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その36.世間体と料理と僕。 肌寒い風と夜空とあたし

「ま、振られたって言っても。あたしから逃げてきたみたいな感じだからね、

 これがあたしが始めて『逃げた』ことだと思うなぁ」

 呆気らかんと縁は言ってのけたが、はぁ……と小さく溜息を付いている。


 ふーん。

 そりゃ驚きだったけど、何でそれを今僕に言う? てかまだ喋っちゃ駄目なんだろうか。


「へーじの言った通り、後悔してるよ」

 はぁ、どーでもいいけど。


 縁は突然ギラッと目を僕に向けるとイラついた調子で言った。

「ねぇ! なんとか言ってよ!」


「君が喋るなっつったんでしょーが!」


「あれ? そうだっけ?」

 目をパチパチとしているが、君はまさか頭まで筋肉なタイプかい?

 そこまでお兄さんと一緒かい?


 呆れたように今度は僕の口から溜息が漏れる。

「何? それ僕に言ってどうすんの?」


「あたしの『逃げた』こと教えたんだから! へーじの『逃げた』ことも教えて!」


「……コラコラコラ。」

 唐突だね。一方的に話してソレ!? そんな約束してないでしょーが。

 それに僕自身もよく解ってないんだから言えるわけない、で! しょーが!!


「言えないなら『いつか』でいい! だけど絶対に教えて!」


「ぇぇ……」

 というか、また会う前提ですか。

 僕は会いたくないんですが。


 僕のあからさまな態度に、腹が立ったらしく頬が膨らんでいる。

 ……あのほっぺ突いたら殺されるだろうなぁ。

 等と考えていると、再び縁からありえない発言が漏れた。


「あたしは、へーじが気になンの!!」



「……はい?」

 天然か? 君は天然なのか? その発言に意図はきっと無く、純粋に気になるのだろう。

 犬が見知らぬ人をジッと見つめるアレみたいなもんだろうか。

 もう君の爆弾発言に慣れた自分が怖い。

 しかし、君の発言は今『ここ』で言うにはかなりまずいんですよ。しかも大声で!



 もう疲れた……死ぬほど疲れた。

「解ったから、そろそろ帰れば? てか帰れ」


「女の子に向かって何ソレ!」


「いやいやいやいや、こんな時間帯に君が居ることもまずいし何より僕の近所での評価が大変ことになりますから!!」

 つまり、縁の大声はボロアパートの薄い壁を何枚も通り抜け、筒抜けだろうということ。

 そして女子高校生の高い声が、救急車で姉が連れてかれたのを知っていれば、

 アパートの方々は、声がする僕の部屋に、

 必然的に僕と2人っきりであることが解ってしまう。

 つまり、世間体なる物が不味いことになるんですよ!そしてソレが姉の耳に入れば!! 僕は大変なことになる!! 考えてみても欲しい。

 

 自分のいない間に弟が女の子を連れ込んだ。


 ……殺される!!


 おばちゃんは言わないと言ったが、周りのアパートの住人に姉と親しい者も多く、

 その者達が喋べらないとも限らない。

 事情を簡潔に、必死の思いを込めて。

「だから帰れ。いえ、帰って下さい!! 本当頼みます!!」

 君の今の発言は、かなりまずいんですよ! 君は解ってないかもしんないけども、今のははたから聞いてりゃ告白に聞こえるんですよ!


「……解った」

 一応現状は理解してくれたらしい。


 とりあえず、解ってはくれた。

 小さく頷いて玄関へと向かった。

 まぁ、ここらへんはどこぞの、兄貴バカよりかは聞き分けは有る方か……。

 とりあえずドアの前までは送る為、縁の後を追う。

 ドアを開けて出て行く前に、縁は振り帰った。

 僕と目線が合い、今度は僕もしっかりと見据える。

 頼むからもう厄介事に巻き込まないで下さい、という思いを込めて。とは言えないけど。

 一瞬、考える素振りを見せ、ドアノブを離した。

 何だ? 帰るんじゃないのかい?

「もう一つ良い?」

 靴を穿き、玄関に立っている縁は、そのまま、帰るのかと思っていたが……

 なんだ?


「構わないけど」

 もう帰るようだし、まぁ一つくらいなら今更変わらないか。


「食堂のこと、覚えてる?」

 言葉を発さず、頷いて見せる。

 あんなアクション映画みたいな動き忘れるわけないでしょ。

「あのとき……何で出てきたの?」


 後ろから教師に押されて出てきました。

 というのはチョット馬鹿っぽいから言い難いなぁ。

 「別に深い意味はないよ」

 カッコつけても今更感が有る気がするが……。

 まだまだいけるはず! うん! 多分。


 縁は再び考える素振りを見せた。

「そっか、じゃあ言い方を変えるよ。『誰の為』に出てきたの?」


 ……その言葉の意味はどう取ったらいいのかな?

 ジッと見つめる2つの瞳。

 その瞳はどういう答えがご希望?


 君の兄貴を止める為に出てきたように見えただろうね。

 サクの為に?

 

 でも、違う。


 彼女は無言で僕の答えを待つ。


 …………。

 君を守る為に出てきたように見えなくもない。

 僕が向いたのはサクの方。

 傍から見れば、守るように立っていたのかもね?

 でも、もっと違う。

 僕は無表情のまま口を開く。



「君でもサクでも無い、僕の為さ」



 それは自己中心的な考え方、背中を押されて出てきても、直ぐに逃げれば何とも無かった、

 だけど僕はサクに向けて口を開いた。

 それは僕自身の為、正人の為じゃない。

 だからサクに礼を言われても、僕は礼を受けるべきでは無いんだ。

 ……本当は。

 

 その言葉と共に、縁は笑った。


 そして短く、一言だけ大きな声で。

「またね!」

 その姿は、昼の食堂を思い出した。

 その笑顔を見つめて呆然としていると、ドアがガチャン、と音を立てて閉まった。

 そこに縁は既におらず、立ち尽くす僕一人だけがそこに居た。


「また……会うのかね」

 どんな思いを込めて言ったのか、僕にも解らず自然に言葉が零れた。

 静かになったアパートの一室は、狭い筈なのに妙に広く感じた。

 姉貴は居ないのだ。

 そして縁ももう居ない。


「寂しくなったとかじゃないから!」

 とりあえず自分で自分に突っ込みを入れる事にした。

 そして腹が未だに減っている事に気づくと、再び溜息と共に居間へ戻った。


 居間に戻ると、ちゃぶ台の上に有る2つの物が映った。


 一つは僕の作った料理を乗せていた皿と御盆。

 皿の上に食べ物の破片は無く、縁は綺麗に食べていったようだ。

 そしてもう一つ。

 縁が作った料理。

 ……どうやって処理した物か。


 焦げた料理はすっかり冷えたようで、更に不味さが帯びているご様子だ。

 ふと、縁の言葉を思い出した。


『確かに見た目は変でも中身はどうか解んないでしょ!』


 屁理屈、というか無理やりな言い訳というか……。

 溜息と共にちゃぶ台に座る。


 目の前に有るのは食べ物とは言い難い物。

 ジッとそれを見据える。見れば見るほどまずそうだなぁ。

 

 ………………今更料理つくるのもめんどいし。

 折角の材料も勿体ないし、うん、好きで食べるわけじゃない。


 とりあえず、その灰の欠片を口に入れてみた。

 当然苦い。そして不味い、そして胸やけ、頭にも痛みが走った気がする。

 つまり、焦げすぎ以前に!! ク・ソ・不・味・い!!!!


 ………………。

 他人の手料理ってこんな物なのかなぁ。


 何故か母親の顔が浮かんだ。

 台所でリズムの良い包丁を振う母。


 ――フン、クソ不味いけど。

 たまにはこんなのもいいか。


 どちらにせよ片づけなきゃ駄目だし、勿体ないし!!

 仕方無く。仕方なく!!


 まぁ、そこまで自分に言い聞かせなくても良いけどさ。











 夜道は肌寒く、空を見上げた先に青黒い空に点々と浮かぶのは星。

 夜空に並ぶ星を見上げながら、今日一日を思い返す。

 その中に、貧弱男が浮かんだ。

 バカ兄貴との決闘中に突然飛び込んできたあの男。

 あたしに背中を見せるその背は小さい筈なのに、何故かあたしの心を温かくした。

 力のあるあたしに助けや守りもいらないし、ましてやあんな貧弱男なのならば逆にあたしが助けなくちゃならなくなる。


 だけど。


 あんな大勢の中、力があるとは云え、大男が女のあたしに殴りかかってきたのだ。

 その間に入る人間なんて予想して無かったし考えもしなかった。

 アタシと兄貴の間に入ってこれる者がいると思えないし仕方がない。

 なのに、あの男は間に入ってきた。

 沢山居た中、あの男だけが間に入ってきた。


 自然に眼が細まり、頬が緩む。


 あの人は、あたしを女と見てくれたのかな。

 アタシを守る為に兄貴に立ちはだかってくれたのかな。

 今迄にそんなことは無かったと思う。

 アタシに力があって、そんな必要はなかったのだけれど。

 だけど、純粋にうれしかった。

 

 だが、疑問にも思う。

 何であんな卑屈で皮肉ばっかりの腹の立つ男があんな行動をしたのか。


 自分の為だ、と言ったあの男の心境何て知らない。

 だけど、あたしが嬉しかったんだから、それで良い。


 寒い夜空の中、あたしは走りだす。

 暗い夜道の中、思いっきり走る。

 何となく、思いっきり走りたくなった。


 何となく。


 嫌いだけど、嫌いじゃない。

 あの皮肉った貧弱男のことが、知りたくなったんだ。



 何となく。




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