その174.ラストスパート
何回殴られたか解らなくなってきた。
既に痛みは感じない。
頭から大量に血が流れている。
ぼうっとする頭が、なぜか子供の頃の事を思い出せていた。
走馬灯、と言っていいものかは解らない。
小さなあたしと兄は熱心に大きなテレビの画面を見つめていた。
それは昔流行ったヒーロー物の特撮。
その特撮が終わっても、あたし達二人の興奮は収まらなかった。
それ程に、今回の特撮はいつも以上に凄かったのだ。
大切な人を守る為に体を張るヒーロー。
何度やられても立ち上がるヒーロー。
ボロボロになっても悪を睨みつけ、フラフラになりながらも大切な人を守り抜く。
そして最後には助けに来た仲間と共に沢山の悪役を倒していく姿は、子供ながらも感動を感じていたのを良く覚えてる。
「すっげーよな! ワルモノをバンバン倒してサー!」
興奮を隠せない兄は、その小さな手をブンブン振り回して先ほどの特撮ヒーローの真似事をしていた。
「俺もおっきくなったらワルモノを倒すヒーローになるんだー!」
兄がカッコイイと思った部分はアタシとは違った。
大切な人を助け出し、仲間と共に悪役達を倒していく部分を言っていた。
アタシがカッコいいと思ったのは、そこでは無い。
アタシがその特撮でカッコイイと思ったのは、どれだけ攻撃されてもヒロインを守ろうとするヒーローの姿だった。
「お前はどんなのが良い?」
あたしはそれがどんなヒーローになりたい? という意味の言葉と思った。
兄が悪人を倒すヒーローになりたいのなら。
アタシは。
『ゆかりはねー! 誰かを守るヒーローになりゅのー!』
言葉も覚束ない程に小さなアタシはハッキリと、嬉しそうに、そう言ったんだ。
そこで、アタシの中の映像が途絶えた。
頭に衝撃が走ったのだ。
瞬時にまた殴られたのだと理解する。
そして、先程までへーじを背負って気絶していた事に気づいた。
殴られて我に返ったのはある意味幸いだったのかもしれない。
頭が揺れる。
頭から流れる血が止まらない。
だけど、今のあたしにはそんな事はどうでもよかった。
脳裏には痛みよりも。先ほどの小さな自分が言った言葉。
思い出した。
どんなにやられても守る為に立ちはだかるヒーロー。
アタシの憧れたヒーロー。
大切な物を守る為の正義。
……いつから戦う正義になったのだろう。
いつから壊す事が目的になっていただろう。
ううん、今そんな事を考えても仕方無い。
アタシの今までが壊す正義だったのなら。
『今』から、『守る正義』を貫き通せば良い!!!
横からのバットが、来る!
避けたらへーじに当たる。
でも避けなければアタシに当たる。
今、アタシが動けなくなれば、誰がへーじを守る。 へーじを助ける!!
自分がへーじの生命線だ!
絶対に諦めるな!
ヒーローは決して、諦めないッ!!
担いでいた右腕を離し、左手のみでへーじを支えた。
空いた右腕をバットに向けた。
男の力いっぱいにのバットを右腕で弾く!
「痛ッ……」
痛みで声が漏れる。
まさか防がれるとは思わなかったのか、男はぎょっとしていた。
そんな男を無視して前に走り出した。
傷付かぬ状態でここを切り抜けるのは無理だ!
かといってアタシが病院まで担いだって、へーじの様子から見て間に合うとは言い難い!
目標は路地を出る事。
タクシーを捕まえる事。
『その後だったらアタシが動かなくなっても大丈夫だから』
今、この路地で倒れるわけには行かない。
こちらの利点は路地が狭い事。
左右前後に一人ずつが精一杯のはずだ。
頭に上がっていた血が殴られたおかげで丁度抜けたのか、冷静に考える事が出来る様になって来ていた。
人数が多けりゃ良いってもんじゃ、無い!!
「おい! 何してる!! 殺せ!!」
アタシの突然の行動に男達は一瞬の戸惑いを見せるも慌てて襲ってくる。
男の声に、アタシに一番近かった男が素早く反応した。
通り抜けようとするアタシに向けて、鉄パイプを振り下ろす。
アタシは瞬時にギリギリで急停止した。
鉄パイプは当たらず目の前で空を切る。
バランスを崩した男に軽く飛んでの空中回し蹴り。
顔面に減り込むと同時に男は吹っ飛ぶ。
「ぎゃ!」「ぐぇ!!」
吹っ飛ばした拍子に何人かも纏めて転んだ。
道が空いた!
その道を突っ走る!
5,6歩で直ぐに道は閉ざされた。
敵意を向けた舌打ちを無意識にしていた。
男達は確実にあたしを逃さない気だ!
「死ねぇぇぇぇ!!」
後ろからの叫び声に反応する。
体を横に向け、後ろが右側になる形の状態にすると、すぐに右足を横直線に貫いた。
後ろから襲おうとした男の鳩尾に、アタシの右足が突き刺さった。
金属バットを振り下ろそうとしている形で男は固まったまま、白目を向いて倒れた。
その男が倒れても、直ぐに他の男達がジリジリとアタシに詰め寄ろうとする。
ラチがあかないわね……!
「ぐ……ぅぅ……」
へーじの呻き声が耳元で聞こえた。
あたしの背筋に電流が走る。
―! 急がなきゃ!
前に道は無い。
だったらー!
眼の前から来る男の拳を横っ飛びで避けた後、男の顔面を蹴り上げた。
男は声を挙げる事すら無く、そのまま膝を床につけた。
その倒れた男の膝に足を乗せ、階段の様に胸、顔面と上り、あたしは高く飛んだ。
足場を作り、空中に逃げる事を選んだのだ。
驚きの表情で男達が見上げる中、アタシは次の足場を探す。
引力に任せ下に降ろうとしている。
最初に目に付いたのは横の壁。
横の壁を蹴り上げ再び空中へ。
しかし直ぐに下に落ちていく。
「降りてこいテメー! ブチ殺してやる!!」
声を荒げたクソ野郎の顔面を二人分の体重と共に思いっきり踏んだ。
顔面の潰れる音と共に再び高く飛ぶ。
下りてきてやったわよ、クソ野郎! と、心の中で怒りを込めて叫んで。
「だっ!」 「いてぇ!!」
男達の顔面を踏み占めながら路地の外へ向かう。
人数が多い分、足場が多くて助かるわね! バーカ!
今度は皮肉を込めて悪態を付く。
光が見えてきた!
最後の男を思いっきり踏み付け、今出る最高の力で飛んだ。
男達が伸ばす手には届かない。
雪の降る世界を飛んでいた。
高く! もっと高く!!
暗い路地から出ると、夜だというのに、明るい電気がアタシ達を迎えた。
眩しさに目が眩むもへーじに負担が掛からない様にしっかりと着地する。
後ろを振り返ると、路地の中で男達が向かってくるのが見えた。
相当高く飛んだ様で、大分距離を空けれた。
すぐに辺りを見渡す。
タクシーは思いのほか多かった。
駅が近かったのが幸いしたらしい。
男達が来る前に、タクシーを呼び止める事が出来た。
心の底からホッとした。
しかし、安心するにはまだ早い。
後ろからは男たちが追いかけているんだ。
急がないと……!
「お願いします、この人怪我してるんです大至急病院に!」
タクシーのオジサンはへーじの様子と、あたしのボロボロの姿に驚いた表情を見せるも、頷いてくれた。
後ろから露地を通しての叫び声が響いた。
「男を行かせるな! 追えェェェ!! あの女の前で殺して見せなきゃ気がすまねェェェェェ!!」
ガラの悪い男の声に、オジサンが悲鳴を挙げる。
「な、何があったか知らないが、君もボロボロだ! 早く乗りなさない!!」
……あたしは。
行けない。
オジサンの好意は嬉しいけど……あたしは首を横に振った。
ドアを閉める。
「行って下さい、へーじの事、宜しくお願いします」
そう言って深く深く、頭を下げた。
あいつらはきっとあたしがへーじと逃げればどこまででも追って来る。
ああいう人間は異常にシツコイ。
へーじを危険に晒すわけには行かない。
怒りで、暗闇の中をギラギラと目を光らせる男達。
これ以上へーじに負担をかけない為に。
コイツラをへーじに近づけない為には。
誰かが囮に……。
それに、これはアタシの招いた種だ……あたしが終わらせる。
オジサンは迷う素振りを見せたものの近付く男達を目にし、慌てて車を出した。
離れていくタクシーを見送る。
これで、大丈夫、かな……。
アタシは振り帰る。
男達がもうすぐアタシに追いつくだろう方向に。
武器を手にし、血走った視線を向ける男達。
大きく深呼吸する。
へーじを追われては困る。
へーじはアタシが助ける。
絶対にやらせない。
大切な人を守る『ヒーロー』
頭から流れる血は止まらない。
右手で血を拭った。
再び、暗い路地の中に足を向ける。
つまりは男達に向けて動いたのだ。
この路地から誰一人出させない。
……アタシの拳を食らって歯が折れたって言ってたわね?
…………。
は! 勘違いしてンじゃ無いわよ!!
『歯が折れた位で済んで』良かったじゃ無い!
アンタに振り下ろしたのは『迷いの在る拳!!』
今のアタシに迷いは無い。
『迷いの無い拳』を食らって、歯だけで済むかしら!?
守る為の拳、今一度だけ……正義を貫く。
大切な人の為に、へーじの為に!
拳を握る。
……上手く拳を握れない。
突き指をしてしまっている様だ。
それ以前に人を殴りすぎて赤く腫れあがっている。
足が疲れで震える。
頭から流れる血は止まらない。
血を出しすぎたかな、フラフラする。
男達との距離は既に目と鼻の先だ。
最後の力を先程振り絞った。
……今度は残りッカスで死ぬ気で、だ。
へーじ。
あたしヒーローに見える?
この年になって、やっと(?)もしく久々に恋をしました。
ドキドキしてあの人の事ばっか考える私は病気……
まさか3次元に恋をする日が来るとは(笑)
まったく関係ない話をして失礼。
ラストスパートは近いです。最後までお付き合い下さい!