その43.君は本当に馬鹿だよね。僕も馬鹿が移ったようだ。簡便してよ…
落ちる速度は増していく。
神様……せめて痛み無しで逝きたいです。
僕の切実、基へたれな願いは誰に届くわけでもないのだが、この時は少し頭がおかしったのだ。
いかん、泣きそうだ。
半ば諦め気味に下を向いた。
そして、有り得ない物を見た。
暴力熱血女がポカンっという具合に僕を見上げていた。
「え゛!? 何で!?」
僕の声が届いているのか、よく解らないが、何故か暴力女に睨まれた。
君とは妙に引き合わせが有るのは解ったよ。
というか早く退かないと死ぬよ?
僕の思いを知ってから知らずか、縁は僕に向けて手を伸ばした。
―?
助けるつもり?
そこから既に考える余裕は無かった。
それは縁と僕が衝突したからだ。コンマ何秒の間だけ縁は僕を支えた。
「でりやぁぁぁ!!!」
気合の入った大声が直ぐそこで聞こえる。
……うるさい。そして君は本当に女か?
しかし、それも短い間。
間抜けな声と共にそのまま縁は後ろに倒れて言った。
可愛らしい女の子の声を聞いた気がした。
もしかして君が? そりゃ無いか。
どうでもいいことを考えながらそのまま一緒に倒れ込んだ。
言うなれば……僕が上に覆い被さる様に。
一瞬の出来事だったが、鮮明に頭に残った。
目の前に縁の顔があった。
反射的に顔を慌てて上げた。
そりゃそうでしょう! 女の子の顔が目の前が直ぐそこにあれば誰だってびびるでしょーーーが!!
顔が赤い気がする、気のせいだ。うん! 気のせいだ!!
……マジですか。
僕は現在彼女に覆い被さっているわけであって、その僕の手の位置は。
彼女の胸の位置に。
柔らかい感触が掌にあったが、それ以前に寒気が走った。
瞬間的に僕が最も出せる速さで手を退けた。
……感触がまだ手にある。
っは!? やめろぉ! 僕!! 無心になれぇ!
「あ! いや!! これは! その!!」
自分でも言葉がなっていないことに気づく。
やばい!! 殺される!! マジで!
困惑する僕に真上から声が聞こえた。
「おーい!大丈夫かー?」
見上げた先にいたのはクラスメート達だった。
その中の一部からフラッシュのような光が目に付いた。
何だ?
良く見ると、その手にカメラを握った立花さんがカメラを連射していた。
……僕は縁に覆い被さるような状態であって、つまる所、記者としての立場ならナイスポーズなわけである。
まさか僕の数少ない弱み? マジ?
…………。
マジカァァァァァァ!!。
慌てて彼女から飛び降りた僕を嘲笑うかのようにカメラのフラッシュは消えた。
カメラを撮り終わると、満面の笑みで僕に向かって親指を立てて見せた。
あんのクソ女ァァァ!!!。
僕が思っていた以上に立花さんは上手だったようである。
直ぐに引っ込んだ立花さんに合わせた様に僕の無事を悟ったクラスメート達も窓から顔を引っ込んだようだ。
……本当、うちのクラスの連中は。
「縁?」
飛びのいた僕の直ぐ隣から可愛らしい声が聞こえた。
その声の先を見るとそこに居たのはショートカットの女の子。
何処かで見たことがあるような無いような。
どうでもいいことを考えていると、その女の子の顔が青ざめた。
「縁!? 縁!!!」
女の子の必至な呼ぶ声に視線の先を慌てて見た。
縁の瞳は、とろん、としていてショートカットの女の子の呼び声に反応が無い。
「ゆかりッ!!!ゆかり!!!」
僕自身も出したことの無い声が出た。
一瞬だけ瞳に力が入ったのが解った。
唇が薄らと動く。
意識はある。
頭を軽く打っただけか?
「……あれ? へーじ……初めてあたしの名前呼んだ?」
……もしかして余裕ある?それとも寝ぼけてる?
何でそんな間の抜けた言葉が出るのかは知らないけどさ。
ほっとしたのも束の間。
そのまま目を閉じて縁は気を失った。
「!!!」
寒気が走った。
「やだ!! 縁!?」
隣にいる女の子の顔が真っ青になっている。
僕も同じ顔なのかもしれない。
だが、それは今はどうでもいい。
「ゆかり!! ゆかり!!」
再び大声で彼女に向って叫んだ。
縁に反応は無い。眼を開けない。
縁の名前を何度も必死に呼ぶ声が隣から聞こえる。
それとは逆に僕は、冷静になって行っていた。
僕を助ける為に、この状態になったのかと思うと……。
僕は。
呆れた。
だが、同じ様に。
心が痛んだ。
僕の考えなんて計算してないでしょーが。
唯、単に、僕が落ちてくるから受け止めるって考えたんだろ?
反射的に。
隣で泣きそうになっている女の子は友達でしょ?
君の為に泣きそうになってるんだ。
……僕は自分のせいだろーが嫌な感じがすればその場から逃げるのが一番だと思ってる。
それが得策であって、最も不幸にならない考えだと思っている節があるからだ。
当然人が上から降ってくれば逃げる。
受け止められるわけもないし、下手をすれば自分が死ぬ可能性さえあるんだ。
だが、彼女は反射で僕に手を伸ばした。
全く持って君はバカだ。
縁は今も意識を取り戻していない。
……解ったよ。
もう一度、君みたいなバカなことをしてやるよ。
無言で彼女を起こしあげると背中に担いだ。
後輩達は状況に付いていけないのか、呆然としている。
大勢の後輩の居る中、彼女を担ぐのは正直恥ずかしいがそんなことは言ってられない。
あの雪の日と同じで彼女は思ったよりか軽い。
背中に背負ったまま走り出した。
覚束ない足取りだがしっかりと前に進んだ。
いくら軽いと言っても、力の無い僕じゃ彼女を背負って走るのは流石に厳しいらしい。
小さく舌打ちをすると、彼女が更に軽くなるのを感じた。
疑問に後ろを振り向いた。その先に先程のショートカットの女の子が縁を後ろから持ち上げていた。
「あ……あの! 私も行きます!」
弱弱しいがはっきりとその女の子は言った。
その必死な姿に頬が緩んだ。
どうやら、バカサクといい、この子といい、彼女の周りにはこんなのばっからしい。
……ありがとう。
「ありがとう」
心の言葉と口に出す言葉が重なったのに驚いた。
僕の言葉に、「はい」と控えめな返事をくれた。
その子と僕とで出来るだけ早く保健室へ向かった。
その時、縁に会って自分が変わり始めていることに。
僕は気づかなかった。