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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第6章 狂霊映画と幻死病
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第17話 浮かび上がった怪異

 湖には――思わず目を覆いたくなるほど、たくさんの死体が浮かんでいた。


「な、何が起きてるんだよ……」


 かろうじて喉から出た声。それが現状のすべてを物語っていた。

 あるはずがない湖。陰鬱で人の心を飲みかねない空気。無数に思える死体。

 もはや、この場にいる人のあらゆる感情が麻痺して何もできないでいた。

 僕の体も岩のように硬直していた。動かない、というよりは感覚が朧気で現実味がわかない。まるで別の誰かが見ている景色を眺めているかのような。

 現実を覆い尽す恐怖と非現実的な浮遊感。相反する感覚が僕の思考の中を駆け巡って……何が何だか分からなくなった。


「……、……、……」


 途端に、何かが抜け落ちた様子の葉月が前に一歩踏み出し始めた。

 続けて一歩、もう一歩と死体の浮かんだ湖へと迫っていく。その姿を見て、流石に目が覚めた僕は止めようと葉月に声を上げようとして


「誠也、何かあったの!!?」


 後ろから、それよりも大きな声が飛んできた。遠乃だった。


「あ、ああ、と、遠乃」

「悲鳴が聞こえて駆けつけてみたら。どうしたのよ?」


 心配そうに僕を見つめる遠乃。後ろでは他の人も駆けつけて来ていた。

 彼らの姿が確認できて少しだけ正気を取り戻した僕は、震える声で説明した。


「し、死体が……」

「えっ?」

「お前にも見えるだろ! あの湖に死体が浮かんでいるんだよ!!」


 つい声を荒げてしまった。だけど、この状況はまともじゃない。

 だけど。遠乃は怪訝そうな態度で顔を歪めると、僕に向かって告げた。


「何を言ってるのよ。何もないじゃない」


 後ろを振り返る。何もない、雑草に埋め尽くされた平原が広がっていた。

 今まで存在していた湖は影も形もなかった。おかしなことに、不可解なことに。


「ど、どうしたの。誠くんに、みんな、怖い顔して」

「はっちゃん、大丈夫!? もしかして変なことに巻き込まれて――」

「今は止めましょう。後で落ち着いたら話を聞き出せば良いんだから」


 遠乃が雫や宮森さん、他のみんなを説得したことでこの場は

 それからは互いに嫌な沈黙が続いたまま、片づけを終えたのだった。




「――で盾に攻撃」

「シールドチェック。はいトリガーよ、5コス以下全バウンスで」

「はぁ……。気が紛れるかなと対戦やったけど、やっぱ虚しいだけだよなぁ」


 あれから撮影と後始末を終えた僕たちは昨日の旅館に帰ってきた。

 温泉で汗を流して、今は部屋で夕食に向けてしばしの休息を取っていた。

だけど、土螺村から離れても、旅館に帰っても、温泉に入っても、あの湖に浮かんだ死体が脳裏に焼き付いて離れない。あれは何だったんだ。何を意味していたんだ。


「ふーん、村の儀式に、湖に浮かんでいた死体ねぇ」


 どこか納得した様子で、僕の話を聞くため部屋に来た遠乃は頷く。

 遠乃は儀式の謎はもとより、僕たちが見た湖のことも信じてくれたらしい。

 僕たちは夕闇倶楽部。怪異を暴き出すサークル。そうした話を疑うことはないし、僕たちの様子からも察してくれたようだった。


「村の儀式は、うん。これ自体が怪異の原因だと思えるくらいに酷いわね」

「ああ、そうだな」

「そして、あんたらが見た湖の幻覚だけど。気になるのは浮かんだ死体ね」


 ……だけど、幻覚。そうか、幻覚なのか。

 実際に体験した僕には受け入れられない単語だけど、そうだよな。


「今までの情報から推測するに、死体は村人じゃないの。今まで殺された」

「いや、村の儀式により死体は解体されているはずだが」

「必ずしも生前の状態で出てくるとは限らないでしょ。交通事故で死んだ少女が心霊写真にというケースでも大抵は普通の少女のままだし」

「確かにそうだが……どこか腑に落ちないんだよな」


 遠乃の意見が最も筋が通っているとはいえ、どうしても納得ができない。

 もはや感情や直感の領域だったから、口に出して反論することはないけど。

 そもそも儀式で生贄にされることを村人はどう思っていたのか。名誉だと受け入れられていたのか、それとも違うのか。後者が大抵だが、前者も有り得る。

 あの死体の正体……思い返すと細部の記憶が曖昧だったな。服装はどうか――


「ねぇねぇ、遠乃に誠也くん。ちょっと良いかな?」

「いきなり何よ、ユーリ」


 あれこれ考えていると、宮森さんが僕たちのところに来た。

 この時間、部屋の移動が激しいな。僕が遠乃に呼ばれて、千夏と雫が温泉に行き、映画同好会の皆さんが別室で会議、七星さんと宏が来ていたりする。


「ノンさんに聞いたんだ。撮影は……続けるんだって。それで大丈夫?」

「僕は大丈夫だし構わないよ。確証がないことで邪魔したくないし」

「ここまで来て逃げるわけにいかないものね。撮影も怪異も終わらせなきゃ」

「そっか。だったら、良いんだけど……」

「それより僕が心配なのは葉月の方だ。きっと今も引きずってそうだけど……」


 僕が話すと、宮森さんは小さく首を横に振った。


「ううん、はっちゃんは大丈夫みたい。それに……」

「それに?」

「初めに言い出したの、はっちゃんなんだ。撮影を止めちゃいけないって」

「えっ、葉月が? 怖いの苦手なはずなのに。あんな怖い思いしたのに」

「そうなんだけど、絶対にダメだって。不思議だよね。……うーん、そもそも何ではっちゃんは呪いの映画に参加しようとしたんだろ?」


 思えば、葉月は怖いのが苦手だ。高校時代はそうだったし、今もそのはず。

 だから今回の撮影参加は不思議だった。小道具やイラストの仕事なら、わざわざ土螺村に来なくてもできたはずなのに。

 それに気になったのは、湖の光景が見えた場所は土螺村の外れだったこと。……葉月は何故あのような場所に居たんだろうか?


「とりあえず、この話はお開きにしましょ。他にやりたいことがあるの」


 話を遮るように、手を叩いて止める遠乃。何かあるみたいだ。


「やりたいことって?」

「昨日、言ったでしょ。理系なりのアプローチで神林のノートを解明するって」

「そういえば。どっかの誰かが泥酔してて話せる状態になかったけどな」

「んじゃ、気分転換も兼ねて――今ここでそれを発表しちゃいましょうか! はい、みんな集合ー。ほら、そこで紙切れ弄ってる神林も来なさい」

「何が紙切れよ!! まあ、あいつのノートに関係するなら付き合うけど」

「やっと解放される……。旅館に来てるのにTCGをやるのはどうかと思うぜ?」


 遠乃の呼びかけで部屋に居る夕闇倶楽部と宮森さん、七星さんに宏が来た。


「研究発表みたいなものだからパワポで作成したのよ。大変だったのよ?」

「お、おぉ~。けっこう本格的だね、とおのん」

「プロジェクターは旅館にないわね。仕方ない、あたしのパソコンにご注目!」


 ノートパソコンの前で集まる僕たち。人口密度が凄いな、7人だし。

 若干の狭苦しさを感じつつ画面を眺めると、パワーポイントの資料が出てきた。


「統計学観点から見る“神林のノート”? 何なの、これ」

「ふっふーん。理系的といったらこれでしょ! 統計ツールも借りれたし!」

「懐かしいなぁ。一般教養でやったよね、遠乃」

「まあ、文学部はそういうの無縁だしな。使わないわけじゃないが」

「私は社会調査の講義で学んだかな~。心理学実験でもちょこちょこやるよ」

「P値とか帰無仮説とかメンドーな説明は省くわよ。それじゃ、始めるわ」


 画面が動くと、典型的なグラフが載せられたスライドが画面に映った。


「事例から該当する数から分析しているわ。んで、初めに土地的な傾向が見られず。強いて言うなら関東地方周辺が多めね。微々たる差だけど」

「おそらく移動が簡単だからでしょう。東北や九州に行くにはお金かかるし」

「世紀の超能力者もとい呪術師も交通費をケチるんだね……」

「そういうことで、はい棄却。次の仮説にガンガン進んでいくわよー」


 カチカチッ。軽いマウスの音が鳴り、次の画面が映った。それが繰り返される。

 その後は様々な観点による統計データと彼女の考察が発表された。こうした視点から怪異を見ることは少ないため、新鮮味があるな。……だけど。


「結論としてデータを見る限り、有意性のある傾向が見られず、ということね」

「なるほど。つまり――何の成果も挙げられなかったってことじゃない!」


 七星さんのツッコミ。要するに、こういうことだな。


「ふっふーん。何の成果も出ないも結果のうち。傾向は出たんだから良いじゃない。そもそも変な人が何の根拠もなしに書いたノート1冊をカンペキに分析する方が難しいのよ。少なくとも100冊くらいは持ってこないと」

「……じゃあ、何であなたはやろうとしたのよ」


 正論と正論のぶつかり合い。物理現象や数学の式みたいに答えが1つじゃない相手を検証する以上、結果ははっきり出ないし、それをやる意味もないことも事実。

 ただ、当の遠乃は七星さんの意見を聞きつつも「でも」と付け加えた。


「神林が話してたいた“七星顕宗は怪異、異界を生み出そうとしている”という仮説は正しそうね。このノートを見る限り」

「なんで?」

「傾向的に単なる怪奇現象より空間や人の精神に働きかけるものが多いの。それこそ怪異で人を支配できるような、このノートがあった異界団地が典型例ね。まっ、他に情報がないしここまでね」


 こうして何か得たのかそうでないのか、よくわからないな時間は終わった。

 そして、話題を失って……沈黙。何を話したら良いか考えていると――唐突に扉が開いた。


「あーおいちゃん!! でっかけましょ!!」


 扉を開けた声の主は雨宮さん。一秋くんも一緒だった。


「……わかったわよ。わかったから大きな声で、名前で呼ばないでよ!」

「それにしても元気よね。誠也と同じで怪奇現象に遭遇したんでしょ?」

「怖いですけど。いつまでも怖がってちゃ人生を楽しめませんよっ!」

「ふーん、良い心掛けね! あんたのこと、気に入ったわ!!」

「いえ~い!!」


 2人してテンション高めだ。似た者同士、通ずるものがあるのかな。

 でも雨宮さんの元気の良さと恐怖をものともしない様子は見習うべきかも。


「それで、持ってきました! じゃっじゃーん。みなさんで楽しめる花火ですっ!」

「うわぁ。田舎の不良さんでも持て余しそうな量の花火だね……」

「思えば、夏っぽいことしてなかったわね。やってみましょうか!」


 怪異に出会った直後で呑気すぎる。でも、これこそ僕たちかもしれない。

 どこか吹っ切れた感覚と一緒に、僕も彼女たちに続いて部屋を出たのだった。

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