第14話 マチネは喧騒と一緒に
強烈な眠気と、頭痛に眩暈と共に目が覚めた。
……ここは旅館の部屋か。布団で寝ている。そして、眠い。とにかく眠かった。起き上がるどころか頭を持ち上げることすら億劫だった。
少し体を動かすと、柔らかい何かを抱き枕にしていたことに気づいた。心地良いし、良い匂いがする。頭がぼうっとして、いつまでもこうしていたかった。
なんだろうか、これは。純粋な疑問が浮かんで、僕は見てみることに。
「って、葉月……!?」
今の今まで女性を抱きしめていたことで驚いて、思わず飛び起きた。
すぅ……すぅ……と規則正しい寝息を立てながら、彼女は僕の腕を抱き枕にして寝ていたらしい。えっと、記憶はない。何でここに居るのか見当も――
「おはようございます、誠也先輩」
「うわぁ!?」
回らない頭で考え事をしてると、唐突に声が飛んでくる。
声の主は千夏だった。障子の向こうの広縁で、パソコンで作業をしていた。
「ち、千夏、何でここに居るんだ!?」
「そりゃ私たちの部屋ですし。ほら、その辺で3人も寝てますよ」
「た、確かに……」
隣では一秋くんが、その隣では七星さんを雨宮さんが抱きしめて寝ていた。
紛れもない、僕たちが本来寝る部屋と違う部屋。
「覚えてませんか。昨日、私たちの部屋に来たんですよ。鳴沢さんを連れて」
「そ、そうなのか……」
「んで、日本酒を丸々一瓶開けて、先輩にしては珍しくベロベロに酔って」
言われてみれば。確かにその辺りの記憶には心当たりがあった。
部屋に戻ってから遠乃や雫たちに絡まれ続け、それを避けようとこの部屋に来たんだ。百物語に興味があったし、参加したかったから。
「いやぁ、酔った誠也先輩は凄かったですよ。事あるごとに長ったらしい薀蓄を垂れ流しますし、百物語の最中に怖い話をバンバン出してきますし」
「……なんというか、すまなかった」
「物理的被害が出なかったので大丈夫です。精神的被害は許容範囲でしたし」
本来なら酔った人間を咎める立場のはずの僕が、逆に迷惑をかける側に回ってしまうとは。不甲斐ない。
「ところで千夏はパソコンで何をしてるんだ?新聞でも読んでいたのか?」
「それはもう読み終わってます。今は夕闇倶楽部のサイトを更新しているところですね。昨日、誰も更新してなかったもので」
夕闇倶楽部のサイト。基本的には僕が更新を担当していた。
昨日はそれどころじゃなかったけど。申し訳なさを感じつつ更新された記事を見た。旅館や温泉に夕食、酔っぱらった僕たちの写真もあった。
「相変わらずコメントをくださるのは“ティレシアス”さんですね」
「ああ、ティレシアスさんか。まだ見てくれているとは」
無名のオカルトサークルの、それも今どき珍しい個人サイトを見る人はほとんど居なかったが、唯一毎日投稿を見てコメントまでくれる人が居た。
「えっと、どれどれ。『サークルで旅行なんてうらやましいです!それに皆さん仲良しで……修学旅行のグループ決めで、ぼっちで汚物の押し付け合いと揶揄され、挙句グループ行動では放置され、1人で元祖と本家の八つ橋を食べ比べしてたのを思い出しました。旅行、楽しんできてください!ボンボヤージュ!!』だ、そうです」
「……なんというか、この人もこの人で大変だったんだな」
「え、ええ。当たり障りのない、琴線に触れないような返信で済ませときます」
少々彼女も変な人みたいだが。この人の過去に何があったのか気になる。
だけど、ありがたいことには変わらない。いったいどんな人なんだろうな。
「誠也先輩。そろそろ朝風呂を浴びて酔いを醒ますことをお勧めします」
「ああ、そうするよ」
一段落終えたところで千夏の言われた通り、温泉に入るべくタオル2枚と着替えを用意する。今日から撮影の本番だ。忙しくなるし、早めに身支度しないと。
本調子じゃない体をほぐしつつ、寝息は聞こえる部屋を後にしたのだった。
――ちなみに、この後。起きた遠乃や雫から違う部屋に居たこと、葉月を抱きしめて寝ていたことを尋問されたのは別の話。
あれから、ひと悶着もふた悶着も起きまくった朝は過ぎて。
朝食を食べ終えて、準備を終えた僕たちは車で土螺村に向かっていた。
今日から映画の撮影が始まる。僕たちの1番の目的は怪異の調査だけど、任されてる以上こちらも頑張らなくちゃならないな――と、意気込む一方で。
「あの子たち、大丈夫かしら」
「大丈夫……ではないよな、絶対に」
運転席で呟いた遠乃に、助手席の僕は不安を隠せないまま答えた。
この車に乗っている全員が思っていることは1つだろう。無事であれ、と。
何故なら今、もう1つの車は……大槻さんが運転しているのだから。殺人級の運転をする彼女、すがすがしい今日の朝でも変わらなかった。
「おいゴルァ!! 止めろ!! 免許持ってんのか!!?」
「のろってぇぇぇっ!! 葵ちゃん、今すぐこの人をのろってぇぇぇぇぇっ!!」
超高速で道路を走り、ぎぎぎ……と嫌な音を立てながらカーブしまくる。
変な挙動を繰り返す、向こうの車から聞こえる宏と雨宮さんの阿鼻叫喚の数々。
心配だけど、僕たちからは何もできない。もどかしい気持ちでいっぱいだった。
「傍から見るとあんな動きしてたのね。よく生きてたわ、あたしたち」
「……だな」
「とりあえず、そろそろ到着するわ。今日は無事故大量違反で良かったわね」
「良くないんだけどな、いろいろと」
僕たちが高台に車を停めた頃には、すでに大槻さんたちは車外に出ていた。
「し、死ぬかと思った……」
「足がまだガクガクする……こんなに恐ろしいのは初めてよ……」
「生きてるって素晴らしいことなんだね。私、実感できたよ、うんうん」
案の定、乗客の面々は満身創痍だったけど。心身ともに。
「よーし。さっそく準備に取り掛かってくれ!」
そして、死と隣り合わせだったにも関わらず、平気な顔をしてる大槻さん。
……この人が分からなくなってきた。とにかく運転をさせるな、殺人鬼とか危険人物の演技はさせるな、だけは確信できるけども。
なんて、ことを思いながら撮影の準備を始める。準備には思った以上にやることが多く、総動員で動かないと終わらないくらいだった。
「何で俺は力仕事ばっかなんだろうな。重いもの持たされまくる」
「そりゃお前は男で、役者で出てないし。その分の仕事はしろってことだろ。ちなみに僕も重いもの持たされてるぞ。みんなの飲み水、8ℓ分」
「はぁ、辛いぜ……。旅費を払ってもらってる身分だからしょうがねぇけどさ」
重い荷物もそうだが、整備されてない地面も辛いんだよなと思ってると。
たくさんの小道具を持ち運んでいる遠乃と千夏、それと雨宮さんに出会った。
「そっちは大変ねぇ。見るからに重いもの持たされて。応援してるわよ~。」
「そりゃどうも。君たちは小道具運びだけど……そういや気になったが、そのたくさんの小道具とかは映画同好会のものなのか?」
「大体はそうね。でも、これとかオカルト色の強いものは借りたの」
遠乃の手には禍々しい呪符に魔術道具。確かにあるわけないよな、そりゃ。
「こんなもの貸してるお店なんてあるのか?」
「まあね。幸せな悪夢でも見ないと見つけられないわよね」
「ああ、なるほど」
遠乃が言ったのはハピネスナイトメア。オカルト関連を扱うお店だ。
禁呪の魔本の時はお世話になった。あのユニーク全開の店主さん、元気かな。
「でも、借りたってどうしたんだよ」
「ふっふーん。ツケ払いにしたのよ! だから0円ってわけ」
「Z〇Z〇TOWNですか。でも、借りものなら大切に扱わないといけませんね」
確か店の商品は数万円もするものあったな……そう考えると恐ろしい。
「あっ、そういえば。誠也さんに遠乃さんに伝えたいことが!」
「いきなり。何かしら」
「昨日、村の奥に古びた建物を見つけたんです。まさに何かありそうな!」
「それと神社っぽい祠のこと? それなら調べたけど」
「いえいえ、もっと奥の方です!」
「あの場所の奥にって、よくもまあ入ろうとしたわね」
僕たちでも深く入ろうとしなかった場所に行っていたとは。異界団地の時もそうだが、近ごろの高校生の行動力はものすごいな、まったく。
「倉庫みたいでした。100人乗っても大丈夫そうな大きさの。もしかしたら埋蔵金とか隠されてるかもしれないですよ!?」
「埋蔵金は知らないけど、探して確かめてみる価値はあるかもね」
村の奥にある建造物か。時間が許してくれるなら調べる価値はありそうだ。
「空き時間ができ次第、さっそく向かってみましょ――」
「……騒がしいと思ったら、やはりこれか」
遠乃が意気込もうとして……急に飛んできた声に止められた。
聞こえてきた方向に目を向ける。山の上には厳つい目つきの白髪の老人は、敵意を剝き出しにして僕たちを見据えていた。
「え、えっと、おじいさん。ど、どなたでしょうか」
「こんなに馬鹿餓鬼が来ていたとはな。悪いことは言わん、さっさと帰れ」
正体不明の、怒りと侮蔑が込められた彼の言葉は僕たちを強く突き刺していた。




