その173.仕返しとは、何倍にもなって帰ってくる。 それも、最悪のタイミングで
「……へ、へーじ、もう良いよ……あ、ありがと」
どれくらい抱き合っていただろうか。
流す涙も無くなって。
今更恥ずかしくなってきた。
離れようと、へーじを軽く押した。
本当に軽く押した筈なのに。
へーじはそのまま、固いコンクリートへ倒れた。
……え?
「…へーじ……?」
あたしの声に、へーじは答えない。
ドクドクと流れる胸の血は、包帯や服を赤一色に染め上げていた。
一瞬。
頭が付いていかなかった。
何で、倒れて、るの?
いつから血が出ていたのだろう?
この量だ……。
へーじ自身が気づいていない事は無いはずだ。
そうだ、それ以前にへーじがここに居るのが『ありえないのだ』
胸を銃で打ちつかれ、体もボロボロなのに。
ベッドの上で安静にするのが当たり前なのに。
へーじは、雨の中。
あたしに会いに来たのだ。
「―!」
直ぐにへーじに駆け寄った。
「へーじ! へーじ!!」
反応は無い。
血が、止まらないッ!!
―マズイ!
すぐに病院に!!
へーじを背中に背負おうとする。
「ッ!?」
がくっと膝が落ちた。
自分自身も限界である事を忘れていた。
一日中暴れつづけ、兄貴にもやられたばかりだったんだ。
体は限界に来ている。
人、一人背負う程の力すら……無い、の!?
あたしは、歯を食い縛る。
フザケルナ。
死なせるものか。
死なせるものか!!
体にムチ打ち、へーじを背負う。
大丈夫だ……いける……行ける!!!
その時だった。
「おいィ〜……何処行くんだよォー!」
知らない男の声が、暗い路地の先から聞こえた。
声の先を向くと、ガラの悪い男が一人。
「……なに、よ」
男はヘラヘラと笑っている。
笑う時に歯が見える。
何本か欠けていて不自然に思えた。
男の手に持つ金属バットははっきりと敵意を向けていた。
直ぐに理解する。
こんな時に……!!!
自分の取った行動の馬鹿さ加減に今更歯噛みする。
一日かけて何人もの人間を倒したのだ、仕返しがあってもおかしくは無い。
だけど、相手は一人……へーじを担いだ状態で振り切れるか!?
あたしは男を注意深く睨む。
残念ながら、男が居る方向に行かなければ路地を出る事は出来ない。
一人だったら……本気で走ればやり過ごせるかもしれない……!
振り切る算段を考えているときに、男のせせら笑う声が聞こえた。
「どういう状況かしらねーけどよぉ、お前今ピンチじゃね? 背中の男はなんだ? お? えらく顔が青いじゃねーか!! ヒヒ!」
確実にへーじを背負っている状況をアタシには不利と見られた。
実質、腕は使えない。
体も限界だ。
だけど……一人くらいなら!
「……お前、俺一人だったら何とかなるとか思ってるだろ?」
男を睨んでいた目が、大きく見開く。
完全に、読まれている。
男の笑い声と、共に、男の後ろからゾロゾロとガラの悪い男達が出てくる。
「何十人も一人で潰しまわってんだろォ? そんなの聞いて一人で仕返しに来るかよォォ!! 仲間呼んで来たに決まってんだろォ!?」
嘘……。
顔が、自分でも青ざめていくのが解る。
ざっと見て2,30人は確実に居る……!
狭い路地の中、唯一の道は塞がれている。
両手は使えない・
急いでへーじを病院に連れて行かなくちゃいけない。
この状態で戦えるわけが無い。
そんな……。
「てめぇに殴られて歯が折れてんだよォォ! 食い辛くて仕方ねぇ! テメェも同じ目にあわせてやる!! それとも先に犯すかァ!? 強気な女を無理矢理ってのも最高じゃねぇかァァ!!!」
歯が欠けた男を中心に笑い声が起こる。
クズが……!
あたしはギリッと歯を食い縛った。
でも、今は、へーじを助けなきゃ!
怒りを飲み込み、睨んでいた目を伏せる。
「お願い……退いて」
あたしの言葉に男達は笑い声を止めた。
「……あ? 何言ってんだテメェ?」
そう言われるのは当たり前か……でも、でも!
「へーじを……この人を病院に連れて行かせて! その後だったらあたしに何してもいいから! 殴るのも……お、犯すでも何でもいいからッッッ!!!」
とにかくへーじを助けたかった。
なんでも良い、あたしがどうなろうとどうでもいい!
へーじ……へーじ……!。
背中に暖かい血の感触が伝わる。
血が、止まらないんだ。
「……」
男に懇願の目を向ける。
もう、へーじが傷付くのを見たく無い。
「バァァァァァァァァカがああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
男の大声と共に、再び笑い声が響き渡る。
「そんな絶好の機会逃すかァ! テメーに恨み持ってる奴なんだ腐る程居るんだよォォ!!! そのテメーが無防備なのをだァァァれが逃がすかァァ!! 後ろの男をテメーの眼の前でぶっ殺した後、テメーの手足ぶっ壊して一緒俺様のペットにしてやるよォォォ! ヒャハハハハハハハ!!」
男達の笑い声の中、あたしはぎゅっと目を瞑った。
どうしよう……どうしよう……。
ガラの悪い男が一人、あたしの方に向かってくる。
その男の手には金属バット。
「後ろの男が邪魔だろォ? 先にぶっ殺してやるよぉ!」
へーじに向けて、バットが振り下ろされる。
「だ、駄目!」
へーじを庇う様に、体を捻った。
金属バットはへーじの頭上から逸れる。
変わりにアタシの頭に金属バットが振り下ろされる。
ッゴ、っと鈍い音と共に頭が揺れる。
「う、ぐぅぅ……」
痛みの呻き声でヨロヨロと後ろへ下がった。
疲れと、ダメージで足がガクガクと震えた。
頭から血が流れる。
頭から流れる血があたしの右目を隠し、視力を奪われる。
「ヒャハハハハハ!!! 見たかよォォ!! コイツ男庇って自分からバットをぶつけに行ったぞぉぉ!!! その男がそんなに大事かァァ!? 絶対に男をテメーの眼の前で殺してやる!! 最高に楽しいぜェ!?」
何……が、おかしい……。
へーじは傷付けさせない。
あたしの大切な人……。
あたしの……大切な人を、これ以上傷付けさせない……。
男が再びバットを振り下ろす、今度はあたしに向けて。
動けばへーじに当たる。
歯を食い縛る。
ッゴ!
鈍い音と共に、アタシはたたらを踏んだ。
バットの激痛に耐える。
クラクラと頭が揺れた。
それでもへーじは離さない。
「おいおいぃぃー! まだ殺すなよォォ? 俺だって遊びたいんだよぉ!」
男達の馬鹿笑いなぞ既に聞こえない。
頭の中で何度も言葉が繰り返される。
大切な人を。
助けなきゃ。
自分の信念の為に、大切な人の為に。
きっとどちらもアタシは捨て切れない。
ならばどちらも捨てなければ良い……。
アタシの信念は揺るがない!
はい、やっと話が進みました。
後何話出来るやら。。
もしかした次の更新は間空くかも……
次回もどうぞ宜しく〜