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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第6章 狂霊映画と幻死病
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第20話 地籠病院跡地にて

「雨宮さん、1人で病院に入ってしまった?」


 突如として消えてしまった雨宮さん。

 原因不明の現象には、僕の心臓が変な音を立て始めた。


「ど、どこに行っちゃったんだろ……?」

「林の中や病院の裏は調べたんですけど……。と、とりあえず電話で連絡を……って、圏外!? なんでですか!?」


 そして、案の定というべきか、電話は繋がらなかった。

 元々田舎の地域で電波はあまり良くなかったが、まったく電波が届かないのは初めてだ。やはり、ここには何かがあるのだろうか。


「ど、どうしようかな……。みんなのところに戻ってみる?」

「楓ちゃんが心配じゃないですか。この間に彼女の身に何かあったら!」

「で、でも、それならどうするの?」


 こうなったら、僕たちは“ある決断”をしなければならなくなった。


「この病院の中に入る、しかないのか……?」


 ゆっくりと、現実を受け入れるように目の前の建造物を俯瞰した。

 曰くつきの病院。あらゆるものが廃れ、なおも何かを残しているような。

 短時間で見つからない場所に彼女が行くとしたら、この中しか有り得なかった。


「やっぱり、そうなりますよね。いるとしたらここしか」

「で、でも!! ここで楓ちゃんたちは怪異に遭遇したんだよね!? なら楓ちゃんがこんな場所に1人で行くなんて考えられないというか」

「だからといって中に侵入しないとは限らないぞ、彼女の性格的に。それに、なおさら探しに行かないと不味いぞ。彼女を危険に晒すんだから」

「……うぅ。そうなる、よね」


 意見がまとまったところで、僕たちも廃病院に侵入することに。

 目の前の錆び果てた鉄門をよじ登る。高さはあったが、なんとかなった。


「ち、ちなっちゃん、大丈夫? その、身長とか!?」

「大丈夫ですよ!! 余計なお世話ですってば!!」


 どこか呑気な2人の会話を繰り広げつつも、何とか門の向こう側に。

 ……こうして間近で見ると、廃墟から不穏な空気を感じる。

 一抹の怖気と嫌な悪寒がするのを感じながら廃病院内に入る。念のために持って来ていた懐中電灯を点けて。

 暗闇に光が照らされ、今は使われていないだろう病院の内装が露わとなった。


「いかにも何か出そうなところだなぁ。本当に楓ちゃんが?」

「可能性は高いと思いますよ。他に、行く当てはないですから」

「それにしても、ここが噂の廃病院か。一秋くんたちが怪異に遭遇した」

「はい……その先輩の認識で合ってます」


 見えたのは、まさに廃墟。深い暗闇に、重い空気。

 元々病院の設備だったものは、荒廃した様子で床にぶちまけられていた。

 本来が生命に関わる空間のもあり、それらが異様な雰囲気を生み出している。

 そして、何よりも感じたのは――息が詰まりそうな閉塞感。ここが患者を休ませる空間だと言われても信用できないくらいに、この場を支配していた。


「それに、1階だからここは待合室だよね。それにしては狭いような?」

「まともな診察をするんだったら、こんな山奥の森の中に病院を作りませんよ。この病院にあったのは形式的な診察と大量の病床です。病人を閉じ込められる」

「……えっ、でも、病気の人なんて大量にいるわけ」

「土螺村が廃村になったり、この病院が廃院になったりしたのは1960年代。福祉における分野では隔離施策を取っていたんです。要するに社会的弱者は施設にぶち込んでおけ、ってことです。東京オリンピックも重なり、当時の精神病院は精神病者だけでなくホームレスや身寄りのない方を合法的に閉じ込める場所となってたわけです」

「……そんな歴史が」

「加えて、偏見まみれの時代なので精神病者に対する当たりも強く。入院させられた人は何十年もの間、こうした病院に閉じ込められました。家族に捨てられ、差別と偏見の視線に晒されながら、ここの生活を余儀なくされたわけです」

「もちろん……ここの病院も例外じゃ、ないんだよね」

「はい。具体的に何があったか、までは調査中ですけど」


 なるほど。鬱蒼とした病院の空気、それが原因かもな。

 そうした知識も今は不安を駆り立てる材料にしかならなかったけど。

 しばしの間、僕たちの間に何も話さない時間が生まれた。

 もちろん状況がいろいろと危うかっただけに、すぐにその沈黙は途切れた。


「とりあえず探そう。ここに居るなら呼びかければ見つかるはずだ」


 僕の言葉に、千夏は苦虫を嚙み潰したような表情で首を振る。


「弟の話では、この病院で包帯巻いた怪物に遭遇しているんです。彼らの見間違いの可能性もありますけど、出鱈目に行動するべきでないかと」

「ということは……?」

「各自で行動して、速やかに探し出すしかないですね」

「ええっ、手分けして探すの!?」


 確かに、本来なら1人で行動するのは御法度なのだけど……。

 今回は早急に雨宮さんを探し出さないといけない状況だ。妥協するしかない。


「千夏の言う通り、個別に探そう。だけど、何かあったらすぐ逃げるんだ」

「わかりました。それなら、どのように分けましょうか」


 この状況、何が起きるか分からない。なら僕が危険を冒すのが筋だ。


「僕が一番上の階を探すよ」

「わかりました。そうしたら私が2階を探索します」

「じゃ、じゃあ、私が1階。……ごめんね、楽しちゃって」


 別れて探索することになった僕たち。雫と別れ、階段を上がった。


「では、先輩。気を付けてくださいね」

「分かってるさ。千夏も気を付けてくれよ」

「……先輩、あの」


 立ち去る直前、僕は千夏に呼び止められる。

 だけど、すぐに彼女は誤魔化すように視線をよそに移していた。


「いえ、なんでもありません。忘れてください」

「そうか。何かあったら、遠慮なく話してくれよ」


 こうして2階で千夏とも別れ、僕は不気味な廃病院を慎重に進み始めた。




 ――地籠病院跡、3階。

 元は病院のものだったあらゆる設備が時の流れと一緒に放置されている。

 頼りになるのは懐中電灯の光だけ。鉄格子が設置された窓は頼りにならない。

 1階の入り口と比較して少し、どころか相当、異様な雰囲気を醸し出していて。

 総じて、患者を不当に閉じ込め、諦感と悲劇と絶望とで、彼らを支配していたこの場所。そんな歪んだ歴史の存在を改めて認識させる空間だった。


「雨宮さーん。居ないのかー」


 全力ではないものの、この階にいたら聞こえる声で呼んでみる。

 ……待ってみる。だけど、反応は帰ってこない。恐怖と緊張で荒い僕の呼吸音が聞こえるくらいに、辺りは静まり返っていた。

 彼女はどこに居るんだろうか。疑問に思いつつも、足を止めずに通路を進む。

 途中、扉が多いことに気づいた。通路を遮るように扉が置かれている。……この辺りも閉じ込められたような錯覚を思わせる、1つの要因になっていた。

 そして、角を曲がって少し経ち、通路の向こう側が懐中電灯で照らされた時。


『…………』


 僕は一瞬だけ息が止まった。――何故なら、目の前に怪物が居たから。

 全身を至る所が血と黒染みで汚れた包帯で巻いて、壊れたおもちゃのように首を、体を不安定に揺らし、手に大きな血と錆びとが張り付いた鉈を持つ怪物。

 まるで、この世のものとは思えない、存在するわけがないはずの異形。


“幻覚や幻聴など、内部では怪物に遭遇したと言ってました”


 千夏の言葉を思い出した。一秋くんの報告は真実だった。

 現に怪物は目の前に、確かに存在していた。そして、僕に向かってゆっくりと、無言のまま、刃物を引き摺って迫りつつある。

 ――だけど。僕は“あること”が気になって……妙に冷静でいられた。


「音が、しない?」


 意図せず声にも出た。そうだ、刃物を引き摺っているのに音が聞こえない。

 それどころか足音も聞こえない。迫ることで煽られる風もしない。死角だけは反応しているが、その他の四感は何も反応を示さない。

 それが意味することは……と、考えている内に怪物の姿は消えてしまった。

 何だったんだ、今のは。突然のことに驚きつつ、心臓の鼓動を抑えていると。視界の中に扉が大きく開かれた部屋を見つけた。

 ふと、何故か、気になった僕は部屋に入った。誘い込まれたかのように。


「病室、のようだな」


 部屋の中は狭い。明らかに個人用の病室に6つのベッドが敷き詰められている。どうやら、ここもそのままで放置されていたらしい。

 この病院特有の閉塞感。凝縮したような部屋の中で、あるものを見つけた。2つ目と3つ目のベッドの隙間に、隠されていた“それ”を手に取ることに。

 ――ビデオテープ。カラーどころか白黒のテレビすら普及してない時代に廃院となった場所に、どうして。気になって、ラベルの文字を見た。


『T大学 呪われた村 -籠螺村-』


 呪いの映画、後編だった。なんで廃病院にこんなものが!?

 現実を信じられず、ビデオテープを何度も見てみる。結果は同じだった。

 確か、大槻さんが手に入れたのは前編で、後編は行方不明になっていたはず。

 そりゃこんな病院に隠されてたら見つからないだろうけど、どうしてここに――


 コツ……コツ……コツ……コツ……コツ……。


 と、思っていた時、足音が聞こえた。これは……あの階段からだった。ここの階に向かっているようで、だんだんと音が鮮明に化している。

 もしかして雫や千夏が何かを見つけて、僕のところに来たのか。気になった僕はビデオテープを片手に部屋を出ることに。

 雨宮さんが見つかった報告かもしれない期待感と、それ以外の何か、それも嫌な何かかもしれない不安感を胸に、足早に階段のところに向かう。

 ――そして、今すぐにでも心臓が止まりそうな、不可思議な出来事に遭遇した。


「4階……!?」


 目に飛び込んできたのは、4階に続く階段。

 有り得なかった。外装から見てこの建造物は3階建てだし、死というワードを連想させるから、病院では4の数字を使う階や部屋を避けているのだ。

 そもそも――僕が来るときには、そんな階段は存在してないはずだった。

 だけど、僕が効いた足跡はここから聞こえた。暗闇の中、謎の空間から何が出るのか。恐怖と、焦燥で体が思うように動かない状態で凝視する。


「せーやさん。なんでここにいるんですか」


 見慣れた姿、少女。――僕たちが探していた、雨宮さんが。

 4階からゆっくりと階段を降り、虚ろな目で僕を見据えていたのだった。


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