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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第6章 狂霊映画と幻死病
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回想4 1965年の記憶

 ――おかしい。何かが狂い始めている。

 狂っているのは今日に始まったことじゃないが、今までとは違った。

 別の物に例えるなら……建造物。床に汚れ、障子に穴、畳が傷んだ、それだけで終わって物が、いつのまにか壁や床の穴、柱の損壊、致命的な瑕疵に化けた。

 形容し難い不安と恐怖とが、巨大化して迫り来ているようだった。


「お、おい、そこをどけっ! 死人を運んでんだよ!!」

「ぎゃあああああぁぁっ!! ――先生じゃないか、どうしたんだ!!」

「うるせぇよ!! 静かにしろ、連中が気づいちまうだろうが!!」


 廊下から、けたたましい複数の声が聞こえてくる。

 もはや誰が死んで、どうして殺されたかなんてどうでも良いことだが。

 常軌を逸した出来事に、部屋の中の俺たちにも不穏な空気が蔓延していた。

 好奇心に駆られて、俺は気づかれないように窓の外を覗いてみる。男たち4人が走って動かしている車輪付きベッドには、何かが横たわっていた。


 ――両目を刳り貫かれた、白衣の男。


 手が異様に血塗れてたから、きっと自分の手で目を抉ったんだろう。

 そして、あれは医者だ。細い体格と気味の悪い顔のつくりに見覚えがあった。

 口が悪くて高圧的で、注射が下手くそで、だから薬を出すことしかできない、こんな場所にしがみつくことしかできなかった無能野郎。

 誰もやらない“管理室”の責任者にされ、現場から厄介払いされたことに苛立ってか俺たちに八つ当たりしてるクズだが、ああなると憐れみは抱いた。


「…………」


 何回目だろうか。あいつらが自殺する。狂気に満ちた方法で。

 この場に漂う不穏な空気、異常にしか思えない正体がこれだ。何故なら俺たちが死ぬなら理解できる。全てに絶望して、死ぬ。捨てられた俺たちにはお似合いだ。

 だが、最近はこんなことが連発していた。関係ない奴らまで死を選ぼうとする。

 ……何が起きているんだ。俺たちの絶望が伝染したのか、病気のように?


「あ、あああ。俺たちは、どうなるんだよ。なんで生きてるんだよ」


 隣のベッドから、地獄の底から響かせたような低い声が聞こえた。

 そういや、お隣さん。“入れられて”1ヶ月だったか。攻撃性と誇大妄想が強くて、ここに来た直後は、とんでもなくやかましかったのを覚えている。

 だけど、駄目だった。生意気にも他の奴らに楯突いて、問題行動を起こしまくって、それで“管理室”にぶち込まれて、駄目になっちまった。


「死にてぇ、死にてぇ、死にてぇ、死にてぇ、死にてぇ、死にてぇ」


 ぶつぶつ、ぶつぶつ、と。ふらふら首を動かすお隣さん。

 惨めな姿を、生気がない眼で他の部屋の奴は凝視する。気持ち悪いことに。

 ……まあ、荒廃した空間に、荒廃した精神。俺の方がおかしいのかもな。

 窓から離れ、自分のベッドに戻ろうとしたその時。


「しっかりしろっ!!! 早まるんじゃねぇ!!」


 何をしでかすか、すぐに分かった。速攻で俺は体当たりを食らわせた

 幸いにも相手の体からは力が抜けていて、素直に床へと崩れ落ちてくれたが。

 体から負の何かを出すように、俺は息を吐いた。だけど、気持ちは落ち着かない。

 こうして今は止められたとしても……いつかは勝手に死んでしまうだろう。こいつも、他の奴らも、そして俺すらも。

 職も生活も身寄りも、自分の名前すら失われた俺たちにとっては、どう死ぬのか、死体がどうなるか程度の差異しかないのだから。

 

 


 思えば、ここから世界の崩壊は始まっていたのかもしれない。

 もはや対象は関係なかった。この病院は“ある病気”が支配していたのだ。

 見えるはずがない幻覚が見え、聞こえるはずがない幻聴が聞こえ、有り得ない妄想に駆られ、どうしようもないほど死にたくなり、絶望して死に至る。

 いや、こうなると呪術の域か。とあるナニカに取り憑かれているのだから。

 



 そして、俺には分かってしまったんだ。この病の正体は――

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