その54.あたしの考えは、オカシイのかな…やっぱり、あたしはバカだ…。
「覚えてろォ!」等と言う悪役らしい台詞と共に男は逃げるように走り去っていった。
ふむ、イジメをする人間はやはり心が弱いな。
2度3度どついただけで逃げ出すとは……。
これならどこぞの軟弱男の方がマシ。
「あの……」
去っていく男を見ていると、後ろから声がした。
その声の主が誰かは解る。
いじめられていた中学生ぐらいの子に向き直ると、取り合えず笑い掛けてみる。
「大丈夫?」
そう言いながら、その子を見ると体に殴られたような目立った後は無く、ほっとした。
良かった、まだ何にもされてなかったみたい。
「強いんだ……助けてくれてありがとう」
その子はそのまま続ける。
「次も倒してね」
……え?
言葉の意図が読めなかった。
次も倒してね? またいじめられたら助けてってこと?
「実は俺をもっといじめてくる奴が居るんだ、ソイツも一緒に倒してよ」
その子は完全に声変わりしていない声で自分を俺、と呼ぶと当り前のように言った。
「え……と?」
まだ意図が読めない、これでは次も苛められる前提のような言い方。
そして、今回助けたんだから次も助けるのが当り前のように。
「だからぁ、助けてくれたってことは俺の味方なんだろ? もっとむかつく奴いるんだよね」
その声は苛められていた者とは思えないような言い方。
「あンたが居たらあいつ等、俺にもう手を出せない……そうだ!
取られたのも取り返すのを手伝ってよ! その次はあいつ等に同じ事をしてやる!!」
捲し立てるその子は、先程の苛めていた高校生と同じ表情をしていた。
「アタシは……そんなつもりは」
そう言って、一歩後ろに下がっていた。無意識に、
違う。アタシは。
……何で?
「え? 助けてくれたんだから最後まで助けてくれるだろ?」
別にそんなことまで考えてなかった、無意識に困っている声が聞こえて、
助けなきゃ! って……
「もしかして『助けて』くれない?」
その子から表情がサっと消えた。
「そうじゃなくて……」
「何でだよ!」
アタシが言い切る前にその子は突然声を荒げた。
その突然につい驚いてしまっていた。
「助けたんだったら最後まで助けろよ!
あんたが助けてくれなきゃ明日またアイツが来るじゃないか!!」
アイツとはさっきの高校生のことだと思った。
「明日あんたがいなかったら僕はアイツに何をされるか解らないじゃないか!!」
弱弱しく見えた少年の突然の怒りの声にあたしは戸惑っていた。
助けた。
だけなのに、謝礼とか、お礼とかが欲しいわけじゃないけど……怒られるなんて思わなかった。
「だったら最初から助けなきゃいいだろ!! 偽善者!!」
その言葉があたしの心に突き刺さったのを感じた。
「そ、そんなつもりじゃ」
声が無意識に小さくなっていた。
手を拳に変えることも出来ない、あの貧弱男の時みたいに、出来ない。
あまりにもあたしにはその子が発した言葉が重かった。
偽善者…………。
それは自己中心的な考え方だと、へーじは病院の夜に言った。
人として大切なこと、とあたしは言った。
そしてへーじはそれこそが自己中心的だと。
あの時は気にしなかった、だが、偽善者という言葉が、あの時の言葉を思い出し。
何か……辛い。
「ここまでくると自己中っていうより唯のバカだね」
後ろから見知った声が聞こえた。
先程まで考えていた自己中って言葉に無意識に反応してしまう。
呆れたように、めんどくさそうな喋り方が鼻に付く。
振り向いた先に。
へーじが居た。
「へーじ……」
あたしの言葉に応じるように、へーじの目線があたしに向いた。
「何で半泣きになってんの……」
その声で慌てて顔を隠した、え? と、アタシの声が裏返る。
「は、半泣き!?」
へーじは小さな溜息と共に、ポケットを弄ると小さなポケットティッシュを取り出し、
ぞんざいにアタシに向けて投げつけてきた。
慌てて受け取る。
そしてその後、変に思えた。
へーじがアタシに? あの卑屈バカが?
恐る恐るといった具合にへーじを見ると、あたしの妙な動きに眉を潜める。
「何?」
「別に……」
そう言って慌てて目を伏せる。
へーじが優しいと気持ち悪いな。
へーじの視線は再びあの子に写った。
その瞬間、へーじの横顔に突然怒りが見えた。
……何で?