第10話 未知と科学の怪異譚
あの事件から、ちょうど一週間が経った。
僕たちはすっかり元に戻って、いつもの生活を過ごしている。
肝心の呪いのゲームに関してだが……あれからずっと放置しっぱなしだ。
どうしよう。でも問題が起きてないなら、そのままでもいいんじゃないか。
あの時は大変で、文字通り必死だったというのに。そう思えてくるのは不思議だった。喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはよく言ったものだな。
ちなみに雫や千夏から話を聞いてみたら、あの時の記憶はないらしい。
まあ、あんな記憶が残ってたら後味が悪い。これはむしろ良かった。
しかし、今回の調査は僕たちの油断もあってか痛い目を見た。
これに懲りて、少しの間だけでも活動の自重を――
『キシャァァァァァァッッッ!!!』
「ひぃぃぃぃぃぃっっ!! こ、怖いよぉ!!!」
「あっはっはっ! これよこれ! 相手が何者かわからない恐怖感!!何もできない自分への無力感!! ホラーというのはこういうものなのよ!!!」
「しかしよくできていますね、このゲーム。これで記事を書いたら面白そうです」
なんて、するわけがない。
我らが夕闇倶楽部は、呪いなんぞ何処吹く風と言いたげに活動している。
というかあんな目にあった後で、よくゲームなんてやる気になれたな!
……僕は思い浮かべるだけでもうんざりしていたのに。
どうやら彼女たちがやっているのは、深夜のピザ屋を監視するゲームのようだ。有名らしいが、僕は知らない。まあ、あの遠乃が賞賛するんだから面白いんだろうけど。
「今日はここまでにしようかしら。やっぱり面白いわ!」
「ゲームと言えばあの事件ですけど、何とも奇妙な呪いでしたね」
「そうだよね~。でも、誠くんよくわかったね。レベルが上げることに呪いが深まっていくって。普通は思いつかないよ」
「ああ、そうだな。僕も偶然思いついたんだよ」
実は間接的にとはいえ友人のおかげなのだが、そのことは言ってない。
別に話しても良いのだが、言い出す機会を失ない、それ以来何も言わずにいる。
ちなみにそのご本人に呪いのゲームの話をしたら『だったら低レベルクリアすればいいじゃねぇか!』という、大層暢気な意見を頂いた。
ならば送りつけてやろうという衝動に思わず駆られたが、流石にやめておく。
友人を危険に晒すような趣味など僕にはない。一応、恩人でもあるし。
「というか、ゲームを辞めれば解いてくれるって随分と温情な呪いよねー」
「確かにそうですね。普通は許してくれないのが当たり前ですし」
そう言われてみれば、確かにな。データを消す際にも邪魔が入らなかったし。
そこまで僕たちに対する干渉はできなかったのだろうか。
「というか、誠也。さっきからあんた何してんの?」
「今回の調査レポートの執筆だよ。まだ終わってないんでね」
「ふーん、頑張ってね」
遠乃の気の抜けた応援にため息を吐きつつ、ペンを持って紙を前にする。
僕は物を書く時にパソコンやワープロのようなものは使わない。その方がしっくりくるからだ。周りの人からは、じじくさいとか効率が悪いとかボロクソに言われるが、ここは譲れない。
「……うーん」
しかし、これから何を書いていこうか。
概要や調査報告といったものはすでに書き留めてある。
後は考察という名のこじつけを書くだけなのだが、良い話題が思いつかない。
「それにしても、現代にも呪いはあるんですね。科学はこんなに発展したのに」
「当たり前じゃない。怪異は無限の可能性に満ちているんだからね!」
「誠くんも部誌に書いてたけど、心霊写真とか呪いのメールとかあるよね」
「そーそー。次に来るのは呪いのスマホかしら? それとも時代をふっ飛ばしてAI? ああ、これから広がっていく未来が楽しみで仕方がないわ!!」
「……お気楽そうでいいですね、遠乃先輩」
しかし、彼女たちの真面目なようでふざけた話を聞いて思いついた。
よし、今回は科学が発展した現代での怪異に関する話にしようか。
『近代から発展した科学によって、未知は排除されたように見えた。
しかし、そんなことは絶対にありえない。
何故なら科学は万能ではない。100%が存在しないからだ。
箱の中の猫が死んでいるか、生きているかなんて観測しないと断言はできない。
それが科学だ。その隙間に未知なるもの、怪異は入り込んでくる。
怪異は人が理解できない、説明できない恐怖心を巣食って生まれるからだ。
科学とオカルトは絶対に切り離すことなんてできない。
未知の可能性がある限り、世界が広がり続ける限り、怪異は存在するのだから』
……よし、これくらいで良いだろう。悪くないかも。
僕が体を休ませていると、さっきまで話してた三人が原稿を覗いてくる。
「あ、書けてるのね。ちょっと見せてー。……う、うわー」
「何だよ」
「相変わらずわかりにくい文章ね。何とかの猫も持ち出してきてるし」
「変に堅苦しいですしね」
「……悪かったな」
成り行きで書記係を任されているものの、僕が書く文章は評価が悪い。
わかりにくくて、厨二臭くて、堅苦しいか。……やっぱりそうなのか?
特に文章の堅苦しさは気にしているだけに、言われると少し心に来る。
どうすればわかりやすくて柔らかい文章が書けるのだろうか。文章力がほしい。
「わ、私は好きだよ。誠くんの文章。回りくどいようで、意外と直球だし!」
「誠也って色々考えてるようで、実のところはただの馬鹿だしね!」
「……それは認めるが、お前だけには絶対に言われたくない」
唯我独尊を行く、それこそ怪異のような大馬鹿者が何を言うか。
そんな気持ちを込めた視線を遠乃に送るが……奴は気にしていなかった。
「あ、それよりも。化け猫の調査、やるわよ!!」
「……そ、それ、まだ引きずっていたのか?」
「当然よ! せっかくあたしたちの大学の周りで怪異が出たのよ!?」
ああ、あの時みたいに何時間も歩かされるのか。
「今度は虫取り網を持ってきたし、万事おっけーよ!」
「昆虫採集に行く小学生ですか、遠乃先輩は」
「じゃあ私は煮干しとか用意しないといけないのかな?」
「……化け猫とやらが食べるんでしょうか」
何というか……つい先週、呪われたばかりなのに暢気な集まりである。
でもこれが僕たち夕闇倶楽部の、怪異の関わり方でもあった。
過度な盲信や傾倒はせずに、ある程度の距離を置きながらも探求を続けていく。
合理的な理由は必要ない。無駄だって構わない。知りたいからからやるのだ。
それに僕たち、夕闇倶楽部にとっては――
「さっそく出かけるわよ~! ほら誠也、準備しなさい!」
「はいはい。準備をするから、先に行っていてくれ」
「えっ! 本当に虫取り網担いでいくんですか!? ……近寄らないでください」
「近寄らないも何も持っていくのはあんたよ。幼児体型のこなっちゃん?」
「だ・れ・が・こなっちゃんですか!! 私は千夏です!!」
「調査中にスーパー見つかるかなぁ」
「……ちょっとは静かにしてほしいんだがな」
こうした怪異なんて、ほのぼのとした日常の一部にすぎないのだから。
三人を追いかけて部室を出ようとした時、机の上の封筒が気になった。
確か、遠乃が持ってきたんだよな。
あいつが言うには呪いのゲームが入れられていたもの、らしい。
捨てられていたのか、くしゃくしゃになっているそれを僕は手にとって見た。
「…………」
何というか……感想を簡単にまとめると、普通で異常だった。
それ自体は普通の、封筒と言われれば真っ先に思い浮かべる形や色のもの。
――しかし、異常なのはこれに遠乃の家の住所が書かれていないことだった。
郵送されたものならあるはずなのに。これはどうやって送られてきたんだ?
疑問に思った僕はもう少し調べてみる。すると、封の場所に判が押されていた。
よく読んでみると“神林”という文字だと判明した。
「かみばやし……? かんばやし……?」
読み方はどうでも良かったが、気になったのはその意味だった。
推測するなら、誰かの名字と考えるのが尤もな答えだろう。
……おそらくは、送り主の。
しかし、誰かは分からなかった。神林なんて名字、聞いたことがない。
「おーい、誠也ー! 何やってんのよ!!」
色々と考えていた時、扉の向こう側から遠乃の騒がしい声が聞こえてくる。
そういや、三人を待たせていたんだったな。夢中になっていて忘れていた。
「ああ、悪かった。すぐ行くよ」
謎の封筒、押されていた判に後ろ髪を引かれつつ、僕は部室を出ることにした。




