その30.ちょ!予想してなかったんですけど!!君そういうキャラでは無いでしょ。
「……」
「……」
沈黙の中、外は最早薄暗く。
僕と縁を挟んでちゃぶ台が一つ。
気まずい雰囲気のままかれこれ10分は立っているだろうか。
僕も、縁も一言も喋って居ない。
何故か正座をして途方にくれる僕と、ぺたん、と座り込んで俯いている縁。
何で? 何で自分 家で気まずい雰囲気になりゃにゃならんのですか!?
チラッと縁の方を見ると、顔が薄っすら赤い。
傍若無人でやりたい放題であるはずの縁は今は黙り込んで大人しくしている。
何ですか? どういう状況なんですか?
誰か助けてヘルプミー。
と、心の中で呟いても仕方ないのだが。
というか腹減った。
時計を見ると6時をまわっていた。
飯には少し早いだろうが、昼飯はなんやかんやで結局食って居ない。
本当、なんやかんやで……。
「あのさ」
「へ? は? は! はい!?」
どうでもいい事を考えていたので、いきなり喋られるとビビる。
というか毎度僕こんな感じだな。
「も、もしかして意識してる?」
「……?」
思いっきり嫌味ったらしく言っている様だが、顔が引き攣っている。
縁なりに場の空気を変え様と喧嘩腰に(何故か)言って来たようだが、怒るに怒れない。
「だ! だだだ! だっさー! な! ななな、ら、何意識してんの? ババババッカみたい!」
ろれつが回ってませんが、無理しないほうがいいんじゃない?
というか、思いっきり意識してんのはそっちでしょーが。
最初は僕もつい意識してしまったが、ここまであからさまにされると馬鹿馬鹿しくなってくる。
勢い良く立ち上がると、必死に言葉を探していた。
「ええと! あの! ええと!」
何も言ってこない僕に面食らったらしく、言葉が詰まっている。
「ええと! バーカ! ええ、と! バーカ! バーカ!」
とりあえず何でもいいかという具合に同じ言葉を連呼している。
自分が恥かしい状態なのは理解している様で、顔が真っ赤になっている。
耳まで赤くなるってのはマジなんだなぁ。
いい加減こっちの方が疲れてくる。
「…………ボキャブラリーって言葉しってる?」
「へ?」
初めて彼女の間抜け面を見た。
「とりあえず、落ち着いたら?」
冷静な僕を見て、真っ赤な顔は更に赤くなり、そのまま力が抜けたように再びぺたん、と座った。
「……」
「……」
再び沈黙が続く。
「落ち着いた?」
今度は先に沈黙を破ったのは僕だ。
コクッと小さく頷くも、顔は挙げていない。
ごめん、と何とか聞き取れる小さな声が聞こえた。
「あたしさ」
縁はポツポツと小さく語りだした。
とりあえず、ここは黙って聞いて置くか。
「あんまりー……その、異性とかの関係って無いんだよね」
縁は恥かしそうに小さく笑い声を挙げた。
「だからかな、前にも似た様な事あったんだけど、どうもそう言う事言われるの苦手みたいでね」
あたし鈍感だから余計にね……と、小さな声で付け足して、そこで顔を挙げて困った様に笑って見せた。
「アハハ、自意識過剰だよね」
……君の今のその顔は自意識過剰と言うには不釣合いな笑顔だね。
つまり、一般論で言えばこの子は可愛い部類に入ると僕は思う。いや、飽くまで一般論の話だから。
だが、僕の口は思っても居ない事を吐く。
「ああ、自意識過剰だ」
僕の言葉に、縁は怒りよりも落ち込むように縮こまる。
「でも、ね」
僕の口は、こんな暴力女に対して言いたくも無い事を口にする。
「自分で言える事じゃぁ無い、自意識過剰に見えても、自分から認めている様じゃ『自意識』何て言葉は似合わないよね」
縁の方を見ずにぶっきらぼうに言い放った言葉の意味は僕ですら良く解らない。解らないけど。
「あんな勘違いならば誰でも動揺するだろうし気に掛ける程でも無いんじゃない?」
僕もその『誰でも』の一人なわけだし。
「別にどうでもいいけど」
と、付け足したのに深い意味は無い。
その子は、男を簡単にぶっ倒す程の力を持つのに、心は普通の乙女なのかもしれない。
反則的だ。
僕の中でのこの子の印象が変わってしまった、絶対変わらないと思ったんだけど。
縁の別の一面を知る事が出来た。
この子は『真っ直ぐ』で『純情』なんだ。まるで汚れを知らない『白色』を思わせる彼女はどこまでも『白』なのかね。と、どうでも良い事を考えていた。
縁は笑った。
「アハッ意味解んない」
「解んないのかよ!」
「でも、」
そこでグイッ!と顔を近づけてきた。
「!? !?」
ちょ!近いんですけど!? 何でこういうのは気にしないのかね!?
男の家に来たり、堂々と手を繋いだり顔を近づけてきたり。
それは真っ直ぐだから出来る事なのか、はっきりと言われなければ解らないのかも知れない。
成程、確かに『鈍感』だな。
ですが、それとこれとは別ですが!?
「励ましてくれたんでしょ?」
無垢な笑顔が目の前で輝いている。
ちょ、やめて、何か眩しいんですけど。
とりあえず目を逸らす事にした。
「そんな風に受け止める君の頭の中はきっと膿が溜まっているんだろうね」
「う・る・さ・い♪」
笑顔のまま出された拳は顔面に強烈な一発。
「ぼほぉ!? ちょ! 普通人ん家で殴る!?」
「だって、むかついんたんだもん」
それで良く正義とか言えるね。
「さってと!」
と、すっかり暴力女に戻った彼女は思いっきり伸びをしながら立ち上がった。
お? 帰んの? 帰んの!?
ようやく我が家が安息の地へ戻ると思うと、自然と頬が緩んだ。
「それじゃあ!」
うんうん、それじゃあ、てのはさよならって事ですね。
自然と僕の頬が更に緩むのは仕方がない。
「階段気を付け……」 「ご飯作るとしますかーっ!!」
等と、皮肉染みた事を言おうとした瞬間、縁と言葉が被さった。
「……は?」
「冷蔵庫どこー?」
等と言いながら勝手に台所へと入っていった。
「ちょ! ちょっと! さっき、それじゃあって! グハッ!?」
慌てて立ち上がる際に、ちゃぶ台にすねを思いっきりぶつけた。
痛い、これは痛い!
「ん? そりゃそれじゃあって言ったけど?」
つまりあれか、そのそれじゃあ、は『それじゃあまたね〜』の方では無く『それじゃあここらで始めるか〜』的な、それじゃあ、か!?
日本語って難しいですね。
「何してんの?」
蹲って痛みで目に涙を溜めている僕を見下ろしているであろう縁の、呆れた様な声が降ってきた。