その25.抱きしめと締め上げは紙一重だと思います、色んな意味で。
「へーじ、お前って奴は……」
どうやら感極まったらしい。
「俺は、お前は根暗で悪口しか言えない筋肉と無縁な女男と思っていたが」
……ティッシュあげんの止めよっかな。
「へーじぃぃぃぃぃ!」
サクの僕への悪口を聞き流していると、
突然サクが奇声を上げて、僕に飛び掛ってきた。
反射的に後ろに飛び退く。
ガバァッ! といった具合に僕が居た所に太い2つの腕が交差していた。
思いっきり抱き付こうとした様だが、危うく僕はあの、ぶっとい二つの腕に絞め殺される所だったのだ。
「俺の友への抱合を避けるとは!」
知るかァ! 明らか殺す気だろ!
「へぇじいいいぃぃぃ!」
再び僕に向かってダイブ。
「来ンなァァァ!」
後ろに再び飛ぼうとしたが、後ろに机が有る事に気づいた。
万事休す!?
目の前を見ると、鼻血と涙でグチャグチャになった顔を満面に輝かせているサクが居た。
嫌! サクじゃない! あの顔は僕の知っている人間のサクでは無い! ていうか人間の顔じゃない!
色々失礼なのは承知だが(今更)僕の頭の中はそれ所ではなかった。
終わった!?
と、
僕が思った瞬間、僕の目の前に綺麗な黒髪が在った。
守るように縁が僕の目の前に立っていた。
「えっ?」と小さな声が漏れた。
僕よりも小さな体は、何故か大きく見えた。
何だか不甲斐ない……。
「うらぁぁぁ!」と女と思えない気合の入った掛け声と共にダイブして来るサクに回し蹴りを放った。
翻ったスカートを遂追ってしまうのは男の性です、決して変態では無いです。
ガッシャーン!とけたたましい音と共にサクは椅子や机達の中に突っ込んでいった。
うつ伏せに倒れたサクは、気絶したのかピクリとも動かない。
大男を吹っ飛ばす力って、女の子が持っていいものだろうか……。
それよりも、縁が居なければ僕はきっとサクに絞め殺されていただろう。
嫌、この子居なきゃ最初からそんな事態にすらなってないけど。
とりあえず礼は言わなければと、慌てて口が開いた。
「あ、ありが」
と、言い切る前に、縁がそれを手で制した。
そして、制した手を向けたまま、その手の人差し指以外を握り締めた。
何がしたいのか、いまいち解らず首を傾げていると、その人差し指をズイッ!と僕に近づけた。
「借り1!」
は?。
ハッキリと言ったようだが、借り1とは?
「放課後!校門前!」
何故単語だけで表現するんですか、意味が解らない、やはりバカですか?
と言いたいが恩人に向かってそこまでは言えない。……怖いとかじゃないから。
放課後校門前で待つ、と理解していいのだろうか?
縁は満足そうな笑みを浮かべると、食堂のドアに向かって歩き出した。
呆然とする僕は、出て行こうとする縁を目で追う事しか出来ない。
僕が呆然と見ている事に気づいたのか、くるっと、顔だけで振り返った。
直に目が合う、しかし1秒ぐらいで縁が目を逸らした。
悪びれた様な気恥ずかしそうな笑みを僕に向けた。
この笑みはどう解釈すればいいのだろうか。
「とりあえず?」と小さく零した後、何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。
再び解釈出来ないんですが……もしかして僕の方がバカなのか? しかし、笑った顔はやはり 不覚にも可愛(以下略)
「また後で!」と言いながらヒラヒラと手を振ると、縁は食堂のドアを閉めた。
……なんなんだ?
いまいち状況についていけない僕はどうしたらいいんだ?
等とどうでもいい事を思いながら、何気無く振り返った。
その先に、
気絶しているサク、所々に飛んだ鼻血、サクが突っ込んで散らばった椅子や机。
マジデカ。
とりあえず、あの悪びれた笑みの意味は解った。
今日でも最も大きな溜息が漏れた。
あのクソ女、と悪態を付きながらも、心の底からは憎んでいない自分が居た。
あの笑みが、頭に残っていた。