その41.暴力熱血女と弱気な癒し系女
外から来る寒い風が鬱陶しいが、それでも窓を開けざるおえなかった。
1年のクラスは妙に埃っぽい。
窓側付近の、しかも端っこの辺りに机があると咽ることが 多々あった。
目の前に広がるのは菜園と公園を合体したような所で簡単な広さを持つ芝生。
この学校内で もっとも自然が多いところだと思われる。
朝から大きな溜息が口から漏れた。
白い息が風に乗って飛んでいくのを横目で見ていると、寒さが実感した。
片方に結んだサイドテールが揺れた気がしたのと同時に横を向いた。
「縁、元気無いね?」
そう、アタシの方に心配そうな表情を向けるのはアタシの友達。
立花 志歩。
大人しくて内気な女の子だけど、妙にアタシとは気があった。
「志歩……」
あたしの乾いた声に答えるように小さく笑って見せた。
ショートカットの似合う可愛らしい女の子で、頭の上に控えめに乗せた赤いカチューシェがよく似合う。
その大人しい様子に一部の男子から人気が在ると聞いたことがある。
控えめな笑みを見せる志保を見ているとやるせなくなる。
「良いなぁ、志歩は可愛くて」
そのあたしの発言に顔を真っ赤にして両手をぶんぶんと振ってみせた。
「そ! そんなこと無いよ! 縁の方がカッコイイよ!」
そんな無理に褒めなくてもいいのに……愛い奴め。
可愛いではなく、カッコイイと言った言葉の意味は深く考えないでおく。
そんな志歩の様子に自然とにやけてしまう。
守りたくなるような小さなこの子を見ると、男共の気持ちも解らんでもない。
そしてあたしはその度に、良いなァ……何て考えてしまう。
こんな女の子女の子した子が時々羨ましくなる。
そしてあの男の言葉が思い浮かぶ。
ゴリラだの暴力女だの女性に対して在り得ないような言葉を吐く軟弱男をあたしは知っている。
そんなことを言われるのだから、私はよっぽど女らしくは無いのだろう。
まぁ……確かに普通の女の子は喧嘩したりせずに、料理や裁縫をしているもんなのかもしれない。
だが、あたしが始めての手料理を、あの男は食ってくれたらしい。
あそこまで文句を言っていたのを、結局食べたのだ。
不思議な奴。
そんでもって嫌な奴。
「もしかして、また例の先輩?」
そう言った志保の思い描く人物とあたしが思い浮かぶ人物は多分同一人物だろう。
親友の志保に冬の夜のことや、食堂でのことを言ったことは覚えてる。
アタシの兄貴とよく一緒にいるらしく、少し前に廊下で兄貴にひきづられているのを見たらしい。
どういう状況だったかは聞いていないけど。
志歩の『また』という発言が少し気になった。
「残念、違うよ志歩」
ここは嘘を付いておく。
志歩の言葉通りじゃあたしがあんな軟弱男のことをいつも考えているみたいで何となく嫌だった。
「ほんとー?」
志歩の顔が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
……その笑みに深い意味は無いと思いたいよ。
「何でそう思うの?」
「縁ってさ、その先輩のこと話してる時すっごい楽しそうだったよ?」
そんな顔をしてた覚えは無いんだけど……。
寧ろ悪口ばっか言ってたような。
「そうだっけ?」
そのまま思ったことを言ってみる。
「だって〜、縁って愚痴とか言わないでしょ? 正義に反する!! だとか言ってたし。」
その真似はアタシを真似たの? 何で男っぽい言い方なの?
「まぁ……言ったけど」
「だから珍しかったよ〜? あんな縁は初めて見たな〜」
そうなんだ? っていうかあたしそんなん言ったっけ?
「あたしは別に……」
そこであたしの言葉は切れた、直ぐ横ですざまじい音がしたからだ。
何か巨大な物が落ちてきたようだ。
驚いたというよりも瞬間的に臨戦態勢へと拳を固めた自分が恥かしい。
クラスの皆もその音に反応したらしく、ザワザワと窓の付近へ近づこうとしていた。
落ちた物が一番に見れたのはあたしと志歩の2人。
窓を開けていたし、しかも丁度目の前に落ちてきたからだ。
窓から2人して身を乗り出すと、そこに居たのは。
バカ兄貴だった。
死んではいないものの、白目を向いているのを見ると気絶しているようだ。
そんなバカ兄貴を見て、大きな溜息と共に頭が痛くなった。
「あれ? 縁のお兄さん?」
何度か家に来たことのある志歩は兄貴とも面識は良くある。
それだけに余計恥かしい。
「バカ兄貴……」
自然と口から零れる。
というか、何があったんだろう……。
兄貴の周りに散らばった光る破片がガラスの物と察するに、ガラスを突き破ってきたのだろう。
「もしかして……喧嘩!?」
そう思った瞬間アタシの反応は素早かった。
プロレスのリングのように軽やかに窓を飛び越えると兄貴を思いっきり踏みつけた。
「ぶほぁ!?」
間抜けな声が聞こえる。よし! 起きたな!。
馬乗りになって思いっきり胸倉を掴んだ。
「兄貴! どうしたの!? 上で何があったの!?」
兄貴はガタイが大きく、アタシ以外の人間にそう簡単に負けるとは思わなかった。
そして飛び降りた位で死なないことも承知済みである。
「へーじ……に」
掠れた声は、あの軟弱男の名前を出した。
まさかあの男に!? 実は凄い実力の持ち主だった!?
「冷たい目で見られた……」
は?
そう一言だけ言うとガタイの良い大男は体を丸めシクシクと寂しく泣き出した。
「ちょ! ちょっと兄貴!? 意味解んないわよ!!」
あたしの声も聞こえず唯黙々と泣き続けるバカ兄貴。
クラスの野次馬共が何だ何だ? と、覗きに来ている。
……こんな兄貴が居るのが知れたら恥かしい! 恥かしすぎる!!。
慌てて兄貴から飛び降りると、兄貴の足を持つ。
「え? 縁?」
志歩の言葉を無視して、力を思いっきり入れる。
「どっこい! っしょー!!」
叫び声と共に思いっきり兄貴を投げ飛ばした。
そのまま兄貴は茂みへと突っ込んで見えなくなっていった。
「よっし!」
そこで思いっきりガッツポーズ! これで兄貴を見るものはいない!
「いや、よっしじゃないよ縁」
アタシの行動に呆れたような瞳で見る志歩。
……だってこうするしかなかったんだもん。
直ぐに部屋に戻ろうとした、瞬間。
何処からか声が聞こえた。
「嫌じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
何が嫌なのかは解らないが、あの軟弱男の声が聞こえた気がした。
辺りを見渡しても何処にも居ない。
その場で首を傾げる。
幻聴? でも、幻聴であの男の声が聞こえるって……なんなのよ。