その5.不幸の連鎖に捕まりました。助けて下さい。
「診察代は初診料で8200円です♪」
目の前の笑顔のふつくしい白いエンジェルは悪魔の様な言葉を吐いた。
「すいません、なんて?」
「8200円です♪」
僕の言いたい事は解っているようで明らかにその部分を強調した。
「え? ちょ、え?」
「薬出しときますからね〜♪」
困惑する僕を余所に話を進めるエンジェル。
「え? 高くない!?」
そんな僕の動揺も気にせずエンジェルは笑顔を崩さない。
「貴方様が連れてきた少女の分も入れて、2人分の初診料と致しますので♪」
「え? 嫌、あの子と僕は赤の他に……」
「8200円です♪」
僕の言葉はエンジェルによって遮られた。
「「……」」
見つめ合う僕とふつくしのエンジェル。
先程のクソ医者よりかは良い状況だと思う。
だが、色んな意味でちょっと無理。
「あの、だから」
「8200円です♪」
変わらない笑顔がむしろ怖いわ。
クソ医者の言葉が頭に響いた。
心の中で舌打ちした。
『後悔する』ってこういう事か。
残念ながら、この時の僕はまだこれが『後悔』の序章である事に気づいていなかった。
気づいた所で今更どうする事も出来ないんだけど。
しかし、あの女の子を待っていれば更にめんどくさい事になりそうな気がする。
まぁ男の勘だが。
渋々財布を出そうとした。
その時、瞬間の出来事だった。
不幸が連続で起こるとは誰一人思うまい。
まず聞こえたのは高い女の雄叫び。
「くぉらぁぁぁぁあああぁぁぁああぁああああああぁぁぁぁあぁ」
その声が病院内に響き渡った。
当然驚いた僕が声の方に振り向いた。
だが、僕の意思と関係無く顔面が逆の方を向いた。
それはいきなり顔面に飛んできた右膝によるもののせいだ。
別名シャイニングウイザード(仮名)、女性にプロレス技をされたのは初めてです。
白いエンジェルの固まった笑みが少しひきつっているのが一瞬だけ見えた。
ハハハ、僕の顔どうなってんの?
嫌マジデ。
「あぷれひゅ?!」
口が勝手に痛みにより、面白い声を上げた。
吹っ飛んだ勢いでベシャァー! と面白いぐらい床を滑った。
反射的にモロに食らった頬を擦った。
「い……痛い」
イカン……泣きそうだ。
そんな僕など知らずに上から激しい声が放たれた。
「よっくも! あたしを置いて行ったわね!」
甲高い声が響き渡る。
「は、はぁ!? 連れてきてやったじゃん!」
強気に行ってみるも、声が震えていた。
「あたしが起きるまで待たなかったのを怒ってんのよ!」
「た、他人を待つ必要なんてないだろ!」
その言葉で女の子の言葉が止まった。
女の子は目を閉じて腕を組むと小さくため息を付いた。
溜息を付きたいのは僕の方なんですけど。
「成程、他人だから見捨ててもいい……と」
女の子の言葉に涙目ながら頷いた。
考え込む様に女の子が黙り込んだ。
なんなんだ?
と、次の瞬間。
「バカヤロォォォォォォォォ!」
叫びながら女の子は僕の顔面に振り被った蹴りを加えた。
メリィ、と音を立てて顔面に食い込んだ。
「おぷぅ!?」
空しい声と飛び散る鼻血と共に吹っ飛んだ(2回目)。
「他人だから見捨てる!? お前それでも人間か! そしてあたし達は他人じゃない! あたし達 は全体にして一つの個体! 出会った瞬間から友で有り! 仲間となるのだ!」
熱く語る少女を余所に僕はリアルに死にかけていた。
駄目だ、流石に効いた。
耳に聞こえる少女の演説が少しずつ聞こえなくなっていく。
それに合わせて意識が遠のく。
「ちょっと!!聞いてんの!?」
少女が僕を持ち上げたと思われる感覚の後、僕は意識を失った。
「あ…あれ?」
最後に聞いた声はえらく間抜けに聞こえた。
目を開けると、白い天井が目の前にあった。
明らかに病院と思える固い潔白のベットに寝かされていた。
辺りは暗く、電気も付けていない。
自分が気を失っていた理由は大体解っている。
あのクソ女のせいだ。
どれくらい寝ていたのか……。
こう部屋が暗いと時間などわかるわけもない。
そして何よりも頭が痛い。
病人らしくないかもしれんが、僕は現在病人です。
「……」
いかん、ぼーっとする。
とりあえず、時計だ。
時間によっちゃ家に連絡せねばならん。
良い子とかそんなんじゃなくて、唯単に家の奴に対する恐怖によるものの行動である。
僕の姉貴は超怖い、少なくとも鬼や悪魔の方が優しく見える。
まずは部屋の明かりを付けようと思う。
固いベッドから降りる為、足を降ろそうとした。
「ん?」
足に何かが触れた。
暗い足元には何も見えない。
もう一度足で下に在る物に触れた。
プニプニする。
中々気持ちイイ感触が足に。
ベッドの直ぐ下にあるこれは…?
「う、ん……」
「!!!」
気のせいだろうか、今、下から声が。
下というのは僕の足元の事。
更に言うと今僕がプニプニした物でもある。
つまり、下に居るのは人間で、僕は人間を足蹴にしていた様だ。
この時、僕の頭はフル回転した。
僕も馬鹿では無い、あの暴力女は僕が待たなかったから怒っていたんだ。
つまり、僕が起きるのを待っているであろう、怪力女は僕が今足蹴にした人間である可能性が高い。
我ながら深読みな気がするが、ぶっちゃけもう殴られたくないです。超痛いです。
とりあえず、今さっき僕が足で触ったあのプニプニの感触は、嫌々別にそんなつもりとかアレのつもりじゃないんだけど、嫌ほらわかんないじゃん。
だってあんな気持ちイイ感触って……女性でプニプニするとこってあそこしか無いじゃん! 嫌々嫌々邪ま(よこし)な気持ちとかは別に無いけど、しかし気持ちよかった、じゃなくてその何だ、まぁぶっちゃけ気持ちよかったんだが。何考えてんだ僕は!?
とりあえず今は電気をつけることを優先しよう思う。邪心よ去ね。
踏まないように女の子(仮定)を飛び越えると壁に手をつきながらスイッチを探る。
スイッチは直ぐに見つかった。
暗闇をうろつく間にここが電波医者と話していた部屋だという事に気づいた。
部屋を出ていく時にドアの近くにスイッチが在ったのを覚えている。
スイッチを付けた瞬間、光が一気に部屋に広がった。
眩しさで一瞬目が眩む。
目が慣れてきた所で最初に目に映ったのは、
ベッドの下で、間抜け面で寝ている電波医者だった。
「………」
とりあえず寝ている電波医者まで近づくと顔面を思いっきり踏み潰した。
チキショウ残念ながらあの感触は今再び実感したよ、この野郎。
そして何故起きない。
結構おもいっきり踏み潰したつもりだったのだが。
「おーきーろー!」
大声と共に何度も顔面を踏み潰す。
「う〜ん」
流石に起きるわな。
むっくりと起き上がると僕を見上げた。
寝起きでボーっとしている様で目が半開きだ。
そしてパタッと倒れると、再び寝息を立てた。
この野郎、二度寝かい!
何度だって潰してやるよ。