニ、マタページヲヒキサいテモ、ナンドでモ――』
「残念だけど、今回は完全にキミを消滅させることにしたよ」
あの中心に怪異の真実が、すべての元凶が存在するなら止まる必要はない。
まるで1つの生命体であるかのような魔方陣だった。赤い線が不気味な光を放ち、線が小刻みに揺れている。陣の内側に、僕は足を踏み入れた。
「……っ!?」
突如、体が重くなり、黒い何かが体内に入るような錯覚を覚えた。
強大な、不吉なナニカでここは染まっていたのか、見えない存在が僕を襲う。……だけど、耐えられるものだった。僕に“アレ”があるなら。
飲み込まれるほど強大な闇を抜け、魔本に近づき――ライターを取り出す。
家から持ってきた、ターボライターと呼ばれる代物。もちろん目的は1つだ。
「ここが工事現場で良かったよ。何かに燃え移るような心配はない」
『オ、オイッ!!! ヤメロ、ヤメロ!!!』
「これで復活はできない。キミの存在は何も生まない、これが正解だね」
何かを喚きながら奴は僕を止めようとするけど……もう遅かった。
魔本に火を付ける。魔本の紙が燃えそうな素材ということは知っていた。
『ギャアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!』
空間に響き渡った絶叫。僕の偽物は――燃えて、苦しんでいた。
藻掻き、苦しみ……やがて手の先が、足の先が、体が、顔が黒い灰と化した。
『アアアアア……ヤメロ、ヤメロ、アアアアアアア』
「……散々手を焼かされた魔本の終わり、あっけないわね」
『アアア、アアアアア、アアアアアアアアア、アアアアアァァァァァァァ』
言葉にならない呻き声を上げながら、奴は黒い何かの粒に消えた。
そして、空間の不調和も、床の血肉も、魔法陣も。すべてが消えていた。
「終わった、みたいね」
「……ああ」
張り詰められた体内の緊張が急激に抜けて、床に崩れ落ちた。
思いがけず遠乃と目を合わせてしまった。良かった、彼女が無事で。
「誠くんにとおのん、桐野さんを病院に連れて行かなきゃ!」
「わ、私が呼んでおいたよ。救急車、すぐに来てくれると思うよ」
そういえば、そうだった。ケガをしてたんだ、忘れていたよ。
朦朧しかけている意識の中、僕は彼女たちを見つめていたのだった。
「桜坂高校、新聞部!~事件のオカルト事情は複雑怪異~」
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