その181.迷い無き戦い
今回は少し前に戻って、縁とへーじが別れた後の、縁の話し。
アタシは病院の屋上に来ていた。
冬の寒い風が通るも、天気は晴れやかで、もう春だと認識させる。
そんな暖かい日差しと、肌寒い風の中、アタシは大きく大きくため息を吐いた。
何であんなことを言ったのだろう……。
へーじはきっと嫌な気持ちをしてるだろう。
ミホさんとへーじがベタベタとくっついているのを見て、アタシの心は良く解らない気持ちになっていた。
いつもなら不謹慎だとか、そういった解り易い理由で行動していた。
なのに、今のアタシはどうだ。
そんな気持ちよりも、無意識にへーじとミホがくっついているのが『イヤだ』と思った。 どうしたのだろう……アタシはあの時の夜からオカシイ……
この二日間へーじの事ばかりを考えている自分がいた。
いつからだろう?
きっとあの夜からだ。
あの夜の日の事を、思い出していた――
暗い路地の中、拳を振り被り男達を殴り飛ばしていた。
「げぶぅ!?」
男の情けない声と共に地面に倒れた。
何人倒したかは覚えていない。
唯、下の地面は多くの男達でうめつくされていた。
「こ、この野郎……!」
歯の割れた男は恐怖と悲痛の声を挙げる。
この男で、立っているのは最後の一人だ。
汗と血が混じったソレが顎を伝い地面に落ちる。
腕が重い……。
構えていた拳がダラン、と落ちた。
それを見た瞬間、男は嫌な笑みを浮かべる。
「へ、ヘヒヒ! 流石にこの人数と殺りあったんだ! そりゃ無事じゃ済まねェはなァ!?」
アタシは歯を食い縛り、腕を挙げた。
しかし、それが痩せ我慢である事はバレている様で、男の表情から余裕の笑みは消えない。
もう前に進む気力も無いアタシに男が向かってくる。
その手には鉄パイプが握られていた。
霞む目でソレを確認していた。
男がアタシの目の前で振り被る。
避けようとするも体がついて来なかった。
ガン! という衝撃が頭に響いた。
「あ……ぐぅ……」
体がよろめく、しかしアタシは倒れない。
「オイオイオイオイィィィ!? もう元気はねェのかァァ〜〜!? ヒヒヒヒ!!」
男は狂った様に鉄パイプを力任せに振り回す。
何度も痛みが体を襲う。
男の鉄パイプにはアタシの血がこびり付いて灰色から赤い鉄の棒に変わっていた。
ボーっとする意識の中、そんな事を確認していた。
足が縺れ、ペタンと座り込んでしまう。
そこで男の猛攻は止まった。
男の荒い息が上から聞こえた。
「お、俺の勝ちだァァ……ヒヒ」
男が何か言っている。
アタシの耳には聞こえない。
血を……出しすぎたかな? 意識が、朦朧とする。
「参りました、すいませんでした、って言えよ!! ホラァァ!!」
興奮した男の声が上から降ってくる。
同時に頭に衝撃が走った。
頭を蹴られたのだろう。
しかし最早痛みすら感じない。
突然男の顔がアタシの目の前に現れた。
男がアタシに合わせて座ったのだろう。
その表情は意識が朦朧としていても、ゾッとした。
ニタァっと歪んだ口が開き、濁った目がアタシを見る。
男の汚い手がアタシの服を掴んだ
小さな破れる音が耳をつんざく。
一瞬、何をされたのか解らなかった。
男に服を破られたのだと理解するのに数秒時間が空いた。
服が破け、胸が曝け出される。
女性としての本能からか、震える手で胸を隠した。
「ヒ! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! 今からお前何されるか解るかァァ!? イヒヒヒ!!」
男は興奮しながら気味の悪い笑い声を挙げていた。
舐めンな、クソヤロー。
途切れ途切れの意識だが、信念が途切れる事は無かった。
声も出ない状況で、心の中で悪態を付く。
「済んだら殺してやるよ! お前の逃がした男もナァァ!!」
その言葉が、引き金となった。
アタシに触れようとする手を、アタシは掴む。
「誰を、殺すって?」
先ほどまで力は出し尽くしていた。
手だってもう動かない筈だった。
口さえも動く事を躊躇った。
そんなアタシを突き動かしたのは、揺ぎ無い信念。
掴んだ手に懇親の力を込める。
バキィ! と音を立てて男の腕が折れた。
「ヒ、ヒィィィ!!」
悲鳴と共に男は腕を押さえる。
しかし、腕はだらんと垂れ下がり、あらぬ方向を向いていた。
「最初に言ったわよね……」
痛みで涙を流す男が聞いているか何て知らない。
それでもアタシは口を開く。
「アタシはどうなっても構わない、だけど……へーじに手を出す奴は絶対に許さないッ!!!」
「こ、このクソ女がァァァ~……!」
ヨロヨロと立ち上がり男は後ろへ後ずさる。
残念、ここまでして置いて逃がす気は無いわよ!
離れていく男に向かって、1、2、と足を踏み出した。
助走を付け、更に威力を高め思いっきり振り被る!
男の顔面にアタシの拳が食い込む。
メリメリィ! と今迄に無い生々しい音が響いた。
アタシが込めた渾身の拳は男を宙に浮かし、飛ばした。
男は路地の壁にぶち当たり派手な音を響かせる。
壁に激突した際に、反動で男の体がコチラに帰ってくる。
アンタだけは許さない。
傷が治っても、へーじに手出しさせない為にも。
確実に、完膚なきまでにブッ倒す!!
帰ってきた男に、再び助走を付けて迎える。
反動でアタシの方に向かってくる男と、それに向かおうとするアタシの拳が。
カウンターの要領で重なる。
つまる所、助走と拳の威力と、男が帰ってくる反動……そしてアタシの怒り。
威力を倍々に膨れ上がる。
アタシの拳は男を捉え、アタシは容赦無く振り被る。
狭い路地内で助走を付けたのだから、位置で言えば男の真後ろは打ち付けた壁。
つまり、その壁に、今度はアタシの拳毎、もう一度打ち付けるのだ。
「これが、『迷いの無い拳』だァァァァーーーー!!」
ドガァァァ! と威力に負けた壁の一部が粉砕した。
瓦礫と細かい破片で白い煙があがる。
男は白目を向いて壁に減り込んでいた。
アタシの……勝ちだ!!
アタシはそこで、突然の眠気に襲われた。
敵がいないのに安心したのか、もう限界だったのかは解らないけど……。
残り少ないガソリンを一気に燃やした……ガス欠だ。
無敵状態は続かないって事かな?
そういう風に解釈して、冷たい路地に頬を当てながら、クスリと小さく笑った。
なんだか本当の正義の味方みたい。
きっと、へーじが居たら、アタシはいつでも正義の味方になれるんだ。
無敵のスーパーヒーロー……
へーじ……大丈夫かな……アタシ、ヒーローでいられたよ……?
あなたのお陰で、アタシでいられたよ……?
へーじに……早く合いたい……なー……。
そこで、アタシの意識は途切れた。 一度意識が戻った時、アタシは運ばれていた。 目を覚ました時、目の前には小さな背中があった。
フラフラと体を揺らし、アタシを背負うその人は、あまりにも非力に見えた。
アタシを背負う人は泣いていた。
「縁……縁!! あ、後ちょっとだよ……! 頑張って!」
その声には聞き覚えがあった。
アタシとずっと仲良くしてくれて、ずっとアタシと一緒にいてくれた親友。
か弱くて、アタシが憧れる理想像……無茶するアタシを見放さずに、いてくれた子。
志保……?
本当は人を背負う程の力も無い非力な少女なのに、泣きながらアタシを背負う。
「お姉ちゃんから話しを聞いて……必死で迎えに来たんだよ……! も、もう縁に怯えたりしないよ! 私の大切な友達!! もう……絶対に!!」
アタシが暴走した時に、真っ先に駆け付けてくれた。
路地の中で……志保を見た気がしたけど、気付かないフリをしてたのかもしれない。
怯えてる親友を見て見ぬフリをしてたのかもしれない。
……でも思い過ごしだったかな。
アタシになんか怯えるもんか。
こんなにも力強いじゃないか。
非力だと思っていた親友は、あんな危ない路地からアタシを運び出してくれたじゃないか……。
わざわざ駆け付けてくれたね。
へーじや、志保、みなほさん……腹が立つけど馬鹿アニキだって。……
アタシは……こんなにも沢山の人に、支えられていたんだ……。
アタシは目をつむった。
もう少し、甘えさせて貰う事にした。
少し、縁の視点の話しが続きます。
何話続くか解りませんがどうぞ宜しく!




