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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第6章 狂霊映画と幻死病
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第21話 崩壊を始めるアンサンブル

「せーやさん。なんでここにいるんですか」


 存在しないはずの4階から降りてきた雨宮さん。

 困惑する僕たちを見下ろすように、無垢な表情を浮かべていた。


「さ、探してたんだ、雨宮さん。それに――」

「せがわくんにあったんです、わたし」


 僕の心配を遮るようにして、話をする雨宮さんは。

 瀬川くん。行方不明の瀬川拓哉か。彼に会ったとはどういうことか。

 そもそも話の流れがおかしい。僕たちと再会して話す内容は他にあるはず。先ほどから目の焦点が合わない。話し方も不自然だった。

 まるで僕と彼女との間に大きな隔たりが置かれているかのような、強烈な違和感を覚えた。それが彼女への負の感情を促進させる。


「せがわくんがよんだんです。それでなかにはいったんです」

「と、とりあえず、ここを離れないか。詳しく話を聞きたいしさ」


 彼女を見つけた今、ここに居座る必要はない。早く戻りたかった。

 だけど、雨宮さんは首を傾げるだけ。どうするか考えていた、その時。


 ――暗闇から、白い無数の手が伸びてきた。


 何者かの、何者でもないそれらは……雨宮さんを標的にしていた。

 均一に、気味が悪いほど整った血の気がない青白い手が雨宮さんに――


「逃げるぞっ!!」

「えっ、きゃあっ!!?」


 その前に、僕が彼女の手を強引に引っ張り逃げ出した。

 このままでは、雨宮さんが人ならざるナニカに連れ去られてしまう。

 ……もしかして、あれも幻覚かもしれない。けど、今はこの手しか!!

 そのまま階段を下りて、2階の踊り場、2階、1階の踊り場を通り抜けていった。


「雨宮さんは見つかった!! ここから逃げるんだ!!」


 そして、雫や千夏を放置するわけにもいかないから呼びかける。

 幸いにも僕の声が届いたようで、直後に大きな足跡が暗闇に響いた。

 そうして僕たちは脱出する。薄暗い森と廃墟の沈黙、荒々しい僕たちの呼吸だけがこの場を支配していた。


「あ、ありがとうございます、誠也先輩。楓ちゃんを見つけてもらって」

「ああ。それで……いろいろと見つけた、よくわからないが」

「わかりました。旅館に戻ったら整理しましょう。ほら、楓ちゃんも来て」

「ちなつさん、どうしたんですか。そんなにかなしいかおして」

「……私がいたのに、こんなことに」


 脱出した後でも、今の自分には何が起きたのか理解できなかった。


 ――幻覚上の怪物、ビデオテープ、謎の4階の存在、雨宮さんにあの白い手。


 こんなの、あまりなかったはずなのに。僕が、怪異相手にこうなるとは。

 いや、変なことを考えるのはここで止める。雨宮さんを見つけたんだから、心配される前に帰宅するだけ。他のことはその後に考えるしかない。


「雫は運転できそうか?」

「大丈夫だよ。でも、ちょっと水を飲ませて。喉が渇いたから」


 2ℓの水が入ったペットボトルに直接口を付けると……そのまま飲み干した。

 数秒後に飲み終わると無造作にボトルを投げ捨て、そのまま雫は2本目を開ける。もしかして、それもすべて飲む気じゃ。


「何をやってるんですか! それ以上、飲んだらダメですよ!!」


 僕が止めるよりも早く、千夏が体を呈して止めに入った。


「離してよ、ちなっちゃん!! の、喉が渇いて……水を飲まないと!!」

「体内に必要な水分なら十分摂取できてます!! こうした過剰な水分補給は血中のナトリウムの濃度が低下させて……最悪の場合、死に至るんです」

「えっ」

「だから、お願いします。もう止めてください。私は心配なんです」


 千夏の悲痛な訴え。必死さの表れか目には涙が浮かんでいる。

 そんな様子に雫も心を打たれたらしく、今までの行動をすべて止めた。


「わかったよ、ちなっちゃん。我慢する」

「ありがとうございます。それで運転の方は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。私が運転しないとダメだしね」


 僕たちは車に乗り込んで、エンジン音を立てて発進した。

 林の中を進む車。帰路を辿っている車の中は、重苦しい沈黙に包まれた。

というより、何を話せば良いのかわからなかった。……特に雨宮さんについて。話したい内容はあるのに喉から言葉が出ない。不安と恐怖とで。

 そして、あの廃病院から少し離れた時だろうか。急に僕の携帯が鳴った。

 

「遠乃から、か」


連絡を寄こさない僕たちを心配して連絡したのか。出てみることに。


「もしもし――」

『今まで何やってたのよ、大馬鹿誠也!!』


 開口一番に遠乃の声。車内のみんなも聞こえるくらい声量。

 ……やれやれ。と、思ったけど。遠乃の様子がおかしかった。


「病院の中を探索していたんだよ。この周辺、今まで圏外だったんだ」

『はぁ? 下見だけで良いって、あたし言ったはずだけど』

「それが、雨宮さんが勝手に廃病院の中に入ったんだよ。それで僕たちも入らざるを得なくなったんだ。その際に探索を行った、短い時間だけだが」

『なに、それ。いや、それは別に話を聞くとして。伝えることがあるの!』


 いつもらしくない、緊迫した様子で遠乃はその後を告げてきた。


『葉月が変な様子になったの!! 今すぐ旅館に帰ってきて!』






 なぜ土螺村ではないかと、疑問に思いながら旅館に到着する。

 旅館に戻ってきた僕たちを待ち受けていたのは――またもや怪異だった。


「それで、何があったんだよ」


 僕が質問してみると、遠乃は決まりの悪そうな顔をした。

 現在、この部屋の中には僕と遠乃、宏にぐったりとした様子の雫。

 他の人たちは……。まず宮森さんは他の映画同好会の人たちに付いている。一秋くんと七星さんは雨宮さんのところにいた。

 そして、千夏は別室で調べ物。今回の件、かなり責任を感じてるみたいだ。


「急に撮影器具が倒れたの。吾野さんがそれの下敷きに」

「それは……。あの人は大丈夫だったのか」

「大したケガじゃなかったみたい。でもね、問題はそこからなの。その直後かしら、葉月がおかしくなったのよ」


 確か電話をしてきた時も言っていた。具体的な内容は聞けなかったが。


「急に誰かに対してぶつぶつ謝りだしたのよ。“ごめんなさい”って」

「ご、ごめんなさい? 謝りだした?」

「誰が咎めても止まらない。挙句の果てに……高台から飛び降りようとした」

「それって!! 葉月は大丈夫なのか!?」

「大丈夫、生きてるわ。でも、相変わらず、ぶつぶつ続けているわ」

 

 雫、雨宮さんに続いて葉月までもおかしくなった。

 しかも彼女は実際に死のうとしていた。それは、まさしく“幻死病”で。

 なぜ彼女がそうなったのか。僕が考えようとした時に、部屋の扉が開いた。


「あら、千夏の弟に神林。楓の様子はどうだったの?」

「あまり良くないみたい。休んだら少しは回復すると思うけど」


 どこか疲れた様子の2人。無理もないか、仲の良い友達が、ああなれば。

 むしろ今は落ち着いているくらいだった。特に七星さん。僕たちが帰宅した直後は「楓に何をしたのよ!!」と掴みかかってきたほどだったから。

 彼女にとって友人、雨宮さんがどれほど大きい存在か。わかった気がした。


「話を聞いてきたけど、どうやら病院内に侵入したのは楓が原因みたいね」

「当然でしょ。夕闇倶楽部が何の理由もなく大ポカやらかさないわよ」

「それが信用できないの。それに、あなたたちが楓を連れてきた責任はあるわ。よりにもよって怪異の温床となっているはずの場所に」

「……それは、すまない」

「現に楓たちは被害を受けてるのよ? もしも次に相手に機会を与えたら、今度こそ取り込まれて――」

「はいはい、わかったわ。んで、どうするの。あたしたちを恨み続ける?」


 おいおい。僕たちに非がある以上、よろしくないぞ。遠乃にそう言おうとすると、その前に七星さんから諦めたような溜息が聞こえた。


「怪異が存在するんだから、むしろ徹底的に追及するしかない。あのまま楓やみなさんを放置するわけにはいかないし」

「……七星さん」

「もちろん私も全面的に協力する。こうなったら、とことんやりましょう」

「なら、とりあえず、今までの情報を整理しましょうか」


 そうして窮地に立たされた状態で僕たちの情報交換が始まった。

 今回の件では僕も責任を感じていた以上、頑張るしかない。……だけど。


「千夏が撮影してた、廃病院の写真ってどんなの?」

「データならここにあるけど。大したものはなかったな」


 千夏が調べ物をする前に貰った、あの時の廃病院の写真を見せる。

 僕も見たけど、幻死病や呪いの映画に関係しそうなものは写ってない。2人なら何か……と思ったけど。反応を見る限り期待できないか。


「ふーん。あたしが見た感じだと単なる廃墟って感じね」

「落書きとかがないのが気になるかしら。あってしかるべきなのに」

「んで、神林。この写真から何か感じない? 怪異の匂いとか、ほらほら」

「私は警察犬なの!? ……写真からは特に感じなかったわ」

「なるほどね。それで、他に調べる必要がありそうのは?」


 他の怪異の情報は……。やはり実際に行った本人に聞くくらいか。


「一秋くん。キミがあの廃病院を訪れた後、呪われたらしいな?」

「はい。まさに今の楓や、それと鳴沢さんでしたっけ、あんな感じでした」


「その時、君はどうなったんだ? 聞かせてくれると嬉しい」


 僕の問いには、一秋くんは少しばかりの沈黙の後に答えてくれた。


「あれから変なものを見て、変な声も聞こえて。誰かが俺を嘲笑うような、馬鹿にするような。どうしようもなくなって……何より死にたいと感じました。心の底から」

「…………」

「それは1週間くらいで収まりましたけど。変なことしでかしてたんで、いろいろな人に迷惑をかけたと思います。すみません、変な話しかできなくて」

「いや、大丈夫だ。むしろ話してくれてありがとう」


 やはり一秋くんがなったのは“幻死病”か。奇異な行動と幻覚に幻聴。

 そして、“死にたい”という感情、か。噂でも、村部さんの話でも聞けた。

 幻死病に感染したと思われる人に、必ず出ていた症状だった。この希死念慮は。


“旅館の孫娘さんの話によると幻死病の症状は幻覚や幻聴、気分の悪化とかなんでしょ。これ、ばっちし精神病と被るのよね。おそらく関係があるはず”


 僕が遠乃の推測に納得できなかったのは、決めつけ以外にもあるはずだ。

 今までの情報から見て、そうした症状から来る希死念慮ではなかったから。いや、むしろ希死念慮が主軸に呪いが、幻死病の症状が成立している。


“当時の精神病院は精神病者だけでなくホームレスや身寄りのない方を合法的に閉じ込める場所となってたわけです”

“入院させられた人は何十年もの間、こうした病院に閉じ込められました。家族に捨てられ、差別と偏見の視線に晒されながら、ここの生活を余儀なくされたわけです”


 そして、千夏が調べた地籠病院の忌まわしき歴史。

 ――もしもあの廃病院が、幻死病と関係していたら。それが根源とするなら。

 そ考えてみると。“幻死病”の病理は、原因は、真実は、つまり……?

 

「…………」


 確証に昇華するにはあと一歩で情報が足りなかった。

 そして、怪異に関する情報。1つだけ僕の手に存在している。文字通りに。

 だけど、それは知っていても口にできない代物。それを破ってくる奴といえば。


「ねぇ、誠也。あんたが見つけた映画の後編――見てみない?」

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