その3.シャイなあんちきしょうな僕は綺麗好き。
ざわざわと周りが取り巻いている事に気づいた。
目立つことが嫌いな僕にとってあまりに嫌な現状況
ここから早く抜け出したくて、声を絞り出す。
「な……なんだよ」
風邪でやられたガラガラの声は自分の声であっても目障りに思える。
女の子は聞こえたのか聞こえていないのか解らないが2、3歩僕に近づいた。
女の子の位置は先程より近くなり、見据えるというより見下ろすという形になっていた。
長い髪を垂らし、ジッと僕を見詰める2つの目。
吸い込まれるような瞳に僕は呆然としてしまっていた。
ざわざわと騒ぐ音が遮断され、この世界が本当に止まったような錯覚に陥った。
そんな状態から目が覚めたのは、この子の一つの行動によるものだった。
「う……」
少女から漏れる嗚咽の様なものが呆けている僕の耳に届いた。
ッハ、と我に返った瞬間だった。
「うおええええぇぇぇぇえ!」
その激しい声と共に頭に降りかかるなにか。
それが何なのか気づく前に第二波が襲った。
ビチャビチャと嫌な音を出しながら頭に降りかかる。
ッツーンと酸っぱい臭いが鼻に付く。
そこで察した。
汚物による直下型ボム。
あまり口にしたくは無いが、つまり酔っ払いが僕の目の前で吐いたのだ。
「ぎ・・・・」
それが僕の第一声。
そして第二声。
「いいやああああああああああああああああああ!」
男とは思えない情けない悲鳴を上げている僕を無視して女の子は一人蹲りながら頑張っていた。
ぶっちゃけそんなのを見ている余裕は無かったが、女の子の独り言が耳に入った。
「おえぇ~、うぇっぷ……あ゛ー気持ち悪ぅ、やっば飲みすぎだー……」
「イヤーー! イヤァァー! イィィィイヤァァァー!」
とりあえずそれしか言えない現状況。
頭にゲ●を被って冷静な人間なんて多分いない、てか絶対いない。
超パニック状態の僕は必死で頭の汚物をどうにかしようとしていた。
「ギャァァ!ギャァァ!」
叫びながら冷たいアスファルトでゲ●を拭こうと頑張る。
この時、もう少し冷静だったら頭の汚物を上手いことどうにか出来たかもしれない。
だがマジ余裕無し。
「ちょっと、背中さすってくんない?」
絶叫している僕に、この女は普通に話しかけてきやがった。
「ふざけんな!」
シャイなあんちきしょうな僕が女の子に向かって怒鳴ったのはこれが初めてであろう。
「あん? 何か言った?」
そう言うとこれ見よがしに拳を丸めた。
「いえ、何でもないです」
仕方なく心優しい僕は女の子の背中を擦ってあげる事にした。
決して暴力が怖いとかのアレじゃないから。
「つかあんた臭いわね、ちょっと離れてよ」
「あ、すいません」
このクソ女……。
キレても勝ち目は無いので仕方なく僕はぎりぎりまで離れて背中を擦り続けた。
雪の降る中、背中を擦る僕と嫌な音を立て続ける女の子。
チラチラと視線を感じる。
周りから見れば妙な2人組だろう。雪の降るなかの大晦日は死ぬほど寒く感じた。
女の子の背中は小さく、温かかった。
深くにも嘔吐中の女の子にときめいたのは僕だけであろう。
思春期真っ盛りのお年頃な僕にとって、いくら性格が悪かろうが、(多分、てか悪いだろう)
綺麗な女の子を見れば誰だって心震える。
燦々と降る雪は更に増える。
「あ゛~気持ち悪ー……」
そういうと女の子はすっくと立ち上がった。
それを境に僕も背中から手を離す。
「じゃ、じゃぁ僕はこれで……」
これ以上関わりたくない、それが現在の本音である。
しかし、そう上手く行かないのが人生である。
「待て」
後ろから呼び止められてしまった。
マジすか。
恐る恐る振り向くと……。
目を疑った。
突然で、見間違いだと思った、けれど
見間違いなんて嬉しい誤算はあるはずも無く。
女の子は。
泣いていた。
大きな瞳から大粒の涙を流して。
その姿は先ほどまで男共をなぎ倒していた姿とは程遠く、小さな女の子にしか見えなかった。
「送ってけ!」
女の子が何を言ったのか一瞬理解出来なかった。
ボロボロ涙を流しながらもう一度同じことを言った。
「送ってけ!」
マジすか。
先ほどとは違う目線を、辺りから感じた。
成程、これは僕が泣かしている様に見えるのか。
マジすか。
女の子は涙を拭う事もせず僕を睨んでいた。
何?あれか?送ってけって地獄にか?
僕を地獄に送るっていう遠回しな表現か!?
まさか家に送れってな感じの送れか?
いやいや……まさかそんな事はありえんでしょ流石に。
…………。
マジすか。(四回目)
呆けている僕何ぞ無視して展開は進む。
女の子は僕を一通り睨んだ後。
ゆっくりと。
前のめりに倒れていった。
呆けている僕に助けよう等という考えは浮かぶ筈もなく。
あ、倒れたな、程度に受け取っただけであった。
ベシャッという音を立てて女の子は顔から雪の中に飛び込み、雪に顔を埋めた。
白い道路に倒れる女の子はぴくり、とも動かず、その女の子の背中にヒラヒラと粉雪が積もる。
その場所はあまりにも異質な場所になっていた。
血を流して倒れている数人の男と倒れている女の子。
唯一人だけ立っている僕。
周りは近づくことも、救急車を呼ぼうとする者もいなかった。それもそうか、僕だってこんな現場があれば近づきたくはない。
が、見た目じょうどう見ても僕は当事者だろう。
とりあえずこの場から逃げ出すのが正解だと思う。
いつもの僕ならここで猛ダッシュだったろう。
しかし、病気のせいか僕は変だった。
雪に顔を埋めてる女の子に近付くと、起き上がらせて顔の雪を払った。
少女の体を背中に持ち上げていた。
軽い。
あんなに強いのにこんなにも軽い、全くもって妙な感じだ。
でも更に妙なのは僕だ……。
僕がこんな親切な事をしている、という現状に驚いているのは僕自身だ。
雪の道を歩きながらその理由を考えるている自分が居た。
これにはきっと理由があると決めつけて考えていた、
きっとこの女の子の報復が怖かったんだ。
初めて会ったんだ、僕を探す事何て出来ないんじゃ。
後ろからの少女の白い息が顔に掛る。
あれだ、おんぶしたら胸が背中に当たるじゃん。
我ながらエロい人間だ。
病人らしく厚着に厚木を重ねている状態で感触は感じなかった。……残念ながら。
背中から女の子の酒くさい臭いがした。
病気のせいだ! さっきよりも頭がボーッとしている。
顔も火照っている気がする。
成程、これは説得力があるな。
女の子の寝息が首筋にかかる。
周りの騒がしい音が聞こえなくなっていた。
気づいたのはサクサクという雪を踏みしめる音が妙に耳に吸いついたから。
何だこれ?
僕は女の子を背負いながら病院に向かっていた。
殴られて、首絞められて、ゲロ掛けられて、 服は固いコンクリートで擦れて酷く汚れ、雪のせいでズブズブの服。
最低の出会いは、
僕に初めての気持ちを作った。