第4話 不実な偽物、遠乃の怒り
「怪異だって、馬鹿らしい。そんなものあるわけないじゃないか」
得体が知れない僕の偽物から、夕闇倶楽部が立ち去ろうとした時。
背後から聞こえた、僕(偽)が、僕たちを否定するような発言。それに僕たちは、特に遠乃は足を止めてしまった。
視線を一挙に集めた彼。すかしたように口元を歪めて、笑っていた。
「あんた、随分と偉そうな態度だけど。そういうの否定するわけ?」
「そうだよ。当たり前じゃないか。」
「ふーん、その見た目なのにそれなの? つまらない奴ね」
「つまらないのはキミの方じゃないか。オカルトを。何の利益も生み出さない、まさにゴミだ。キミは可愛いんだし、別にやることがあるはずだろ?」
静かな、だけど確かな怒りを感じる遠乃を、彼は嘲笑う形で否定した。
普通の状況なら……考えは人それぞれだと流せるはずだ。僕も遠乃も。
だけど、これを言ったのは――僕に酷似した、顔と声の持ち主。重みが違った。
もちろん、僕にも思うことがあったりする。そうだ、自分だったから。自分と似ているからこそ彼の物言いには腹が立ったんだ。
「それにさ、怪異に人は勝てないんだよ。絶対に」
場の空気が、取り巻いた人の意思が、異様な何かで硬直する状況。
そして、彼の一言が遠乃の神経を逆撫でする。彼女の両手は握られていた。
この言葉、彼に対する怒り以上に……僕には嫌な予感がしてならなかった。
「何を言ってるの、あんたは? どういう意味よ、それ」
「そのまんまの意味だよ。諦めろってことだ。それよりも、まともに現実を――」
ふん、と。僕たちを馬鹿にするように。やれやれと首を横に振る彼。
正直のところ、耐えられなかった。僕も何か言おうと一歩前に出た、その時。
遠乃は――彼の顔面を目掛けて、ぶん殴った。
「んぐっ!!?」
一瞬の出来事で、僕(偽)が思いっきり後ろに吹き飛ばされる。
その体が端で積まれた机に全力で激突して、衝撃と轟音がホールに響き渡った。
直後、静寂と巻き起こった埃混じりの空気が場に広がる。
そして、遅れて「きゃあ!」と。小さな悲鳴が聞こえる。雫と葉月からだ。
いきなりで想像もできない出来事に……誰もが何かしらの反応を返していた。
だけど、当の遠乃は無表情だった。倒れた僕(偽)を冷めた目で俯瞰している。
「撤回するわ。誠也もどきって呼んだこと。あんたなんか誠也じゃない」
「ひ、批判も受け入れられないなんて……これだから、オカルト趣味は」
「別に怪異の存在を否定するのは構わない。迷信だと、空想だと、他人に笑われてもどうでも良い。だけど――その顔、声、仕草で言うことだけは許さない」
遠乃は、奇妙なほど淡々としていた。
まるでアナウンサーが殺人事件のニュースを読む時のような。
平坦でノイズが存在しない声。混じり気がない、無味無臭な声だった。
――普段は感情的な奴なのに。――明らかに感情による行為なのに。
おかしいそれが、不釣り合いなそれが……周りの不安感を刺激していた。
遠乃の様子を、僕以外に理解できる人間はいないはずだ。彼女を知らないから。
「不愉快だから、二度とあたしの前に顔を見せないで。それじゃ」
それだけ告げると、後は何事もなかったように踵を返した。
帰り際に彼女が僕の肩を少し突いた。アンタたちも来なさいという合図か。
それを受けた僕、それを見た雫たちが、互いに顔を見合わせつつも従うことに。みんな訳が分からないという感じだろうか。
「と、とおのん、明らかにおかしかったよね」
「……はい。まるで感情が抜け落ちてるような。そんな感じでした」
だけど、そうだった。あの振る舞いは昔の遠乃、そのままだったんだ。
「あー!! 腹立つー!!!」
4号棟を出た途端に、人目も憚らずに遠乃が絶叫する。
ちょうど講義が終わった時間帯で人通りもそれなり……注目を集めた。
突然の叫びに驚いたけど。どこか安心するようだった。
……あの状況、あの空間は。かなり心臓に悪かったしな。
安心感で息を吐き出したと同時に遠乃が振り返り、僕たちに向き直った。
「と、とおのん、落ち着いて。あまり気にしなくても……」
「アイツの顔で! あんなことを!! 言われるのが嫌なのよ!!!」
「いくら似てても思想や嗜好が同じとは限りませんし、この辺にしておいた方が」
「わかってるわよ!! わかってるけど、わかってるけど……ああ、もう!!」
なるほど。遠乃がここまで怒り出した原因がこれだったのか。
――怪異を明らかにして、理不尽を超える。
夕闇倶楽部の使命であり、そして過去の僕が遠乃に話した言葉だ。
それを、偽物だとしても僕に否定された。きっと遠乃には嫌なことだった。
普段は心の奥底に秘めているはずの、過去の自分が露呈してしまうほどに。
だけど、この話題を続けるのは……いろいろと問題がありそうだ。
どうにか話を変えようと、あれこれ思考を巡らせていると。雫が「そういえば」と他の話題を切り出してくれた。よし、グッジョブだ。
「それにしても、いろいろスゴかったね。あの子……」
「桐野さんだっけ。見た目もさることながら、言動もアレでしたね。それに誠也先輩を青木ヶ原くんと呼んでましたね。先輩の名字、青原ですよね」
「ああ、彼女は異常なほど樹海が好きなんだよ。それで僕をそう呼ぶんだ」
「じゅ、樹海。青木ヶ原樹海のことかな。み、見るだけだよね。入っちゃうと迷子になっちゃうんじゃなかった、かな」
「見るのも行くのも好きみたいだ。死体が好きで、写真を送ってくるんだよ」
「ええっ。何ですか、それは。とんでもない迷惑な方ですね」
「あのイカレ女、アイツもアイツで気に食わないわね」
やっぱり桐野さんは、どこか頭のネジが外れてるよね。いろいろと。
それに僕の偽物と仲が良いことも気になった。秋音とか北山さんとか困惑していた様子だったのに。彼女元々の性格から出た言動か、それとも……?
「それで、これからどうしましょうか? 勢いで出てきましたけど」
「どうするも何も怪異の調査に決まってるでしょ!! これからやるのよ!」
「反対はしないけど。あれ、夜にしか現れないんじゃなかったっけ」
「そういえば、そうね。どうしましょうか」
現在時刻は……4時か。うーん、今から向かうとしたら早い時間だな。
「あっ、ごめんね。私は、そろそろ帰らないと」
「付き合う義理はないし、それが良いわよ。お疲れさま、葉月」
そして、ここで葉月と別れることに。むしろ今までいたことが不思議だよな。
僕の偽物に出会い、桐野さんに絡まれ、遠乃の豹変を見ることになった。いろいろとロクな目に合わせてない。今度、お詫びしないといけないかも。
といっても、どうしようか。彼女と出かけるにもイラストのお礼で大抵の場所は行ってしまったし。プレゼント……何が良いかな。宏あたりに聞いてみるか?
「んじゃ、近所のカフェで時間を潰しましょうか」
「そうですね。その間に私は事件の概要と被害者を調べておきます」
「わ、私は……こなっちゃんを可愛がってみようかなーって」
「雫先輩、することがないからって……いや、誰がこなっちゃんですか!! 久々だったから反応が遅れましたよ!!」
先ほどの出来事も忘れて、呑気な会話を繰り広げながら大学構内を出た時。
――いきなり、誰かの視線を感じた。
「!?」
異様なソレに、ほとんど反射的に振り返った。……誰もいなかった。
「どうしたの、誠也」
「い、いや。誰かに見られているような感じがして」
「げっ。あの時のストーカー、まだ出て来ているわけ!?」
あの時とは、炎失峠の調査の時。僕の家の付近で出会った存在。
調査が終わった今でも時折、謎の誰かにストーカーされていたのだ。
調べてみても、物音がした場所に駆け寄ってみても、見つからない。すでに逃げ去ってしまう。いつも、どんなに頑張っても。
本来ならストーカー行為で警察に届けるべきだったけど……事情は特殊だった。
「しかし、奇特な奴よね。よりによって誠也のストーカーなんて」
「まあ、案外モテますからね。可能性がゼロではなさそうですし」
「わ、私は誠くんのこと、心配してるからね!! いろいろと!!」
そうだ。理由はわからないけど……対象は僕だったのだ。
女性の誰かが狙われてるなら話は別だけど……男の自分なら気にしなかった。
それに頻度も少ない。2週間に1度、大抵は1ヶ月に一度くらい。
だから、緊急性を見出せなかった。危害を加えられたわけでもないし。
「なら、さっさと行きましょ。どーせ、その内いなくなるわ」
「そうだな。僕なら大丈夫だよ」
「……うぅ、そうだと良いけれど。やっぱり不安だなぁ」
「今度、本格的に相手の正体を探ってみる必要がありそうですね」
黒い影の怪異、気味が悪い僕の偽物、正体不明のストーカー。
いろいろ謎が生まれている状況の中で、僕たち4人は目的地に向かった。




