その4.ぶっちゃけます。目の前の男がうざいです
「そんじゃ、薬出しとくから」
淡々とした若い男の声が、まっ白い部屋で響いていた。
そんな若い男と向き合う形で座る僕は上半身は、裸である。
勘違いされる事は無いと思うが、僕とこの男の関係は患者と医者であってそれ以上でもそれ以下でも無い。
「わかりました」
適当にあしらう程度に答えると、再び厚着に厚着へと着替える。
肌寒さは変わらず、医者に診てもらった程度で治るわけがないのだが。
気分的に納得がいかない。
チラッと視線を医者の後ろの白いカーテンの方に向けた。
「彼女なら問題ないよ」
僕の視線を知ってか知らずか、医者は視線を診察用紙に向けながら言った。
「あの年であそこまで飲むのは感心しないけど、それ以外は健康そのものだから」
『飲む』とは当然、酒の事を言っているのだろう。
確かに見た目の年からすれば酒を飲むような年には見えない。
僕には関係の無い事だが……。
「そうですか」
適当にそう言うと回るイスから立ち上がった。
若い男は不思議そうに用紙から目を上げた。
「あの子を待たなくていいのかい?」
その言葉に少し苛立ちを覚えた。説明をする時間すら勿体ない。
てか説明したら僕が非常に恥ずかしい。
「別に、他人ですから」
そう言って早々に立ち去ることにした。
180度回転、つまり若い医者に背中を向けたのだ。そっちがわにドアがあるからだ。
しかし、若い医者はどうも話を続けたいらしい、後ろから声がした。
「成程、君はわざわざ赤の他人をここまで連れてきたわけだ」
この医者の喋り方はどうもしゃくに触る。
「それが?」
自然と自分自身の喋り方も攻撃的になる。
「なのに君は彼女を待たずに帰るのかい?」
そんな僕の言葉を気にする様子も無い医者。
「別に…赤の他人だし」
僕の言葉を聞くと、医者は愉快そうな声を上げた。
「ところが君と彼女はすでに赤の他人ではない」
何を言ってるんだ? この男は?
そんな僕を気にせず医者は勝手に話を進めていた。
「君は彼女と触れ合った瞬間から赤の他人では無いんだよ」
「それは、どういう……」
振り向いた先に、ニヤニヤと笑っている医者がいた。
何となくはめられた様な気がしてぶっちゃけイラッと来た。
が、再び背を向けるのもどうかと思うので仕方なく椅子に座り直した。
満足そうな笑みを浮かべると医者は再び話し始めた。
「まぁ、俺の考えだけどね」
医者が自分の事を『俺』と呼んだ事に多少の違和感を覚えたが、気にしても仕方ないので医者の話に耳を傾ける事にした。
「他人ってのはね、全く干渉しない同士の事を指すと思うんだ」
いきなり当り前の事を言われても困る。
「君が赤の他人をここまで運んだ理由なんて知らないし、どう出会ったかも知らない
だけど君は自分で赤の他人と言った人間をここまで運んできた、
それだけで他人なんて思えないけど?」
この男はどうやら僕が善意ある行動でこの女の子を助けたと思っているらしい。
そんな善意ある少年が助けた人間を赤の他人呼ばわりすれば確かに妙かもしれない。
「あんた勘違いしてるよ、僕は親切なんて行動したつもりは無いよ」
もはや敬語の必要はないだろう。
僕の言葉を聞いても医者は表情を変えず聞き返した。
「じゃあ、何で助けたんだい?」
「……」
残念ながらその答えは僕自身にも出てないんだよクソ医者。
そこでッフ、と思いだした。
詮索されるのもめんどいし、
「その女の子に脅されたんだよ、送ってけ! って」
嘘は言ってませんが。
「ぶふぅっ!」
このクソ医者吹きやがった。
「そ、そうかい……ッグフ! 彼女が怖くて仕方なく? ブフ!」
クソ医者は僕が傷つきまいと我慢しているつもりらしいが、十分傷ついてんだよクソ医者。
「だ、だけど、それでも赤の他人とは言わないんじゃないかな」
涙を拭きながら言われると余計ムカつくな・・・・
しかし脅されて仕方なく運んだだけだと言うのにそれでも赤の他人では無いとはどういう事だろうか。
「君は脅されていようが脅されていまいが彼女をここまで運んだ、君が彼女との接点が出来た時点で他人じゃないんだ、それは運命であり偶然であり必然なんだよ」
困った、この医者、クソだけじゃなく電波だ。
電波医者はそんな僕を気にせず話を進める。
「君は干渉してしまった以上『責任』を取らなければならない、君にはその義務がある」
話にならない。
「人間は干渉した瞬間、見えない糸で結ばれる、その時赤の他人じゃ無くなる」
正直真面目に聞く気になれないが適当にあいづちは入れてやろう。
「赤の他人じゃなかったら何て言ったらいいんだ?」
僕の言葉に、医者は一瞬だけ間を空けた。
「言葉か、難しいな、しいて言うなら『絆』かな」
「……は?」
ここまで来たら異常だ。
「『絆』は誰にでもある運命、それは症候群の様に……言うならばシンドロームだね」
医者は自分の言葉に酔いしれるようにキラキラと目を輝かせると、僕を通り越して別の所を見ていた。
そこで間が空いた、見つめ合う僕と医者。
医者には悪いがメッチャ気持ち悪いッス。
現状況的にも、この電波医者の発言的にも。
「もう帰っていい?」
正直メッチャ帰りたい。
「構わないよ?」
結構簡単に引いたな。
サッサと立ち上がると再び背を向けた。
「しかし」
やっぱ何かあんのか。
うんざりしながらも顔だけ医者の方を向いた。
「君は後悔するよ?」
何で?
「そして君は再び俺の所に来る」
嫌、もう来る気ないし。
あからさまに嫌そうな顔を見せてやる事にした。
そんな僕と医者の目が再び交差する。
医者がニヤッと不敵な笑みを浮かべた所で前を向いた。
背中に電波医者の視線を感じだが、サッサと行くことにした。