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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第7章 偽欲なる自己像幻視(ドッペルゲンガー)
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第1話 非日常の裏側の日常

 ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、と。

 健康的な赤色をした私の血液が、歪な形の容器に滴り落ちる。



 部屋の中は、六方を木々に囲まれた沼地のようだった。

 どろどろとした異臭と湿り気。纏わりつくような空気が粘々している。カーテンは閉め切られて、それが嫌な何かを加速させていた。

 ――暗闇と不快感が、私を刺激する。それがたまらないほど好きだった。

 


 私は帰ってきた。私を受け入れてくれる空間、あの樹海から。

 樹海は好き。薄暗くて、ジメジメとして――そして、死体に溢れてる。

 おそらく自殺。この世に絶望して、どうしようもなくなって、死を選んだ。

 


 私は人が好き。だけど、生きている人は大嫌い。怖いから、裏切るから。

 だから私は死体が好き。人だけど、裏切らない、裏切れない。黙ったままで。

 母親ですらへその緒が途切れた時点で子どもを思うようにできないんだ。

 動けない人間しか絶対に信用できないと思っちゃうのは……当然のことだよね。

 



 ――だけど、私の思い通りになる人がいたら? “作れる”としたら?




 眩暈で朦朧する意識の中、私は奇妙な希望に満ち溢れていた。

 黒い、マグマみたいな液体が部屋の床を這いずり、次第に1つの物体に。


 彼の眼、彼の鼻、彼の口、彼の耳、彼の体、彼の手足、彼の全部。

 それだけで2ページに及んだ掌編小説。ちょっと張り切りすぎたカモね?



 ――樹海で見つけた謎の本。――禁忌に触れた呪術の魔本。

 だけど、私には……魅力的で、願いを叶えてくれる。夢みたいな本。


 ふらり、と。立ち上がろうとして、思わず倒れそうになった。

 そんな私の手を優しい力で握ってくれた。黙ったまま、体を支えてくれた。


「これからよろしくね。私の愛する――青木ヶ原くん?」


 設定がない、感情が書かれてない、愛しい彼に。そっと私は口づけた。














「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」


 各々のジュースが入った紙コップが互いにぶつかり合った。

 今日は打ち上げ。当日の夜にもやったけど、大学で改めてという感じだ。


 現在、僕が居る場所は――宏が所属している、ゲーム同好会の活動場所だ。


「いやー、今年の冬コミは大盛況だったな」

「1000円のノベルゲーがあんなに売れるなんて。やっぱりすげぇや」

「まっ、初参戦にしては頑張ってくれたよな。お疲れ、誠也!」


 何故、僕がこんな場所にいるのか。その理由が話題のコレだった。


“お前、ノベルゲームが好きだったよな。この際だし作ってみないか?”


 実は、夏休みが終わる頃から宏からゲーム制作に誘われていた。

 ――僕が手掛けた物語が形となって、1つの作品として発表できる。

 魅力を感じた僕は2つ返事で参加して、この場の彼らとゲーム制作を始めた。


 ここまで来れたのは宏と友人の彼らのおかげ。そして、もう1人。


「ありがとう、葉月。自分の仕事で忙しい中、協力してくれて」


 作品を作り上げる能力はあった僕たちだけど、1つ課題を抱えていた。

 この同好会に絵を描ける人物がいなかったのだ。どうしようか考えていた時、声をかけてきたのが……鳴沢葉月。僕の知人でもある彼女だ。


「しかし、驚いたよな。あのポスターのイラストでピンと来てたけど、まさか有名イラストレーターの夢見月の中の人が鳴沢だったとは」

「有名、だなんて。そんなんじゃないよ。私なんてまだまだ、だから」

「SNSのフォロワー8万人。イベントではほとんど壁配置の絵師様がまだまだだったら、この界隈はどうなるんだ。今回の売り上げも鳴沢のおかげだし」


 話を聞く限りだと、葉月はかなり有名なイラストレーターのようで。

 しかも無償で書いてくれたのだ。ただ、何故か素材集めで美術館に行ったり、街中のカフェでお茶したり、遊園地に行ったり、夜景が綺麗な観光スポットに行ったり、挙句には家に泊まりこみで同人誌を仕上げる葉月の世話をさせられたけど。


 まあ、友人のよしみということか。……なんだか悪い気はしちゃうなぁ。

 

 それにしても“夢見月”。旧暦の3月の異名で、別名では“弥生”。

 数年前から活動していたようだが、その頃から思うことがあったのかな。


「そんなんじゃ、ないよ。誠也くんが書いた物語が面白そうだから売れたんだよ」

「いやいや。十中八九鳴沢のおかげだって。オタクなんざ可愛いイラストありゃ買うんだし。それが人気イラストレーターとくりゃ売れない方がおかしいわけだ」

「そんなこと、言わないで。真っ先にプレイしたけど良かったよ」

「ありがとう。そう言ってくれると僕も報われるよ」

 

 やはり、こうして感想を貰えるのは作者として気分が晴れるな。


 今回、書いたのは「不思議の国のアリス」をテーマにしたミステリーな作品。

ホラーチックでもあるこの作品、かなり話や設定にも力を入れた結果……文字数は30万文字に。文庫本に換算すると3冊分にもなった。

 いろいろ大変だったし、締め切り直前は徹夜もしたけれど。楽しかったな――



「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」



 ――その直後。けたたましい男の叫びが部屋を満たした。

 まるで地獄の奥底から響いたような、悲愴と絶望に溢れたもの。


 声の主は……僕の向かい側右隣にいる、プログラム担当の彼。

 この場にいる全員の注目を浴びた彼は……僕に、鬼のような形相を向けていた。


「ど、どうしたんだ、彼は」

「あー、アイツ。ガチ恋してたからな。夢見月さんに」

「が、ガチ恋って。直接、会ったわけじゃないのに?」

「あのな、オタクっつー生き物は女かつ同じ趣味かつ可愛いってだけで、あれこれ妄想するような連中なんだよ。んで、実際に会ってみたら、美人で自分と同年代即ち女子大生、引っ込み思案で大人しめな性格と、まるでライトノベルのヒロインみたいにオタクの夢を叶えてた。しかも同じ大学に通っていて、同じゲーム制作に携わった。そして、お前がアイツの夢を壊したわけだな」


 夢を壊した、って。僕に、そんなこと言われてもなぁ……。


「くそぉ……ちょうど2年前、夢美月さんから同人誌を購入して。本人にDM送ったら『読んでいただきありがとうございます(`・ω・´)』って返してくれて。その後は毎年、新館もセットも色紙も購入したのに。手紙もメールも送って、その度に感謝の返事を貰えて、まるで運命の人だと思ってたのにぃぃぃっ!!!」


 どうやら彼は夢美月、葉月の大ファンだったらしい。

 頭を抱え、泣き叫ぶ彼に……困った表情の葉月が、おずおずと告げる。


「村上くんだったんだ。私の読者さんにはいつも感謝してるよ。どこの馬の骨ともわからない、私なんかの作品を買って読んでくれるんだから」

「人気なのに驕らないとは。まさにクリエイターの鑑だぜ」

「ちくしょう、青原めっ!! 俺の恋心を見事に粉砕しやがったな!! どう見てもこちら側のお前が夢美月さんと良い関係、おかしいじゃねぇかぁ!!?」

「い、いやいや!! そんなんじゃないって!! 彼女とは――」

「……そうだよね。恋愛関係は、まだないかもね。キスは、したけれど」

「はああぁぁぁぁぁっっっ!!!?」


 そして、とんでもない爆弾発言に、この場の状況が大きく動いた。


 だけど、肝心の葉月は「?」マークを浮かべて、首を傾げている。

 ……ま、まさか。本当にわかっていないのか、それともわざとなのか。

 天然気味な彼女の反応に困惑している内に、彼らのヒートアップは加速していく。


「あああぁぁぁ、もうやだぁぁぁっ!!! 青原は鳴沢さんとラブラブ、部長はリアルJKとデート!!! なのに俺たちはぼっちなんだよぉぉぉっっ!!!?」

「ちょっと待て。お前、女子高生とデートしたのか? 犯罪だぞ?」

「ちげぇよ!? 七星とだ!! 秋葉原のカードショップを見に行ったんだ!!」


 七星……というと、七星葵さんのことか。

 そういや彼女の趣味はTCGだったな。それなら納得できるけど。

 

「くそぉぉぉぉぉっっっ!! 俺もそんな出会いが欲しいよぉぉぉぉぉっ!!」

「そんなんだから恋人はおろか女友達すらできねぇんだ、バカ野郎が!!」

「アイツが……アイツラが……アイツラさえいなければ……!」

「お前に恋愛なんていらない……オタクにふさわしい最期を見せてやる!」

「おうおう、おうおう。ムテキでもねぇのに口だけは達者なトーシローだなぁ!」


 な、なんなんだ、この状況は。変な方向に殺気立っている。

 このまま、この場所に居座り続けてると……なんだか嫌な予感がした。


「そ、そろそろ、帰ろうかな」

「僕も。夕闇倶楽部のみんなを待たせているわけだし」

「そうか、んじゃ、またな。コイツら宥めるの時間かかりそうだな」


 危険を察知した僕たちは、葉月と一緒に逃げ出すことに。

 その後、扉越しに2人の絶叫と宏の大声が聞こえたのは言うまでもなかった。

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