表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/189

その20.元気溌剌男VS暴力熱血女 状況は唐突に

 縁があの時に見せた膝蹴りをサクに向けて放つ。

 流石、僕とは違う。

 サクはその運動神経からタイミング良く体を横へ。

 が、その瞬間。

 空中で横回転と共に左の膝をたたみ込んだ。

 回転と共に長い髪がなびく。

 遠心力に身を任せ右足で横に避けたサクを蹴り飛ばした。


 しかし、そんな有り得ない神業をサクは読んでいたらしく、右腕でそれを守った。


 ドギャァッ!!というハンマーで叩いたような音が五月蠅い歓声の中でも響き渡る。


 すざまじい音と共に巨体のサクがヨロヨロっと後ろによろめいた。

 どんな威力だよ。

 僕の思いも無視して、オオッ!と周りがドヨめく。


 そのよろめきを、縁は逃さない。

 空中で体を翻して着地するや否や、顔面に向けて拳を放つ。

 しかし、サクはそこで目を光らせた。

 右足を後ろに、左足を前に。

 体制を保ち、そのまま同じく拳を放つ。

 身長差で、振り上げた縁と振り下ろしたサク。

 男と女の腕の長さでは、当然身長も高い男のサクだ。

 しかも完全な体重の乗せた拳のカウンターは何倍もの威力で帰ってくる。

 それを見越してサクは拳を放ったのか!

 サクは馬鹿だが、喧嘩に置いてはずば抜けている事を僕は出会って直ぐに知った。

 誰もが、その瞬間、サクの大きな拳が華奢(見た目)に見える縁に襲い掛かると思った。


 だが、縁だけは違った。

 その表情に気づいたのも僕だけだろう。

 悪魔のような不敵な笑み、不覚にも背筋が寒くなった。


 拳と拳がすれ違う瞬間、


 真っ直ぐに放っていた拳を、横に振った。

 裏拳気味に放たれたその拳は、パチンッという乾いた音と共にサクが振り下ろした拳を簡単に弾いた。


 右腕が弾かれ無防備になったサク。

 みるみる顔色が青くなっていく。

 それをあざ笑うかのように縁はもう片方の手を思いっきり握り締めた。

 見ているこっちまでゾッとする。


「サ……!」

 サクを呼ぼうとした声は歓声に掻き消される。


 サクは、遅れながらも左手を握りしめる。

 しかし、利き腕でも無い手はどうしても反応が遅れる。

 ワンテンポ開けて、縁が拳を振り被った。


 振り被った拳は、サクの腹に減り込む。


「ッガッァ!」

 呻き声でどれだけ苦しいのかが解ってしまう。


 拳を引き抜くかの様に素早く引いた。

 同時に、サクが崩れるように膝を付く。

 ッワ!と再び歓声が沸いた。


 呆然とそれを見つめていた僕は、駄目教師に小突かれてッハ、と我に帰った。


「おい、やばいんじゃねーか?」

 駄目教師の言葉の意味が解らなかった。

「どういう……」

 どういう事?と言いきる前に、バァン!という音にビクッと体が揺れた。

 慌てて音の方向を見る。

 サクが食堂の机に思いっきり手を付いた音であった。

 それは立ち上がろうとする為に思いっきり叩いた音だった。


 フラフラになりながらもサクは立ち上がる。

 それをみつめる野次馬、僕、駄目教師、そして縁。


 サクは血走った眼で縁を睨む。

 食道の丸いイスを掴むと、思いっきり振ってみせた。

 ブォン!と椅子が目の前で空を切る。

 それだけで、先程まで騒いでいた野次馬達がシン……と静まり返った。

 先程まで観客の気分だった野次馬達もサクの様子に気づいた様だ。

 大男が椅子を掴むだけで妙な迫力がある。



 サクが切れた。


「手ぶらの相手に武器を使うき?卑怯者!」

 静かになった食堂で、縁の声が響く。


「卑怯?悪いがお前とやり合う時にゃ丁度良いハンデだ…」

 サク自身も実力差が解っている様だ。

 だが、オカシイ。

 サクは決して女の子に拳を振う男でも、ましてや武器を使う何て事は有り得ない!

 一年間見てきた僕にはその絶対な自信がある。


「どうしたんだサク……?」

 僕の小声を聞いている人間は、隣に居る駄目教師だけだった。


 駄目教師は何も言わない、止めにさえ入らない。

 当然だ、先程以上に緊迫した状態に誰が入りたがる。

 僕もその一人だ。

 怖い……僕みたいな貧弱に出来ることなんて無い。


 目をぎらつかせながら、サクは一歩縁に近づいた。

 縁は身構える。


 言葉が欲しかった。

 後押ししてくれる言葉が欲しいと思った。

 僕みたいな悪口しか言えない様な奴に、誰でもいいから言って欲しかった。


 仕方なくでもいいから理由が欲しかった。


 僕の思いはある意味叶った。


 駄目教師が、僕に向かってあの嫌な笑みを向けた。

 そして。


 思いっきり背中を押しやがった!

 緊迫する空間に間抜けな感じに入り込んでしまった!

 本当に押すのかよ! 心的な意味じゃなくて!?

 振り向いた先に既に駄目教師はいなかった。

 

 マジデェェェ!?


 当然飛び出してきた僕に集まる視線、視線、死線。

 え?

 目の前に何時もと違うサクが居た。

 近くで見ると余計に寒気が走った。

 当然だろう。

 目の前で椅子を持った大男が血走った眼で睨んでいるのだから。

 僕の後ろからも妙な視線を感じる。



「……どけよ」

 ドスの利いた声がサクから発せられる。

 初めてこんな声を向けられた。

 いつもなら笑って、馬鹿みたいで、ガキみたいな筈なのに。

 恐怖よりも怒りが込み上げた。

 理由なんざ知らない! てか無いかもしれない!


「何熱くなってんの? バカじゃないの!?」

 それが、ブチ切れたサクに向けて発した言葉であった。


 ……バカは僕だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ