表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第7章 偽欲なる自己像幻視(ドッペルゲンガー)
129/156

第6話 怪異の黒い影

「い、行ってみましょう!! あの橋の上よね!!!」


 ――唐突に聞こえた、女性の絶叫。

 何かに突き動かされるよう、僕たちは声が聞こえた場所に向かった。

 

 場所は向こうの橋。普段は歩行道となる、大きめの古びた橋。

 全速力で駆けだしたことで息切れしつつも、目的地に辿り着いた瞬間。

 老朽化からか点滅を繰り返していた、街灯に照らされた――人体を見つけた。


「い、いた!! あの人ね!!」

「だ、大丈夫ですか!? い、今すぐ、救急車を!?」


 電話を片手に、すぐさま被害者の元に駆け寄った僕たち。

 分厚いコートを着ていた、僕たちと同じ年齢の、女性。丸っこい顔、幼げな顔立ち、平均より低めの背丈に……僕は、見覚えがあった。

 

「せ、誠也先輩。こ、こここ、この人って……!?」

「き、北山さん……!?」


 そうだ、彼女だった。文芸同好会で別れたはずの彼女だ。


 その彼女が……怪物に襲われたのか、自身の血の上で倒れている。

 北山さんが被害者だったなんて。なんで彼女がここに? なんで襲われた?

 次々と飛び交う疑念に頭が混乱していると、彼女が力なさげに目を開いた。だけど、僕を見てすぐに安堵の笑みを浮かべていた。


「あっ、あっ、あっ……青原せんぱ、い……」


 複数個所を鋭利な何かで引き裂かれていた、無残な腕が僕に伸びた。

 だけど、彼女の傷口から血が流れていない。無残に刻まれた、服の隙間からは紅い肉と皮膚とが露出していたというのに。血が無かったのだ。

 やはり彼女。あの怪異にやられたというのか。それで、こんな状態に。


「と、とにかく、大丈夫だ! 今すぐ救急車を呼んで――」

「――誠くん、危ないっ!!!」


 背後からの、雫からの声が聞こえた。

 純粋な疑問で振り返った時――大きな力で、僕の体が宙を舞った。


「がはっ!?」


 そして、そのまま……地面に叩きつけられた。

 ケガはない。痛みは大したことない。それより突然の出来事の驚きと。


「黒い、影……!?」


 僕の前に存在する、黒い影が僕の感覚を支配していた。

 部室に見せられた動画の、あの怪異。それと同一の存在が目の前にいる。

 

 ――男性の、人型だった。黒い砂嵐が全身を覆っていた。

 彼が黒い物体で構成された眼で僕を見ると、手の“あるモノ”を向けた。


 あれは……銀色の、ナイフ!? アレで北山さんが……!?

 そう思考している内に、それが、僕の胸に差し迫って――そして、ついに。




 ――怪異。――黒い影。――ナイフ。


 殺されてしまうと感覚が告げた時。“とある記憶”が鮮明に浮かんだ。



“物語に従わないあなたに教えてあげる。脇役は“主人公”に勝てないの”

“あはっ、これで完璧なHappy endだわぁぁああはははははぁっっっ!!!!!”



 “禁呪の魔本”。あの時の、狂花月夜の黒い影が脳裏をよぎった。

 もしかして、もしかすると。今回の怪異――その正体は、まさか……!?


「あ、あれ」


 真理に辿り着こうとした瞬間、黒い影が虚空に霧散する。

 本当に一瞬で直前の出来事で。身構えた体が、急激に和らぎ地面に倒れた。

 ……何だったんだ、今のは。理解できず、すべてを投げ出して呆然としていた。


「だ、大丈夫なの、誠也!!?」

「あ、ああ……。なんとか」


 遠乃の声で、一気に現実に引き戻された。そうだ、北山さんが!?


「ぶ、無事なら、それよりも救急車を呼ばないと!!」

「先ほど私が呼んでおきました。それまで北山さんも持ちそうですよ」

「よ、良かった……本当に」

 

 静寂な深夜に起きた事件。被害を受けた北山さんに、あの怪異。

 これから何が起きるのか、起きてしまうのか。後ろの柱に寄り掛かった。










 ――次の日、午後の夕闇倶楽部の部室にて。

 部室に集まった僕たちは……みんな、疲れたような表情をしていた。


「はぁ……。昨日は散々な目に遭ったわね」

「寒空の下で凍えて、重体の北山さんを見つけて、誠くんが怪異に襲われて」

「挙句の果てに、警察の方から事情聴取ですか。救急車を呼んだら、そうなることはわかってましたけど……今日はゆっくりしたいです」


 あれから僕たちは救急車と、一緒に来た警察の人から事情聴取を受けることに。

 犯人と間違われるようなことはしてない。きちんと話をしたら開放してもらえた。

 だけど、やはり警察の人から事情聴取されると緊張するな。数時間に及んでしまったし。おまけに満足な睡眠を取る時間も貰えなかったわけだし。


「唯一の救いと言えば、北山って人が生きてたことくらいかしら」

「まだ予断を許さない状況みたいですけど。それは良かったですよね」

「……だけど、本当に怪異の仕業なのかな。警察の人には内緒にしたけど」


 そして、肝心の被害者、北山さんは生きていたみたいだ。良かった。

 あと、もちろん怪異に関することは4人で口裏合わせをして、警察の人には言わないようにしていた。信用されない、どころか逆に怪しまれるから。


「どうでしょうね。誠也はどう考えてる?」

「僕は……アレは怪異だったと思うけど。あんなの人ができるわけない」

「まあ、そうよね。肝心の正体はわからないままだけど」


 しかし、昨日の怪異――本当に“禁呪の魔本”が関係しているのか。

 確かにあの本は、使用者の女性が持ち去って以来、行方不明だったけど。

 ほとんどページも破かれて、何処にあるかもわからない。そもそも“願いを叶える本”を用いて、あんなことをする意味がわからなかった。


 うーん、考えがまとまらないな。眠いからかな? コーヒーを口に運んだ。


「それで。これから僕たちはどうしようか?」

「調査をする気力は湧かないし、するとしても夜からよね。今は休みたいわ」

「私としては、もう行きたくないですね。犯人と間違われたくないですし」

「わ、私も、ちなっちゃんと同意見かな……」


 確かに、僕もあの場所に向かえるだけの気力は持ち合わせてないな。

 できることなら、ゆっくりしたい。けど、僕にはやるべきことがあった。


「なら、僕は文芸同好会に行ってみるよ。秋音の様子を確認したいんだ」


 こんな状況でも僕には気がかりだったことが、秋音のことだ。

 北山さんが被害に遭ったことは彼女も聞いているはずだ。北山さんを大切な部員だと思っているだけに、今回の件で落ち込んでないか不安だった。


 それに、今回の怪異に“禁呪の魔本”が関係しているとしたら。

 もしかしたらアレを解決できるかもしれない。歪なアレを、その正体を。あの魔本ならできるはずだ。僕とソックリの偽物を作り出せるなんて。

 そんな僕の発言に、初めに反応を返したのは遠乃だった。意外なことに。


「それなら、あたしは付き合ってあげる」

「じゃ、じゃあ、とおのんが行くなら、私も行こうかな。ちなっちゃんは?」

「ここまで来たら私だけ、とは言えないでしょう。行きますよ」


 それから結局、雫と千夏も来ることになって。

 こうして僕は秋音の心配をしつつ、彼女がいるであろう場所に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ