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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第6章 狂霊映画と幻死病
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第16話 土螺村の”儀式”

「おーい。待ってくれよ、楓!」

「早く来ないと置いてっちゃうよー!」


 彼らが話してくれた謎の建造物。辿り着くための道は険しかった。

 急な斜面に日差しが閉ざされ、ぬかるんだ土、場を埋め尽くす腐った枯葉。とにかく足場が悪くて、進むのに苦労する。

 にもかかわらず、雨宮さんはぐんぐんと山を登っていく。元気がすごいな。

 

「まったく、あいつは……。というより、誠也さん」

「なんだろうか」

「さっきから妙な視線を感じません? 誰かに見られてるような」

「いや、僕はあまり感じなかったけど」

「そうっすか。すみません、俺の気のせいみたいなんで忘れてください」


 途中で、一秋くんの変な発言を挟みつつも僕たちは目的地に到着した。


「これが、君たちが言っていたものか」

「はいっ!」


 目の前には、木で造られた長方形の小さい倉庫。

 ここまでに道は存在せず、村と山間部の境界に位置するそれは草花や周りの空気と同化していると一緒に、何かがありそうな奇妙な気配を醸し出していた。


「昨日、宝物が隠されてるって3人で話してたんですよ」

「……そうか。確かに何かありそうだけど鍵が掛かってて――」

「とりゃ!」


 かしゃん。雨宮さんが蹴り飛ばした錠前は、はるか彼方に飛び上がった。


「って、おい! 何やってんだ、楓!?」

「ふっふっふ。知りたいという気持ちは何人たりとも止められないのだよ!」


 ……強引すぎる。廃村の建造物相手でもやりすぎだろうに。

 雨宮さん、どこか遠乃と似ているような。一秋くんの苦労が分かる気がした。


「そんなことより、さっそく調べてみましょうよ! ほらほらっ!」


 まあ、やってしまったものはしょうがないか。

 罪悪感を覚えつつ鍵を失った戸を開ける。中には書物と――大量の埃が。


「……ごほっ、ごほっ。当たり前だが、埃がすごいな」

「うへぇ。紙が食われてて……それに変色もしてて……見えないですね」

「そもそも文字が読めないっすよね。昔の日本語みたいに変な書き方してて」


 資料も長い年月で一部分の紙が腐って、おそらく虫にも食べられていた。

 あまり触りたくなかったけど、ここまで来たんだし頑張ってみる。……なるほど。確かに物理的に読めない部分も多いものの。


「一部はなんとかなるな」

「えっ、読めるんですか!?」

「文学部の講義で、こういう文字の読み方は学習したんだ」


 単なる講義を受けただけだから全部が全部、ではないけど少しは読める。

 空気中に漂う埃を払いのけつつ比較的新しい書物を読んでみる。うーん。


「えっと……村に関する記述を集めてるみたいだな。これは村民の戸籍か」

「ということは、村の公的記録を残してた場所なんですね」


 もしかすると重要な情報が見つかるかもな。他の資料にも目を通してみる。

 これは村の警備記録で、これは……損傷が激しい。小作農だから戦前の文書か。


「他はどうなんでしょうか。これがダメなら、あれとか」

「あれは……いや、ちょっと待て。儀式の記録だって? 貸してくれ」


 偶然にも雨宮さんが手に取った資料に僕の興味が動いた。

 儀式。村の保管庫に残されていた単語にしては不可解なものを見つける。

 なんだか嫌な予感もしていた。衝動に駆られるまま、読み進めることに。

 …………。…………。…………。…………。まさか、こんなことが。

 ……僕たちは土螺村の謎に迫ることができたのかもしれないな。だけど。


「せ、誠也さん。どうしたんですか」

「儀式の正体、必要なモノとやり方。そして人の名前が書かれている」

「えっ。儀式って?」

「これは“災い移し”という儀式に関する方法と記録らしい。そして、単刀直入に言うと――この村では生贄と称して殺人を行っていたようだ」

「……ええっ!?」


“1年に一度、誰か1人を生贄に捧げる。よーするに人柱だよ”


 旅館の彼女が言っていたことは正しかった。嫌なことだけど。

 ゆっくりと読み進める。運が良いことに、この資料だけは概要を掴める程度には記録が残されていて、資料の損傷も少なかった。


『初めに、村民の中から“生贄”になる人を選出する。

 次に生贄の体を清め、祝詞を捧げ……喉を焼いて声を出せなくする。


 そうしたら生贄を村の中心にある石柱に張り付けにして、足元に火を焚いて罪を焼き払う。儀式を初め、神主と村長の手で槍を生贄の特定の部位に突き刺す。

 

 儀式を終えて、生贄が死亡したら遺体から槍を抜いて赤い生水――文脈から察するに血を抜き出す。その後、遺体を引き裂いて体内から“儀式具”を取り出す。

 原形を留めてた人体の図と一緒に書かれていた。儀式具とは……臓器だった。


 血と臓器を取り出したら、それらを他の儀式道具と一緒に磨り潰す。そうして、できた物体を……中が空洞になっている地蔵に埋め込む。


 そして、残された死体と7年前の儀式で作られた地蔵は湖に沈め、新しい地蔵を村の神社の傍にある台座に鎮座させる。     』



――これが土螺村で行われていた“災い移し”の真相だ。


「……なんすか、これ」


 僕の説明を聞いた2人は、青白くなった顔面で僕を見据えていた。


「誠也さん。こういう村って、こういうお話が付き物なんですか」

「……すべてがそうじゃない。これは明らかに異常だ」


 確かに常軌を逸した慣習を残す村や地域は存在している。存在しているが……かなり特殊な例だし、ここまで有り得ないものは見たことがなかった。

 いくら恐ろしい災いを避けるためとはいえ、ここまでするか。むしろ、これは人の怨念を増幅させて――村に災いを招く儀式に変貌させてるんじゃないか。

 とりあえず、村の謎やお地蔵さまの謎、その真相が見えてきた。記録しようか。



②土螺村の謎

→1960年代後半に原因不明の土砂災害により住民が全員死んだ村。元よりあの村は常に厄災が降り注いだ地域だったらしい。そうなった理由とは?

→土螺村では、殺人行為を含む儀式である“災い移し”を行っていた。

 降り注ぐ災いを恐れた村人の最後の手段。果たして怪異と関係あるのだろうか。


⑤土螺村跡地の七地蔵(完了)

 7つ並んで鎮座する村の不思議な地蔵は、儀式による産物だった。

 あの地蔵の中には生贄となった人の血液と臓器が埋め込まれている。

 置かれていた数が7つだったのもこれを放棄するのが7年後のためだろう。



 しかし、数々の厄災が降り注いだ村。呪いの映画の撮影場所となった村。

 単なる廃村ではないとは思っていたが、ここまで凄惨な過去があったとは。他に情報はないのかと気分を変えるためにも、違う資料を見てみると。


「村がなくなる7年前から、生贄になる人名前が書かれてない?」

「そ、そうなんですか!? じゃあ儀式をしなかったんですね――」

「いや、儀式自体は行われているはずだ。内容は読めないけど記録があった」

「どういうことなんでしょうか」

「き、きっと、心を改めて生贄を使うような儀式をしなかったんですよ!」


 彼女はそういうけど、どうなんだろうか。

 昔から受け継がれた“儀式”を、それも肝心な部分を切り捨てられるのか。

 でも、現状で雨宮さんの意見が最も納得できるとは思った。現に戦後の日本では、こうした前時代的な風習は断絶されたはずだし。

 うーん、どこか気になるな。今のところは謎として記録に残しておこうか。



⑥資料に記述がない生贄

 村が土砂災害に巻き込まれる7年前から生贄の記述はない。

 記録を遡ると最低でも70年前まで続いていた記録。なぜ途絶えたのか?



 引き続き、何か手掛かりがないかと他の書物も調べてみることを続ける。


「えっと、それはなんでしょう」

「誰かの日記みたいだな。貸してみてくれ」


 一秋くんが見つけたのは他と一回り小さい資料もとい日記。

こうした場所に保管されていた以上、ただの日記ではなさそうだが……。


「……駄目か、これも」


 と、思いきや、思っていた以上に損傷がひどくて読めたもんじゃない。

 何とか理解できる部分を繋げながら読み進めるが、大体は無駄に終わった。


『――サマのおかげで何も心配なくなった』


 これを除いて。名前の部分が消えていたが、妙に気になる一文だ。

 推測するならば、この村ではなにか特別な宗教や神様にすがっていた……か。

 うーん、これも謎のままだな。謎ばかりが増えて、ただでさえ落ち着かない心が悪化するばかりだ。

 でも、ひとまず倉庫の書物にあらかた目を通した。スマホで写真を撮ろう。


「これでよし。帰ろうか」

「あーあ。何の成果も出なかったな――」


 資料をしまい、倉庫の戸を閉めてみんなの元に帰ろうとした。その時だった。


「きゃああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!?」


 ――突如、耳を突き破るような悲鳴が聞こえた。この声は……。


「は、葉月か!?」

「す、すすす、すぐ行きましょう! 何か起こったかもしれません!!」


 


 彼女の悲鳴が飛んできた場所に駆けつける。そこには葉月がいた。


「葉月!!?」


 僕の声に反応して葉月が振り返った。目が、表情が、挙動が怯えていた。


「せ、誠也、くん」


 震える彼女の先には湖が広がっている。僕の記憶では存在しないはずの。

 いや、それだけなら葉月は気にしないだろうし、叫ぶことはなかっただろう。

 恐る恐る彼女に近寄って、向こうの光景を見てみる。そして、後悔した。

 それは明らかに異常な光景だった。生命を感じられないほど濁りきった水、無造作に広がる水苔や植物の数々、鬱蒼と生い茂る周りの木々たち。


「何これ……人の、死体?」


 湖には――思わず目を覆いたくなるほど、たくさんの死体が浮かんでいた。

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